紅い月夜に花束を

小鳥遊 蒼

1 正体

1-1 赤髪の彼



「みんな、驚いた顔してましたね」


「生徒会長と紹介されて出てきたのがじゃあな」


 入学式の会場である体育館に残され、細かい片付けを任された生徒会メンバーが雑談をしながら最後の確認を行っていた。この場には、会計担当の女子学生と書記担当の三年と二年の男子学生が残っている。書記二年の彼は、先程まできっちりと上までボタンを止めていた詰襟の制服を、苦しいと言わんばかりに既に脱ぎ、下にパーカーを着込んでいた。そんな彼は、当該者が不在なのをいいことに「絶対、副会長を会長だと思ってましたよね」と呟く。


「ゆっくんの方がからね」


 書記三年の彼がそう口にすると、パーカーの上から学ランを羽織った彼がが激しく頭を上下させた。


「あの目立つ赤髪もそうですけど、何よりも……」


 先程まで饒舌に語っていた彼が口を閉ざすと、その代わりに金属音が重なる音に混じって二つの足音が聞こえた。一同が揃ってその音の方へと視線を向けると、噂の人物が戻ってきた。赤髪の彼と、その隣にはメガネをかけた男子学生が鍵を持って近づいてくる。


「何の話してるの?」


 赤髪の彼は戻ってくるなり、後ろから抱きつくような形で女子学生を腕の中に収める。抱きつかれている彼女は驚く様子もなく————かと言って喜ぶでもなく、堂々とため息をついた。


紫希しき先輩について話してたんですよ」


「え、莉李りいちゃんが俺の話?! 今日のスピーチ聞いて惚れ直したって?」


 再びため息をつきながら、閉じ込められている腕から脱出すると、「惚れ直すも何も惚れてません」と口にする。


「照れなくてもいいのに」


 のやりとりをパーカーくんがまじまじを見つめる。物珍しいものでもないため、「ノイ、どうした?」と隣にいた同じ担当の先輩が顔を覗き込みながら訊ねた。


「あ、いや…今日の朝も、このやりとり見られてたんすよね? だったら尚更、新入生たちびっくりしただろうなぁと思って」


「『あの噂は嘘だったのか?』と思ってそう」と言葉を足す。それに対して、「朝はもっとひどかったいつも通りだったよ」と訂正すると、ノイと呼ばれたパーカーくんが慣れた光景を思い浮かべながら苦笑した。


「噂は嘘じゃないけど、会長が学年成績トップだなんて信じられないでしょうね。この学校の七不思議の一つだし」


「生徒会の選出基準を成績順にすることで、無駄が省けて、実に合理的じゃないか」


 とメガネの彼副会長が口にすると、「変わってますよね。————で、生徒会長は成績トップの学生って……会長、お世辞にも頭良さそうに見えないんだよなー」と偏見とも、失礼ともとれる内容を口にしたところで、張本人が「ノイ、聞こえてるよー」と窘めた。窘めたとは言っても口だけで、懲りもせず、再び彼女————莉李にくっついている。


「イチャイチャするのもいいけど、そろそろ戻るぞ」


「「いいんだ」」


 副会長が真顔で冗談なのかわからないことを口にし、そのまま施錠を始めた。閉じ込められてはいけないと、皆急いで体育館から脱出すると、各々教室へと足を向ける。

 三年だけ校舎が異なり、他の学年が使っている校舎の二階にある渡り廊下を通って教室に向かわなければならなかった。なので、旅路を共にできるのは体育館から校舎の入り口までの短い道のりだけで、そこまでを皆揃って歩いていた。

 歩く時の配列は自然と固定され、副会長が先頭を歩き、その後ろを他のメンバーが並んでいた。赤髪の彼と、莉李と呼ばれた彼女が一番後ろを歩く。


 今日は入学式だけで予定は終了しており、校舎に近づくにつれ、帰路に着く学生とすれ違う。中には、彼らに挨拶をする学生もいて、皆がそれを返していた。

 新入生たちも見様見真似に彼らの行動に習う。そのうちの一人、新入生と思しき男子学生が会釈して生徒会メンバーの横を通り過ぎた時、何かがひらりと舞い降りた。

 最後尾を歩いていた莉李が足を止め、それを拾い上げる、彼が落としたのはハンカチだったようだ。


「あの」


「?」


「これ、落としましたよ」


 軽く埃を払い、簡単にたたむと、状況が理解できていない様子の男子学生に手渡す。彼女が手に持っているハンカチに見覚えがある彼は、ハッとしたようにそれを受け取った。

 彼女が笑みを浮かべると、目の前の男子学生は少し頬を赤らめた。


「ありがとう、ございます」


「いえ、気づけてよかった」


 再度微笑みかけると、彼女は進行方向を元に戻した。


「あれ? 紫希先輩は?」


「ん? あれ、さっきまでいたのに」


「会長って急に姿消すことありますよね」


「まぁ、校内だし。迷子ってことはないだろうから、大丈夫でしょ」


「そうだね」


 日頃からマイペースな赤髪の彼は、彼らが言うように突然いなくなることが多かったため、誰も気にする者はいなかった。そして彼らは、各々自分の教室へと戻って行った。






 ————————————————

 ————————







 彼女から受け取ったハンカチを握りしめるように手に持ったまま、鼻歌まじりに学生が校内を出ようとしていた。

 彼の家は正門側ではなく、それとは反対の裏門から出た方が近いため、靴を履き替えると人通りが少ない道へと足を向けた。


 校舎を背にすると影が消え、太陽に向かって歩いているのかとも思ったのだけれど、どうやら雲に隠れたらしい。実際に確認したわけではないけれど、日が落ちるには時間が早い。いくら秋入学で、日の入り時間が早くなったとはいえ、まだ時間に余裕はあった。

 そんな天気も気にならないほど、その男子学生は意気揚々と歩みを進めていた。その足取りは軽い。あまりの単純さに、本人も自嘲するほどだったけれど、それすら気にならないほどに気持ちは高揚していた。


「ねぇ」


「?」


 不意にかけられた声に男子学生は振り返った。周りに自分以外、誰もいなかったため、声をかけられたのは自分だと思ったのだけれど、声をかけた人物も見当たらない。

 空耳だったのだろうか、と身体を進路方向へと向けた瞬間、顔を抑えられた。—————正確に言うと、顔面全体ではなく、目の部分を手で押さえつけられていた。突然のことに反応できず、まして抵抗できないほどに強い力が加えられ、相手の顔を見ることもできない」


「ごめんね」


 それだけが聞こえた。

 そう思ったのも束の間、次に意識が戻った時には、裏門を出た後だった。重い足を一歩ずつ前に動かすように家までの道のりを歩く。まるで何かに憑かれているとでもいうように。

 視線を落とすと、手は。その中には何もなく、自分がどうしてのかもわからない男子学生は首を傾げた。





 そんな彼を赤い眼が見つめる。


「彼女が好意を抱くのも、彼女に好意を持っていいのも俺だけなんだよ」


 ぽつりと零された言葉とともに、が掌から離れ、ひらひらと舞い落ちるように宙を降りていく。けれど次の瞬間には、瞳と同じ赤い色の光を放ち、そのまま消えていった。

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