追放された魔法学者の第二の人生

せんもこ

第1話 追放


「これより異端審問会を開廷する。容疑者は前へ」


 薄暗い部屋の中心に光が集められ、そこに身長160センチメートルに満たない青年が両端を門兵に固められて現れた。青年の金色の髪は耳や目にかかるほど伸びており、手入れに興味が無いのかそれとも出来なかったのかぼさぼさだった。


 青年は顔を上げあたりを見渡した。眩しくてよく見えないが質の良くない視線が自分に集まっていることは肌で感じた。


「ラトル=サージェ。あなたにはいくつかの容疑がかけられています。それを今から読み上げます。間違えがあれば訂正しなさい」


 その場に沈黙が流れる。一拍置いて異端審問会を取り仕切る女はラトルの容疑を読み上げ始めた。


「ラトル=サージェの容疑。一つ目は『禁止区域への侵入』。二つ目他も同じく『魔術師の占有区間への侵入』。そして三つ目は、・・・・・・・・・」


 女は淀みなく、そして無機質に言葉を並べていく。その間、ラトルの周りを取り囲む視線にも変化はない。


「・・・・・。そして最後に『特級禁忌指定情報への不法アクセス』となります」


 女が最後の項目を言い終えると、先ほどまで変化のなかったこの場所の空気がざわついた。この審問会の観客の中には内容も知らずに参加していた野次馬がいたのだろう。


「悪戯ですむ問題じゃないぞ」「何を考えているんだ、あいつは」「除籍より重い処置が必要じゃないのか?」


 ことの重大さに今更気づいた人々がコソコソを話す声があちらこちらから聞こえてくる。


「静粛に」


 女は一言で、ざわめく空気を収束させる。続けて、ラトルに問う。


「これまでの内容に間違いはないか?」


 ラトルは今一度何か言うべきか考える。もう反論はなかった。疑問も事実も反論もすべて話した上で陥っているのが今の状態だ。この異端審問会も裁判などではなく処分を下すための形式的なものだと理解していた。


「ありません」


 そう言うと、どこからか笑いをこらえるような声が聞こえた。ラトルは笑い声のした方向を睨んだ。髪の毛の間から覗く青色の瞳には怒りの感情が見える。


 女は「そうか」とだけ言って、また一拍置いてから告げた。


「ラトル=サージェの処分は『魔術院からの除名、追放』に決定した。以上により異端審問会を閉廷する」



「いくぞ」


 ラトルは、入ってきた時と同様、両端を門兵に固められ部屋を後にする。


「本当に立派なだ」

 ラトルはそう吐き捨てるように言った。



**************************************



 魔術院から除籍されたラトルは、都市への道を歩いていた。

 背後には、空中に地面ごと浮かぶ巨大な城が見える。その城こそがラトルが所属していた『魔術院』そのもので、見るたびに良くない感情が蘇るので、ラトルは振り返らずに一心不乱に歩いた。



 ラトル=サージェはいわゆる天才だった。最年少で魔術院の研究者として登録され、研究費と研究室を与えられた。そのため、周りからの反感は買ったが本人はあまり気にしていなかった。気にしていなかった結果が今の状態を生んだのかもしれないが…。


 そんな中でもラトルのことを認め、共に研究を行っていた者もいた。彼らは共通して力の誇示や地位の確立に興味がなく純粋に魔術の探求に心血を注ぐ者たちだった。



 今ラトルの向かうのは研究者ゴン=アークスの故郷ジントレイレンという街だ。ゴンは50歳になる魔術師でラトルとはかなりの年齢差があるがそれを気にせずにすむ研究仲間だった。気さくでどんなに研究に行き詰まっても明るく、研究仲間の志気を高めるがうまかった。


 ゴンは故郷のことをこう話していた。

「ジントレイレンは簡単な街です。住人の誰もが他人に無関心なので、害を与えない存在なら皆一律に『他人』として扱われます。それを楽と感じるかどうかは人によるとは思いますが」



 ジントレイレンへの道のりはまだ長い。普通は魔術車や乗合車を使う距離なのだが、日頃の研究のせいで運動不足だということと急ぐ理由がないことから歩いて行くことにした。


「これからどうしようかな」

 ラトルの口から自然に言葉が漏れた。研究なんてどこででも出来ると考えながらも不安はなくなるわけではない。ある程度生活をすることの出来るお金は持っていることは幸いだが、それが底を突いた時のことを考えると早くも憂鬱な気持ちになる。


 そんなネガティブな考えを払拭するために黙々と歩いていると前方に小さな街が見えてきた。ラトルはフードを深く被る。

 どうやら街の出入りは自由で、地理的にはこの街を通って行った先にジントレイレンがある。


(まず水と食料を調達しよう)

 ラトルはそう決めて街の散策することにした。

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