願い、

D-JACKS

願い、

 声が聞こえるんだ。誰もいないのに私に話しかける声が。他人からすれば意味の分からないことを言っているのはわかっているけど、私にははっきりと誰もいない部屋の中でたくさんの声が聞こえる。「遊ぼうよ」「どうしたの」「元気出してよ」と聞こえてくる。私に優しくしてくれるその声の正体はぬいぐるみ。私が小さな頃から大事にしているかわいいぬいぐるみたち。彼らはいつも私に優しくしてくれる。落ち込んでいれば話を聴いて励ましてくれる、遊び相手がいない私といつも遊んでくれる。そんな私にとって大切な友達。そんな私の友達の声が聞こえるのはこの世界でたった一人、私だけだと思っていた。私だけに許されたものだ思っていたから、特別な感じがしてとてもうれしかった。だって、両親には聞こえなかったから。家の中というとても小さな空間が世界という大きな空間だと勘違いしていた私は、両親が聞こえないなら私だけがぬいぐるみの声を聞こえるんだと思っていた。でも、私がどんどん大きくなって中学生になった時、それは特別なことなんかじゃなくて、おかしいことなんだってわかってきた。


 

 中学生になるまで、私には友達がいなかった。親の都合で転校を何度も繰り返してきた私は、友達なんてものはできる間もなく、またどこかへ行ってしまう。そんな孤独な学校生活を送っている私は、誰とも遊ぶことなんてできなかった。だから、ぬいぐるみたちと仲良くなることができたんだけど、友達がいないことを心配した父は、私と母親を置いて単身赴任をすることとなった。もう転校しなくていい、そう思った私は嬉しかった。

「ねえ聞いて!!今度から引っ越ししなくてよくなったの!」

私はこの喜びをぬいぐるみたちに伝えた。

「本当!?よかったね!」

「これで学校でも友達ができるね!」

「僕たちももうダンボールの中に入らなくていいんだね。」

ぬいぐるみたちは一緒に喜んでくれた。みんなも引っ越しばかりしてる私のことを心配してくれていたと実感すると、中学校では友達を作ってみんなを安心させたいと思った。決意にも似た思いを抱え、私の中学校生活が始まることになった。


 私以外の生徒も中学校という新しい環境に不安だったんだと思う。中学校に入学した私は、今まででは考えられないほど順調に友達が増えた。休み時間にお話しをすることもできて、放課後や休みの日は友達と一緒に買い物に行ったりと、とても楽しい生活を人ともできるようになっていった。夜になれば、ぬいぐるみたちとその日起きた面白かった出来事や、授業の内容とかを話した。そんな日々を過ごしていた私は毎日幸せだった。ぬいぐるみたちといる日々が幸せじゃなかったわけではないけど、どこかで同世代の子たちとも仲良く遊びたいとは思っていたから。だけど、そんな日々は長くは続いてはくれなかった。


 ある日、私の家で友達と遊んでいるときのこと。

「私ね、ぬいぐるみと友達なんだよ!お話ができるの。」

その言葉は何の疑問もなくでたものだった。だって、私にとってはぬいぐるみと友達なのは特別なことだと思っていたから。ほかの人にはできないと思っていたから、少し自慢したかった。だけど、友達から返ってきた言葉はあまりにも予想外だった。

「何言ってるの?意味わからないんだけど。」

「そんなわけないじゃん。ぬいぐるみはしゃべらないよ。」

「そろそろ現実みようよ」

否定的で、理解できない、そんな意味を含んだ言葉だった。私は混乱した。ぬいぐるみと話せることはすごいことじゃないの?なんでそんな否定的な言葉が返ってくるの?そう思った。その後から私と彼女たちとの間になんとも言えない空気が漂った。

 

 その夜、私はぬいぐるみとお話をした。

「なんでわかってもらえないのかな?」

「仕方ないよ。僕たちは君としか話すことができないのだから。」

「そうそう。僕たちは僕たちでこれからも一緒にいようよ。」

ぬいぐるみたちは、こうなることがわかっていたような雰囲気だった。でも、私は許せなかった。私がずっと一人だった時も仲良くしてくれたぬいぐるみたちの存在を否定されたようで。

