第36話 呪詛の終結
あれからすぐに、僕は明くんに頼んで廃墟となった学校の様子を見に行ってもらうように頼んだ。屋上には、呆けた様子で座り込んでいる杉本さんと、加奈さんがいたそうだ。
明くんから聞いた話によれば、僕が突然屋上に現れたかと思うと、しばらく会話をした後に蒸発するように消えてしまったのだという。
凶器を
病院で意識を取り戻した優里さんは、どうしてそんな奇跡が起こったのか、医者も首を傾げるほどの稀なケースだったようだ。
痛みによる刺激にも反応しているようで、まだ会話まではいかないが、少しの単語や名前を呼ぶまでに回復し、これから長い時間をかけてリハビリをしていくと言う。
「雨宮さん、あの時は本当に……ありがとうございました」
病院の庭で、車椅子に座る優里さんを押していた杉本さんに出会うと深々と頭を下げられた。
すっかり不審者扱いで、社会的に終わるかと思ったけど、優里さんが目覚めた奇跡が重なりどさくさに紛れて僕は奇跡の人として、ご両親に感謝されるような存在になってしまった。
神様のように崇められて、謝礼金を断るのに大変だったんだけど……。
東京に帰る前に、何となく彼女のお見舞いをしたいと思っていたところ、梨子も賛成してくれ、話の流れでこの事件の依頼人である琉花さんも僕たちに便乗した。
「いいえ。その後、杉本さんも大丈夫なんですか?」
「はい……喘息の発作で、二回ほど死にかけましたけどこれもあんな事をした報いかなと思ってます。闇からの囁きの心霊スレッドには、嘘だったと書き込んで終結させました。もちろんサイトの方も削除しましたよ」
「その方が良いですね。健くんが呪詛を解いても、噂が新たな呪いを生むかも知れないですし」
梨子はそう言ってうなずいた。
彼女の言うとおり、人の思いが言霊になって別の呪いが生まれる可能性はある。
呪いのサイトなんて、恐怖を求める人ばかりがアクセスするのではなく、悪戯目的で誰かを誘導したりする人間もいるのだから。
今回の事件のように、強力な呪詛でなくても強い負の感情は、誰かを不幸にしてしまうかも知れない。
「はい。菊池家が援助してくれるようになったので、今後は在宅ワークをしながら姉の介護を手伝おうと思います」
「杉本さん、本当にもう事務所辞めちゃうの? 琉花、杉本さんのおかげでここまでこれたから、やっぱ、寂しい……。琉花、自信ないよ」
珍しく琉花さんが、気弱な態度で拗ねるように言った。
前回の事件がきっかけで、彼女がアイドルとして有名になったんだとしても、それ以降の仕事は、杉本さんのマネージャーとしての手腕があったからこそだったんだろう。
「大丈夫だよ、琉花ちゃん。君ならソロでもやっていけるし、オカルトじゃなくてもバラエティで通用するくらいのトーク術はあるよ。
君が、雨宮さんに相談したいと僕に持ちかけてくれて良かった。正直ね、うさんくさいし呪詛は止められないだろうと思ってた。
雨宮さんと天野さんがいなければ、君を犠牲にしてしまっていたところだ。すまない」
なぜか琉花さんは照れたように頬を染めると、フイッと僕から視線を外した。
僕は、ぼんやりとしている優里さんの視線まで屈むと言う。
「優里さん……、リハビリが終わったらいつかまたお話しましょう。お元気でいてください」
優里さんは、僕の顔を見るとわずかに微笑んだように思えた。
僕たち三人は、別れの挨拶をすると病院を後にしようとした。その時、前方から誰かが歩いてくるのが見え思わず僕と梨子が呟いた。
「加奈さん?」
彼女は遠くから僕たちに気がつくと、深く
僕たちは、互いに言葉を交わさずそのまますれ違うと、しばらくして琉花さんが何かを思い出したように手を叩いた。
「あっ、そうそう! 雨宮……今回の
「えっ、健くん『Boy too handsome』のファンなの!? 私もけっこう好きなんだよね」
『きゃーー! あんた生意気な小娘だと思ってたけどやるわねぇ!
いや、ちょっと待ってくれ……。
その最近売れ始めたアイドルグループを、好きなのはばぁちゃんで『
でも、梨子も曲を聞いてるのは知っていたけど、こんなにテンションが上がるくらい好きだとは思っていなかった。
この食いつきだし、二枚分のチケットがあると言うことは……。
開催日は引っ越しの二日前だ、これはチャンスかも知れない。
ばぁちゃんも、孫の僕が恥ずかしくなるくらい浮かれて僕の頭上で悶ている。
「あ、え、あ、うん……宇宙くんって、ダンスが上手だよね。梨子せっかくだし僕と一緒に……い、行かない?」
「うん、いいよ!」
僕は心の中で泣きながらガッツポーズを作った。
✤✤✤
――――開催当日。
派手な照明と、黄色い女の子達の声。
僕の右隣にはわくわくして目を輝かせる梨子、そして……左には芸能人らしく、サングラスをかけて腕を組んで見ている琉花さん。
なんで君まで一緒なんだ……。
二人でライブデートだったはずなのに。
僕よりも年下の女の子達に囲まれながら、僕は……ばぁちゃんにしつこくせがまれて買ったペンライトと手作り団扇を胸元で振っている。
『きゃーーー!!! 宇宙くん、こっちむいてーー!!』
ばぁちゃんはもう、青春時代に戻ったような表情で見えない団扇らしきものを振っている。このコンサート会場で、心霊現象が語られるとしたら間違いなく、僕の頭上で興奮して推しに叫んでいるばぁちゃんに違いない。
僕は真っ赤になりながら、ちらりと梨子の方を見た。
「なに?」
「う、ううん」
首を傾げ僕を見た梨子の、最高の笑顔でなんだかもう些細なことなんてどうでもよくなってしまった。
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