第2話 午前9時59分59秒のB坊

「クソッー、当たらない。」


「どうした、そんな攻撃では我を倒すことなど出来はしないゾ。」


魔王大帝ダスギアは1歩も動かずに、B坊の攻撃を全て防いでいた。



連打の嵐


B坊が必死に動き回って攻撃しているのに、魔王大帝ダスギアにはまだ1発もクリーンヒットを与えることができていなかった。



「どうした、お前の力はその程度か。」


魔王大帝ダスギアは、笑いながらB坊を軽くあしらっていた。


その表情には、まだまだ余裕があった。



本当はB坊と魔王大帝ダスギアの間には、ここまでの力の差はない。


B坊は、ある事情から力を制限され本来の力を出すことが出来なかった。


この戦いで、B坊が本来の力を取り戻すことは決してないだろう。


しかし、B坊には現状を打破するための一発逆転の秘策があった。



「あの場所に立ちさえすれば、戦況はひっくり返すことができる。」


B坊には、今までの経験に裏付けされた予見に近い確信があった。


だが、B坊が望む場所に辿り着くのは容易ではなかった。



B坊が辿り着きたい場所。


それは今、魔王大帝ダスギアが立っている場所こそがB坊が辿り着きたい場所だった。


魔王大帝ダスギアはB坊の思惑を見透かしたように、その場から一歩も動かずに戦闘を繰り広げていた。



「クッソー、時間がない。」


B坊の勝利には、時間的な要素も含まれていた。


もう、一刻の猶予もない。



B坊の顔に焦りの色が出始めた。


攻撃が雑になり、一撃必殺を狙った大振りな攻撃が目立つ。


魔王大帝ダスギアの攻撃が被弾するが、気合いで耐える。


「奴を1歩でも動かすことが出来れば、ボクの勝ちなのに当たらない。」


B坊の攻撃は空回りし続け、時間だけがイタズラに過ぎていった。



魔王大帝ダスギアが立っている場所。


そこは、B坊が常連にしているパチンコ店の出入り口だった。


正確には、開店待ちしている列の一番先頭だった。



時間は少しだけ、さかのぼる。



午前9時30分


今日は、B坊が待ちに待ったパチンコ店の年に1度の出血大サービスの日。


しかも、今年は開店30周年記念の節目に当たる。


開店10周年記念と開店20周年記念には、1台だけ神がかった超大当たりする台があった。


開店30周年記念にもあると思われる幻のパチンコ台を確保するために、B坊は秘かに計画を立てていた。



B坊が起きたのは、午前9時過ぎ。


前日から行列に並ぶつもりだったが、大幅に寝過ごしてしまった。


パチンコ店の開店は午前10時なので、今から並んでも良いパチンコ台は取れない。


終わった。


B坊は行列に並ぶのをあきらめて、ゆっくり支度をしてから家を出た。



B坊がのんびり歩いていると、いつもと違う街並みが目に入ってくる。


空き地や空き家が増え、荒れ果てた風景が広がっていた。


人通りも少なく、活気がない。


不況の影響は、こんな所にも出始めたのだろうか。



「おかしい。昨日までは、こんなに寂れた感じではなかったはずだ。何かあったのかな?」


B坊はパチンコ台の下見をするため毎日、同じ道を歩いていた。


「人が少ない。ひょっとして、今日は日曜日なのか?」


今日は日曜日だったが日曜日だからと言って、家からここまで誰にも遭遇しなかった理由にはならない。



「どこかで大きなイベントでもあるのかな?」


呑気なことを考えながら歩いていると、目的地のパチンコ店が見えてきた。


パチンコ店の近くまで来て、違和感に気付く。



「誰も並んでいない!」


いつもなら長蛇の列になるはずなのに、まだ行列が出来ていなかった。


誰も並んでだけでなく、列を整理する警備員もいない。



「今日は休みなのか?」


日にちを間違えたかなと思ったが、大きな垂れ幕とのぼりが見えた。


B坊はホッと胸をなでおろした。



間違いない。


パチンコ店の電気は点いていて、店内には従業員の気配がある。



「もしかして、ボクが一番乗り?」


B坊は思わず、短い足で駆け出していた。



「やったー!誰もいない。ボクが一番乗りだ。」