「それでもやっぱり、納得できない!!」

「ありがとう。君がそう思っていてくれるのなら僕たちはそれだけでうれしいよ。」

そういって私たちは眠りについた。


 翌日、学校に行くと、今までとは違った雰囲気が教室に漂っていた。私が友達に話しかけても無視され、周りのクラスメイトは私を見てクスクスと笑っている。私が彼らに何かしたのかとも思ったが、思い当たることは一つもない。あるとすれば、昨日の出来事くらいだろうけど、あれは私と友達の中での出来事だから、クラスメイトのみんなには関係ない。原因のわからないまま、気持ちの悪い空気は放課後まで漂い続けた。私はこの気持ちの悪い空気に耐えられなくなって、すぐに家に帰った。

「なんでこうなったんだと思う?」

私はぬいぐるみたちに相談する。

「なんでだろう?君が知らないうちに変な事でもしたんじゃないのかな?」

くまのぬいぐるみが答える。

「そんなことしてないよ!先週まで普通に過ごしてたし、何もしてない!」

「友達が無視をしてきたってことは、その友達には心あたりがあるのかもしれないね。」

ねこのぬいぐるみがつぶやく。

「やっぱりそうだよねー。でも、無視されてたら何も聞けないよ。」

「でも、頑張って聞くしかないんじゃないかな?」

「そんなの、怖いよ。」

私は正直な気持ちをぶつけた。

「じゃあ、僕がついていってあげるよ!それなら心配はないだろう?」

いぬの優しいぬいぐるみが提案をする。

「ほんとう!それなら私、頑張れるかも!!」

「決まりだね!じゃあ明日、僕を学校に連れて行ってね」

「うん!!」



 そして翌日の放課後、ほかの生徒がいなくなった廊下で私といぬのぬいぐるみは意を決して友達の前へと行く。

「頑張って!僕がついてるよ!」

いぬのぬいぐるみが私を励ます。

「ありがとう。」

私がいぬのぬいぐるみに返事をしたあとに

「ねえ、なに独り言喋ってるの?」

「もしかしてぬいぐるみ?」

「学校にまでもってきてるの?ありえなーい。」

明らかに私をバカにする口調で話しかけてきた。

「なんで私のことを無視するの?」

私は素直な気持ちで質問した。

「だってあんた、気持ち悪いんだもん。ぬいぐるみと話せるとか頭おかしいんじゃないの?」

「クラスのみんな頭のおかしなヤツだって言ってたよ。」

彼女たちもまた素直に答えた。

「おかしくなんてない!本当に話せるもん!さっきだってこのぬいぐるみが頑張ってって言ってくれたもん!」

自分の大切なものを否定されたくない、その一心で私は彼女たちに反抗した。

「だったら証拠は?会話が出来るのなら私たちにも聞かせてよ。」

グループの一人が冷静に聞いてきた。しかし、私はそれに返答することはできない。私以外の人間に聞こえないことはわかっていたから。

「やっぱりできないんじゃん。」

「嘘つきだーー!」

「もう金輪際、私たちに近づかないで。私たちまで頭のおかしいヤツだと思われるから。」

そういって彼女たちは去っていった。せっかくできた友達はあっという間にいなくなった。あこがれだった友達と過ごす学校生活は消えてしまった。まるで、幸せだったあの頃の記憶などなかったかのように。

 

