第21話 編み目は語る

 昼休みは、気が向けば体育館にバドミントンに行った。須藤はあれからも顔を出したけど、大抵はゲームには参加しないで、観戦するか、審判をかって出ていた。


 その日、僕らは基礎打ちの後、観戦組にまわった。


「神宮司先輩と木村は別れたらしいよ」


 ゲームを見ながら須藤が訳知り顔で言う。


「そもそも、付き合っていたのかな?」


 僕らは二人がカフェにいるところを見ただけだ。


「さあ? でも、校舎裏で二人が深刻そうに話し合っていたのを、見たって人がいるんだ。まぁ、深刻だったのは木村だけで、神宮司先輩は顔色一つ変えずにいたって。木村は今にも泣きだしそうだったそうだよ」


 噂話ってやつは、いろいろと尾ひれがつくものだ。でも、木村が神宮司部長に夢中になるのはわからないでもない。部長は美人だもの。


「やっぱり、神宮司先輩の本命は君じゃないのか? 密かに噂になっているよ」


「やめてくれよ!」


 僕は目いっぱい否定する。

 部長と部員。それだけだ。それだけなんだ。

 二年生になるまでの辛抱だ。日菜には申し訳ないけど、それまでに、上手い口実を見つけよう。




 土曜日、僕は部室でレースを編んでいた。

 いつもタブレットに図案を描くだけだから、久しぶりだな。


 例の携帯の件以来、部長は機嫌が悪い。気持ちを言葉にせずとも、それがひしひしと伝わってくる。言いたいことがあるならば、いっそぶちまけて欲しい。そうすれば、僕だって弁明の余地があるってもんだ。


「あら……貴方が編んでいるなんて珍しいわね」


 神宮司部長が形の良い眉を歪めてこちらを見ている。

 いくら珍しいからって、そんな不吉なものを見るような目で見ないで欲しいな。


 でも、不躾な態度にはもう慣れっこだ。しかも、今は一方的に冷戦をしかけられている。


「はい。母に頼まれて、生徒さんへのデモンストレーション用に編んでいるんです。ドイリーですよ。以前、パリの蚤の市でみつけたアンティークをトレースしているんです」


「かなり手が込んでいるわね。やっぱり坂下君は編める人だったのね」


 そう言って、先輩がショールの端に手をかけ、模様を間近に見ようとした瞬間、


「!」


 部長の顔が苦し気に歪んだ。


「どうかしましたか?」


 どうしたのだろう。

 急に具合が悪くなったのだろうか?


「なにかしら? 何か忌まわしい、禍々しいものを感じるわ!」


 部長はドイリーを投げ出すように手放し、僕はぎょっとする。


「はぁ!?」

 

 僕はレースを編んでいるだけですけど?

 新手の嫌がらせですか!? それともこの前の仕返し? そんなに猫耳が嫌いなんですか!?


「いいえ! 私には見えるの。こう、どす黒い……」


「何言っているんですか? ただの白いレースですよ? ほら綺麗でしょ!?」


 部長の目の前にレースを突きつけると、


「やめて! その邪悪な布を近づけないで!!」


 本気で怯えている。


 またおかしなことを言い始めた。

 何が見えるって?

 んなわけないだろ!?


「……」


 だが、神宮司部長は本当に気分が悪そうだ。


いとわしい! 汚らわしい! 不吉よ!」


 あらゆる罵詈雑言を浴びせながら、ふらふらと部室を出ていく姿を、僕は唖然とを見送った。


「何だって言うんだ! 不吉だの、禍々しいだの! ファンタジーノベルの預言者ですかぁ〜!?」


 あまりにも理不尽な仕打ちに、憤まんやるかたない気持ちを抱えたまま、僕は一人部室に取り残された。 


 僕と部長が付き合ってるって? 誰が言った?

 絶対ありえないよ!

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