いや、店の前には人が1人立っていた。


従業員かと期待したが、私服だったので一般人みたいだ。


B坊は、2番乗りだった。



残念。


もう少し早く家を出ていれば、1番乗りだったかもしれない。


B坊は、悔やんでも悔やみきれなかった。


だが、列の順番は早い者勝ちだ。


今さら後悔しても遅すぎる。



うかうかしている内に、誰かが並んだら大変だ。


ここは、2番目を取れただけ良かったと思うことにしよう。


B坊は、急いで列に並んだ。



「我は、魔王大帝ダスギアなり。」


B坊が近づくと、先頭に並んでいる人は自己紹介してきた。


なんて、礼儀正しい人だ。



「おはようございます。」


B坊は、軽く挨拶をした。



「我の前に立ちし者よ、汝の願いは何だ?」


何?この人、思いっきり絡んでくるんですけど。


危ない人なの?


ひょっとして、列に誰も並んでいないのはこの人が原因なのか?



「フッ、我を前にして逃げ出ださぬ勇気だけは褒めてやろう。」


重度の中二病を発病している。


関わり合いを持ってはいけない類いの人だ。


B坊の中で、危険度が跳ね上がった。


B坊は目をそらし黙って列に並び、無視をすることにした。



「もう一度、問う。汝の願いは、何だ?」


まだ絡んでくるの?


しつこいな。


いい年なんだから、ごっご遊びはもうやめようよ。



「我に敵対するなら、容赦はしない。」


まるで、魔王みたいな口ぶりだ。


だが、B坊はそんな人間が嫌いではなかった。


「仕方ねえな。」


仕方ないので、B坊は話を合わせてあげることにした。



「あの~、出来たらでいいんですけど。順番を変わってもらうことって出来ますか?」


B坊は、まだ1番乗りをあきらめていなかった。


狙っているパチンコ台を取るには、1番乗りは大切だ。


魔王大帝ダスギアと名乗る目の前の男が、B坊と同じパチンコ台を狙っていたら勝てない可能性があった。



B坊の頭の中には、パチンコ台に到達するための最短ルートがインプットされてある。


何回もシュミレーションして、対策はばっちりだ。


だが、B坊には不安要素もあった。



混乱を避けるために、時間を置いて1人ずつ順番にゆっくり入店するよう先導されるかもしれない。


それでも、負ける気はない。


でも同じパチンコ台に同時にタッチした場合、列の順番を主張してくるかもしれない。


ごねてもいいが、店員が仲裁に入ったら負けが確定してしまう。



だが、ボクが一番乗りだったらどうだろう。


列の順番を盾にして、パチンコ台を100%勝ち取ることが出来るだろう。


B坊にとって、パチンコ台の優先権を主張できる1番乗りは喉から手が出るほど欲しい代物だった。



「何のことか分らぬが、欲しい物があれば我を倒して手に入れてみろ!」


「えっ、良いんですか?」


半分ぐらい冗談で言ったのに、思いがけず良い返事が返ってきた。



「魔王大帝ダスギアに、二言はない。」


良い人だ。


B坊は自分に都合が良い人は、全員良い人だった。



「分かりました。あなたを倒して欲しい物(先頭)を手に入れましょう。」


「大した自信だな。いいだろう。さあ、かかって来い。」


戦う必要はなかったが、パチンコ台をゲットするために勝率は1%でも上げておきたかった。


あわよくば、魔王大帝ダスギアを亡き者にしてパチンコ台をゲットしようとB坊は企んでいた。


そして、B坊と魔王大帝ダスギアの戦闘が始まった。




「ハアハアハアハア。強い!まだこんな人間がいたとは驚きだ。」


B坊の怨念がこもった粘着質な連続攻撃は、魔王大帝ダスギアに息切れさせるぐらいのスタミナを奪うことに成功していた。


「はあはあはああへ。強い!どうしてパチンコ店の行列に並んでいる人が、こんなに強いんだ?」


2人は戦いを通して互いの力を認め合い、お互いを強者だと認識した。



「分かったぞ。」


自称・神を名乗るB坊は、魔王大帝ダスギアの正体に遂に気付いた。



魔王大帝ダスギアの職業はズバリ、何でも屋。


金持ちが雇った行列待ちのアルバイトの人だ!


