第27話・実食

 とりあえず色々買ってみたので、ベンチに座って一人ぼっちの試食会を始めることにする。


(まずはこの串焼きだよ、串焼き)


 ぶつ切りにした鶏肉を串に刺して網の上で焼き、例のソースを塗った一品。茶色く染まった肉を頬張る。

 噛むと溢れる鶏の旨みと肉汁。ソースは塩気が強そうな見た目とは裏腹に甘みを含んでおり、それが不思議と肉とよく合う。他のベンチでは右手に串焼きを、左手に酒瓶を持って高笑いしている中年男性もいる。

 酒はどうにも匂いが強くて飲めずにいるヘルバにとっては、少し羨ましい光景である。尤も、人間の世界ではヘルバの年齢で酒を飲むことは禁止されているのだが。


(これは酒じゃなくて、ライスの方が合うと思うんだけどな。酒飲みの味覚はよく理解出来ない)


 次はトリッパのトマト煮込みというやつだ。小さな容器によそってくれた……けれど、何だか他の人よりも多めに盛り付けられた気がする。夫婦でやっている屋台だったのだが、妻が「あんた、ほんとに美人に弱いんだから」と嘆いていた。


 トリッパとは何ぞや? と疑問に思っていたヘルバだったが、牛の胃のことらしい。内臓を食べること自体は特に抵抗がないのだが、結構ヤバい見た目をしていた。穴ぼこだらけで、動物の内臓というより蜂の巣みたいなのだ。


(あんなブツがこんなお洒落な料理に変身するなんて……誰が予想しただろうか。私は予想出来なかった)


 丁寧に処理をしているおかげで、臭みがなく食感も楽しい。そんなに肉々しくないので、若い女の子が好きそうな料理だ。真っ赤なスープはトマトだけではなく、複数の野菜が使われている。角切りにされた芋や人参も柔らかくて美味しい。


 次は何にしよう。どんどん肉を摂取するか、お口直しに甘い物を摂るか。

 悩んでいると、近くの屋台に少女たちが殺到しているのが見えた。チョコレートでコーティングしたドライフルーツを販売しているらしい。


(子供たちが喜びそうだなぁ~……)


 イリスだけではなく、孤児院の子供たちへのお土産に買って行こう。今の自分に出来ることと言えばこのくらいだった。

 アーヴィンから薬の在庫チェックを手伝った礼として、臨時収入もたっぷり貰っていてよかった。せっかくなので、アーヴィンの分も買うことにする。


 しかし、孤児院に忍び込んだ犯人が分からないのがもやもやする。これ以上何事も起きなければいいのだが。




「どういうことだよ!? 話が違うじゃねえか!」


 その頃、とある屋敷では困惑気味に叫ぶ男の姿があった。

 盗人である自分に何を依頼するのかと言えば、「孤児院に忍び込み、如雨露に使われている魔石をすり替えて来い」という内容だった。それも皆が寝静まった深夜ではなく早朝にだ。

 どうしてそんなことを頼むのか。そんなことはどうでもよかった。金さえもらえれば何でもいい。食事に毒を混ぜろと言われたわけではないのだ。


 だから男は役目を果たした。あとは報酬を貰って依頼人とも縁を切る。そのつもりだった。

 なのに、|彼ら(・・)は報酬は払わないと吐き捨てたのだ。


「話が違う? 我々は君にこう言ったはずだが? 如雨露に毒液の魔石を仕込めと」

「ああ! そうだったな! だから俺はその通り……」

「何がその通りだね? 彼らはすぐに勘付いたらしく花は無事だそうだ」

「バザーへの参加は中止にすることが出来た。だが花を枯らすことは出来なかった。我々の目的は一つしか叶えられなかったということだ。これは困った。オリーヴたちにはもっと精神的苦痛を与えたかったのだが」

「このような有様で報酬をせびるとは。盗人だけあって金に汚い生き物だ」


 口々に言って嘲笑を浮かべる連中に怒りが込み上げる。こんな奴らが薬師だとは、どうかしている。


「ふざけんな! そもそもあんな時間にやらせるのが間違っていたんだ。俺が孤児院から出て行く姿を見たってやつもいるそうじゃねえか。何で今朝だったんだよ」

「昨夜はバザーの準備で忙しかったからな。疲れてようやく眠れると思った時に、依頼を終えた君が押しかけて来ては堪らないと思ったのだよ」

「我々は君のような底辺のゴミではなく誇り高い人間なのだ。君に割く時間が勿体ない」

「分かったら、とっとと出て行くんだ。ここは君が長居する場所ではないのだから」


 男は目眩がした。怒りで全身の血が煮え立つような感覚。

 ふらつきながら屋敷を出る。


 これからどうする? どうやって奴らに復讐をする? そればかりが頭の中を満たす。

 ただ殺すだけでは足りない。生きたまま地獄に叩き落としたい。


「……そうだ」


 奴らは薬師。だったら、薬師としてのプライドをずたぼろに引き裂いてしまうのが一番だ。

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