第3話 手助け
ラトルは、見渡すと山に囲まれた一本道を歩いていた。道は魔術車が二台すれ違えるくらいの幅が整地され、歩行者にとってもありがたい。
シャラを出てから、すでに数時間は歩いている。日は真上からかなり下っていた。
シャラでテントを購入したので、野宿は可能だが出来ればきちんとしたところで眠りたい。宿泊出来る場所があるか不安になってきていたラトルは、前方の荷車を引く男に気がついた。
荷車には、遠目で分かるほどに荷物が乗せられている。小さめの荷車だが、人ひとりで運ぶにはかなりの重労働に思えた。
ラトルが歩いていると、すぐにその荷車との距離はなくなった。
「なにか手伝いますか?」
順調に進んでないように見えるその男性を見ないふりすることが出来なかったラトルは追い抜く際に声をかけた。
男性はラトルのほうに顔を向けた。男は40から50歳くらいの容姿で銀髪に少し白髪が混じり、同じ色をした髭は綺麗に整えていた。人の良さそうな見た目をしている。身だしなみから、高い身分の人なことは想像できた。
男は、ラトルの顔を見て驚いた表情している。
しまった、とラトルは自身がフードを被り忘れていたことに気づいた。
だが男は「本当ですか!」と嬉しそうに声を上げると、感謝の言葉をラトルが止めるまで続けた。
(俺のことはここまでは伝わってないのか)
心が少しだけ軽くなった気がした。
話を聞くとどうやら明日のための品を泊まりで買いにいったはいいが、共に荷物を運ぶはずだった従者の体調が悪くなり、その街の知り合いがやっている宿で休ませて、この荷物は自分ひとりで運ぶことになったらしい。
「ではお言葉に甘えて、少し荷車を引いていただけませんか?」
目の前の山を越えたら、男の目的地らしい。そこまでは手伝えるとラトルは了承した。
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「魔術を使わせてもらいますね」
魔術で物を盗むことも一応可能なため、一声かけてから荷車に摩擦力軽減と重力軽減の魔術を使った。これで効率は良くなるだろう。
「本当に助かります。私は力系統の魔術に疎くて・・・」
男はパークス=ドルディと名乗った。そういうのに疎いラトルには分からなかったが、ドルディという家は名家のようだ。「たいした者ではありませんけどね」とパークスは言った。ラトルは旅をしている者だとだけ言った。
「今日中につくか心配でしたが、ラトル君のおかげで間に合いそうです」
「目的地も同じみたいなので着くまで手伝いますよ」
話をしているとパークスの目的地、つまり山を越えた先の街がまさにジントレイレンのようでラトルは街まで荷車を引く代わりに、街の案内をパークスにお願いした。
道中、パークスとの話は盛り上がった。ジントレイレンはどんな街か、一番下の息子が今度魔術学院に入学する歳だということも話してくれた。
中でも盛り上がったのが、魔術概論の話だった。パークスの知識は一般人にしては広く、思考は深かった。
魔素の存在仮定に対する疑問や、魔素枯渇予想に対する考えを一通り議論し合った。ラトルは魔術院での共同研究を思い出していた。
「面白い議論でした。記録しても?」
職業柄、思いついたことは記録しておかないと気が済まないラトルは荷車を引いている最中にもかかわらずに質問した。快く了承をもらうと、脳内でこう念じる。
「まっさらな本。発動」
他者の目には見えない分厚い本が現れる。深紅の表紙に金色の装飾が成されている。パラパラとページめくれ、真っ白なページが開かれると、ラトルはそこに文字を書き始める。面白いと思った先ほどの議論の内容を箇条書きでメモした。書き終えると、本は目の前から消えた。
見えてはいないはずだが、その様子から何をしていたのか察したパークスが「面白い魔術ですね」と言った。ラトルは「いかにも戦闘向きの魔術でしょ?」とおどけて返した。
ラトルの固有魔術【まっさらな本】は「情報を際限なく、半永久的に保存する」魔術である。その内容は他者に干渉されずラトル本人以外には見ることは出来ない。追放され物が少なくて済んだのも今までの研究内容をここに保存していたからである。ただ、文字記録などの情報に限るので便利とは言いがたい。要するに無くならないいつでも取り出し可能なメモ帳ということである。
こうして、二人はジントレイレンに到着した。すでにあたりは暗く人の気配を感じるものは、明かりの灯った家の窓だけだった。
(これから宿探しとなると大変かもな)
ラトルが、そう思っていると、
「今日は私の客人用の家に泊まってください」とパークスは言った。
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用語略説
魔素・・・魔術の元になっているもの。存在は確認されていない。つまり、理論的に存在を仮定したもの。
魔素枯渇予想・・・魔素が存在し、それが有限であればいずれ枯渇し魔術が使えなくなるのではないか、という予想。
固有魔術・・・一般にその人しか発動できないとされる魔術。または、魔術大系から外れた魔術。その他。
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