金持ちの代わりに朝早くから行列に並び、開店時間になったら金持ちと入れ替わる。



魔王大帝ダスギアは、前に並んでいた人を力で排除し列の先頭を勝ち取った。


そして、後から来た人は魔王大帝ダスギアに挑戦し敗れて去って行った。


これで、誰も並んでいないことが説明できる。



なんて横暴な行いだ!


まるで、魔王みたいな行いは決して許されるものではない。


だが、悪いのは金持ちだ。


雇われているだけの魔王大帝ダスギアに罪はない。



魔王大帝ダスギアは遅れてきたボクにチャンスをくれた良い人だから、責めるのはお門違いだ。


しかし、魔王大帝ダスギアはB坊が思っているような良い人ではなかった。



魔王大帝ダスギア。


この名前が初めて世に知れ渡ったのは、大国の大都市が1つ壊滅的な大被害を受けた。



魔王大帝ダスギアは突如現れ、世界征服を宣言した。



次の日から、世界は一変した。


人類の危機に軍隊を総動員したが、魔王大帝ダスギアはたった1人で壊滅させてしまった。


それから幾度となく人類は戦いを挑んだが、魔王大帝ダスギアに傷1つ付けることが出来なかった。


その日から、魔王大帝ダスギアは世界の敵となった。



それが10日前の出来事だ。


ニュースや新聞を見ないで家の中で食っちゃ寝しているB坊が、魔王大帝ダスギアのことを知らないのは無理はない。



世界中の大都市を転々とした魔王大帝ダスギアは、B坊の住んでいる地域にやってきた。


魔王大帝ダスギアがパチンコ店の前に降り立ったのは今もって謎だが、特に理由はない。


偶然だろう。


B坊と魔王大帝ダスギアは、たまたま出会うべくして出会ったのだ。



魔王大帝ダスギアと人類軍の戦闘により街の風景は変わってしまったが、少数ながら魔王大帝ダスギアを支持する者も現れた。


それは、パチンコ店の従業員だ。



まだパチンコ店内に従業員がいるのに、人類軍の生き残りは魔王大帝ダスギアに対し総攻撃を仕掛けてきた。


激しい戦闘の巻き添えで死を覚悟したパチンコ店の従業員だったが、魔王大帝ダスギアの絶対防御の範囲内だったためパチンコ店には傷1つ付かなかった。


奇跡的に重軽死傷者0名だった。


その時、パチンコ店の従業員には魔王大帝ダスギアは救いの神のように見えたのかもしれない。



命を救われたことへの感謝もあり、パチンコ店の従業員の中には魔王大帝ダスギア様の配下になりたいと希望する者も現れた。


魔王大帝ダスギアが世界征服した暁には、あわよくば幹部になろうと目論む野心家もいた。


魔王大帝ダスギアの絶対防御範囲にあるパチンコ店一帯は、世界中で最も安全な場所だった。



午前9時55分



戦闘の激しさが増していく中、B坊はある異変に気付いた。


「おかしい?金持ちが来ない。てっきり5分前には来ると思ったが、ボクの勘違いか?」


パチンコ店に近づいてくる人影はなかった。



「いや、違う。」


B坊は、やっと自分の勘違いに気付いた。



パチンコ台を取るまでが、魔王大帝ダスギアの仕事なんだ!


