6 この世界での名を

「わお!面白いスキルですね!」

「スキル……これが?」


 俺はスクーターに近づいて、ついたままになっているキーをひねった。

 

ドゥルルン


「エンジンも……かかるな」

「これは何です?」


 女神が珍しそうな目をしながら、スクーターをつつく。


「乗り物……俺の時代に、移動するのに使ってた機械だよ」

「はぁ……。燃焼エネルギーを運動エネルギーに変換する仕組みですか。等価に近いカンジですけど、構造上、いくらか減退させてしまっていますね。なんとも原始的ですね」

「いいんだよ。結構便利なモノなんだから……。科学力アピールはやめてほしいな……」

「ハイッ!以降気をつけます」


 それにしても俺のスキル……これは……原付を呼び出すスキルなのか?

 そうこうしているうちに、原付は出現したときと同様、煙に巻かれて跡形あとかたもなく消え去った。


「『ライセンス』!」


 試しに、もう一度叫んでみる。が。何も出現しない。


「まあ、スキルの研究はおいおいしていきましょう!」

「いや、結構大事なことだと思うんだけど……」

「じゃあ、早速、文献の内容を取り戻しに、しゅっぱーつッ!」


 女神はひとり、真っ暗な空間の中を歩いていく。


「お、おい……」


 俺は彼女を呼び止めようとするが、ひとつ大事なことに気が付いた。


「どうしたんです?早く行きましょうよ」


 女神の目の前には、いつのまに出現したのか、光に包まれた出口がある。差し込む光が強すぎて、その先の様子を見てとることはできない。


「君……君はこれから俺と一緒に冒険することになるんだよね?」

「ハイッ。その文献の通りなら、そうでしょうね」

「名前はなんて言うの?君の、名前」

「ナマエ……?」


 女神はキョトンとする。


「ああ……個体識別のことですね」


 名前を「個体識別」とは……。今後、価値観の相違にも慣れていかないといけないらしい。


「私自身には特別に個体識別は存在しませんよ?あえて言うなら、第二百十七区域担当、ということくらいでしょうか」


 名前がない生物……。それは、いいことなのだろうか。悪いことなのだろうか。俺には判断がつかない。


「二百十七区域……」

「必要でしたら、あなたが付けてください。『名前』」

「俺が?」


 女神が、コクンとうなずく。


「二百十七区域……217……にいな……」

「にいな?」

「ニーナってのはどう?」

「ニーナ……ニーナ……。うん。よく判らないけど、なんだかいいカンジしますね」


 出口の光を背に、ニーナはニッコリと笑った。


「あなたの名前は?」

「俺か……俺は……リューヤ……」


 俺の本名は「龍也たつや」だ。

 この「龍」という字。コミュ障の俺には、この荘厳なイメージを抱えた漢字がひどく重荷だった。そのコンプレックスのせいか、ゲームやSNSで名前を決めるときに使っていたのが、「リューヤ」なのだ。俺はそれを咄嗟とっさに口にしていた。


「リューヤ……リューヤ……。やっぱりよく判らないですね……」

「……ほっといてくれ」

「さ、行きましょう。リューヤ」


 ニーナが出口の前、俺に向かって手を差し伸べてくる。

 俺は彼女に近づくが、あと少しというところで立ち止まった。

 

 ……。

 手なんか……女子の手なんか……握れるかよ。


「もう、何してるんですか」

 

 ニーナはそんな俺の様子を気にも留めず、半ば強引に俺の手を掴んだ。そのまま、戸惑う俺には構わずに歩き出す。


「ちょっと楽しみになってきましたね!」

「楽しみ?」

「こんなこと、保全係の研修でも、いままでの実務にもなかったことですから!」

「そ、そっか……」


 にこやかな笑顔の女神とともに俺は、「異世界」に変わってしまったという地球へと続くであろう、光のゲートをくぐった。

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