 その日から、私の学校生活は一変した。友達だった彼女たちからいじめを受ける生活が始まった。「私たちと頭のおかしいあいつは違うんだ」と周りに知らしめるようにいじめは加速していった。下駄箱には悪口を書かれた紙がたくさん入っていて、教室に入ればクラスメイトから白い目で見られ、休み時間、放課後になればトイレでいじめを受ける、そんな日々が続いた。私がトイレに入れば上から水をかけられる、机の上には「気持ち悪い」「死ね」「キチガイ」などと書かれる日もあった。友達と過ごす幸せな生活からいじめを受ける生活へと突如として変わった私は「なんでこんなことになってしまったのだろう」と思った。私はただ自分の友達を紹介したかっただけ、人にはできないだろうと思っていたことを少しだけ自慢したかっただけ。なんで私がいじめを受けなければいけないのだろう。ただもっと私のことを知ってほしかっただけなのに。


 だからといって、私がぬいぐるみたちを恨むことなどなかった。こんないじめを受けることになったのはぬいぐるみの話をしたからだけど、私がまだ転校を繰り返して友達がいなかったときに仲良くしてくれたぬいぐるみたちを憎むことなんてできなかったから。なによりぬいぐるみたちは、いじめを受けていた私のことを心配してくれていた。

「大丈夫かい?いじめが辛いならもう学校なんか行かずにずっと僕らといればいいよ」

「あの時、何も助けられなくてごめんね。」

「先生やお母さんに相談した方がいいよ。」

そんな風にいつも私を励ましてくれていた。

「こんな事になるなら、私もぬいぐるみになりたかった。最初からみんなとだけ過ごしていればよかった。」

いじめを受け続ける生活に耐えきれずにふと溢してしまった一言だった。その直後、ぬいぐるみたちはどこか嬉しそうで、また悲しそうな顔を浮かべていた。

「どうしたの?」

私はぬいぐるみたちがなんでそんな表情をしているのかわからなかった。

「いや、何でもないよ。気にしないで。」

私は気味が悪くなり、そこで会話をやめて晩ご飯へと向かった。そのあともぬいぐるみたちとは会話をすることなく眠ることにした。なんだか彼らの知ってはいけない部分を知ることになる気がしたから。


 その翌朝、私はいつも通りの時間に起きた。今日もまたいじめ受ける学校生活が始まる。恐怖と憂鬱と諦めの感情を抱いていた私はふと、自分の異変に気付く。身体が小さくなっている。寝ぼけているのかなとも思ったけど、違う。明らかに違う。私の手は人間の形をしていなかった。もっと丸くて、柔らかそうな、いつも私を支えてくれていたぬいぐるみたちと同じ手をしていた。さすがに非現実的な事が起きていると思った私は「まだ夢の中にいるのかな」と思ったけど、そんなことはなかった。時計には私がいつも目を覚ます7時を指していて、キッチンの方ではお母さんが料理をしている音が聞こえる。そしていぬのぬいぐるみが私に話しかけてきた。

「おはよう!気分はどうだい?」

いぬのぬいぐるみは朝から元気に私に話しかける。

「これは、どういうこと?夢じゃないんだよね?」

私はぬいぐるみたちに問いかけた。

「なんのことだい?」

ぬいぐるみたちは何のことだかわからないとでも言いたげな様子で返事をした。

「とぼけないでよ。私の身体、みんなみたいにぬいぐるみになってるじゃんか!」

とぼけたぬいぐるみたちに私はきつくあたる。

「君が望んだことじゃないか。昨日、言っていたじゃないか。私もぬいぐるみになりたかったって。ね?」

「私たちは君の願いを叶えただけだよ。そんな怒らないでもっと喜んでよ!」

「そんな、、っ!!!」

ぬいぐるみたちに反論しようとした瞬間、私は声を発することができなくなった。

「ごめんね。ぬいぐるみになったばかりはまだ人間に君の声が聞こえてしまうんだ。だからしばらく声を出せないようにさせてもらったよ。なに、ずっと喋れないわけじゃないよ。1年もすれば君も僕たちみたいになれるよ。」

ぬいぐるみたちがそう言ってから私は本当に声を出すことができなくなった。そして私の意識もだんだんと薄れていくのを感じる。薄れゆく意識の中で私はぬいぐるみたちの笑っている表情を見た。それはあの時と同じように、どこか嬉しそうで、悲しそうな。


私の刹那に思った願いは、、、、、

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