おそらく、パチンコ台を確保し確変の大当たりを出し金持ちに電話するまでが仕事なのだろう。


金持ちは近くの喫茶店でモーニングセットを食べて、ゆっくりとくつろぎながら電話を待っているに違いない。


魔王大帝ダスギアに恨みはないが、絶対に負けるわけにはいかない。


B坊の闘志に火が付いた。



「フッ。どうした、そろそろ限界か?あきらめて我が軍門に下る決心でもしたのか?」


動きが止まったB坊に対し、魔王大帝ダスギアが勝ち誇ったように話しかけてきた。


「嫌だ!(一番乗りを)あきらめられるわけないだろ!」


B坊にはパチンコ店に一番乗りするまで、あきらめるという言葉はない。



「もう考えるは、やめだ。」


B坊は、勝利するために全てを投げ捨てる決意を固めた。



午前9時59分59秒



「うおおおおおおおー」


B坊は、自らの命を懸けた特攻を実行した。



「フッ、そう来ると思っていたゾ。」


B坊に余力を残していることは、お見通しだった。


魔王大帝ダスギアは蓄えていた力の全てを使い、B坊の攻撃をカウンターで迎撃しようとした。



「は、速い。」


B坊の攻撃は、魔王大帝ダスギアの想像をはるかに超えていた。


肉体の限界を超えて潜在能力を引き出し、B坊の力は大幅に上昇していた。


服を脱いで身も心も軽くなったB坊のスピードは、肉眼でとらえることは不可能だ。


もしB坊の姿をまともに見えていたら、色々と不味いものが丸見えだっただろう。



B坊の目は血走り、口からはよだれをたらし、下半身は少しだけお漏らしをして思いっきり濡れていた。


速い・怖い・気持ち悪いの3拍子が揃った見事な攻撃だった。


気持ち悪いの部分は普段と同じはずなのに、なぜかレベルが飛び抜けて高かった。



「邪魔だ~!」


ドカッ


B坊の会心の一撃が決まった。


「グハッ!」


魔王大帝ダスギアは、崩れ落ちるように倒れた。




午前10時30分



開店から30分が立ち、店内から1人の男が出てきた。


男の顔は、悟りを開いた僧侶のように神聖なる力で満ち溢れていた。


パチンコ玉を全弾打ち尽くし、先程までパチンコ台をガンッガンッ叩いて店員に取り押さえられていた男と同一人物には見えない。


男の名は、B坊。


パチンコ店に1番乗りした男の早すぎる帰還だった。



B坊は、道端にゴミくずのように転がっている魔王大帝ダスギアの存在に気付いた。


「大丈夫ですか?そんな所で寝ていると、風邪を引きますよ。」


B坊は、魔王大帝ダスギアに優しく声を掛けた。


「・・・・・・。」


返事がない。



「あの~、もし良かったら、お金を貸してくれませんか?」


B坊は勇気を振り絞って、魔王大帝ダスギアにお願いをしてみた。



魔王大帝ダスギアは願いをかなえてくれると言っていたが、願いは1つだけと言っていなかった。


頼めば、お金を貸してくれるかもしれない。


優しく声を掛けたのは、お金を借りる打算的な考えもあった。


「・・・・・・。」


魔王大帝ダスギアは、沈黙で答えを返してきた。



「パチンコで勝ったら、倍にして返すからさ~。」


B坊は、しつこく食い下がった。



倍にして返すと言っているが、B坊が2倍や3倍でお金を返すはずがない。


ましてや、1.2倍や1.5倍などということもない。


B坊が金を返すとしたら、1倍だ。



利子なしで借りた金を返すだけ。


パチンコで大勝ち出来なかったら、0.8倍や0.6倍など元本割れもあるかもしれない。


最悪0倍で、貸した金が返って来ないなんてこともあるだろう。



「・・・・・・。」


「寝たふりは止めてくださいよ。本当は起きてるんでしょ。」


「・・・・・・。」


B坊の再三の呼びかけに対し、魔王大帝ダスギアはピクリとも動かなかった。



「はぁ~、ダメか。」


大きくため息をついたB坊は拳をグッと握りしめ、太陽に向かって明日こそリベンジしてやると固く誓った。


「帰って寝るか。」


B坊は、家へ帰り不貞寝した。




こうして世界の平和は守られたのであった。


めでたしめでたし

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