第1話「鈴の行方②」

「ひまだなー」


 事務所と勝手に呼んでいるスハラの家で、俺は今日ものんびり過ごす。

 先週は、近所の川の掃除や公園の花壇の手入れなんかの依頼で結構忙しかったのに、今週に入った途端、ぱったり依頼は来なくなってしまった。

 そして今日、金曜日まで、何事もなく時間が過ぎている。


「平和っていいなー」


 縁側で日向ぼっこをして伸びている猫のごとく背伸びをする。

 便利屋を仕事としている以上、依頼がないのはイコール仕事がないわけだけど、自分の出番がないというのは、困っている人はいないということだ。


「今日はもう帰っちゃおうかなー」


 まだ昼過ぎだというのに、気の抜けた独り言とあくびをしていると、外から帰って来たスハラに頭を小突かれる。


「尊(たける)、何のんきなこと言ってんの。依頼者、連れてきたよ」


 そういうスハラの後ろには、2匹の小型犬。いや、小型犬に見えるけど、決して犬ではないイキモノ。


「テンとスイじゃん。どうしたのさ」


 水天宮の獅子・狛犬の2匹は、獅子がテンで、狛犬がスイ。付喪神となっているこの2匹は、神社にいるのはつまらないらしく、よくこの姿であちこちを散歩して、ほぼ犬のような存在として生活している。

 ついでに言うと、水天宮も人の姿を得て生活している。ミズハっていう名前の、超が付く天然の巫女だ。

 俺は、スハラのご近所さんである水天宮のミズハや、この獅子たちとも顔なじみだった。

 で、そんな獅子たちが一体どうしたというのか。


「我の鈴を探してほしいんだ」


 泣きそうな声でテンが言う。


「鈴?」


 俺の問いに答えたのは、見るからにしょぼんとしているテンではなくて、スハラだった。


「ミズハからもらった、テンとスイのお揃いの鈴なんだって。今朝まではあったけど、気づいたらテンのものだけなくなってたらしい」

「我の鈴…どこかで落としたんだと思う」

「大丈夫、きっと見つかるよ」


 スハラにポンポンと頭をなでられて慰められたテンは、とうとう、さめざめと泣き出してしまった。それを慰めるスイも、おろおろとして泣きそうな顔をしている。

 俺はそんな2匹をなだめながら話を聞いていく。詳しい話はこうだった。


 鈴は、2匹が付喪神として動けるようになった記念にミズハがくれたもので、ずっと前足につけていたもの。

 今朝、2匹で散歩に出発したときには、確かに鳴っていたらしい。しかし、運河辺りに来た時、テンの鈴の音がしなくなっているのに気づいて、2匹で慌てて来た道を探したが、どこにも見つからなかった。

 そして、困った2匹は、ちょうどそばを通りかかったスハラに相談して、ここに来るに至った。

 スイの鈴だけが、ちりん、となる。


「本当に、どこにも落ちてなかったのか?」

「我らはちゃんと探したよっ。なのに、どこにもなかった…」


 話を聞き終えて俺が聞くと、スイが怒ったように言うが、語尾がどうしても泣きそうだ。テンは怒る元気もないらしい。

 俺は、「悪い」と言いながら、慰めるようにスイの頭をなでるが、尻尾がしょんぼりしている。

 たかが鈴、とも思うが、彼らにとってはよほど大切なものなんだろう。見てて可哀そうなくらい落ち込んでいる。

 そんな小さなものが見つかるだろうかと思うが、幸い、今日は暇な上に、まだ日は高い。

 スハラを見ると、頷いてくれる。

 善は急げ。


「じゃあ、早速探しに行くか」


 俺が立ち上がると、2匹は少しだけ嬉しそうに尻尾を振った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る