モニター

砂上楼閣

第1話〜モニター(前)

……ーーー、ーーー、……ーーー、ーーー、……


薄暗い部屋に、低く唸るモーター音が静かに満ちている。


三畳ほどの狭い個室に乱雑に配置されたモニターの数々。


埃をかぶった機器と、それらを繋ぐ無秩序なコードの束。


数世代前の型番のモノクロ画面が、不規則に点滅とノイズを繰り返す。


その部屋に窓はなく、外を窺うこともできず、まるで延々と同じ瞬間をループしているようだった。


ーーーギィィィイィイ…


錆びた金属音をさせて、部屋の扉が開く。


廊下から差し込む光は夕暮れ時のように黄ばみ、扉が開いたことで舞った埃を鈍く露わにする。


足を引きずるようにして、人影が部屋に入ってくる。男だ。


入ってきた男は部屋の電気を付けると、一度モニターをぐるりと見渡す。


相変わらず変化はない。


延々と切り替わり続けるモニター。


しかしそれは無変化であると言っても過言ではない。


フンと鼻を鳴らし、男は真新しい椅子に腰を沈めた。


経年劣化を感じさせる色落ちも変色も見られないのはこの場にはこの椅子だけだ。


男が着ている作業服はよれよれでシワが目立ち、本人もまた顔に浅くシワを刻んでいる。


初老と言って差し支えない男だ。


半ばまで後退した頭髪に、だらしなく垂れる腹。


いかにも神経質そうな顔をしているが、椅子に座った瞬間だけは満足気だった。


背もたれが男の背を支え、程よく寛げる。


この椅子は男が仕事の下見に来た時に、オンボロのパイプ椅子しかないのを見て購入を決め、わざわざ持ち込んだものの一つだ。


ある程度歳のいった男の腰に、パイプ椅子で長時間座り続けるのはきつすぎる。


フンとまた鼻を鳴らす。


机の引き出しからよれよれの雑誌を取り出し、つまらなそうに読み始めた。


…………。


次々と切り替わるモニター。


その向こう側に動くものなど一つもない。


せいぜい映り込むのは風で飛んできた木の葉か鳥くらいだ。


それ以外が映り込んだならば、それはもう異常と言っていい。


ここは人里離れた場所にある廃工場なのだから。


古い建物の解体を待つばかりの終わった場所。


解体と同時に新たに工場が建てられる予定だ。


すでに運び込まれている建材は、なんとか雨風は防げる建物の中に運び込まれている。


男はそれを見張るだけ。


厳重に梱包された荷物は重機でもなければ持ち運べないし、素人には開梱すらできないだろう。


…………。


いつからあるのかも分からないモニター、古い機器。


それらに混じる真新しい機材。


これらの中でいくつが廃棄されて、いくつが再利用されるのだろう。


ただただ代わり映えしない景色を映し続けるだけの機械。


己の役目を全うしているだけの日々。


どこか自身に投影するものでもあるのか、男はいつものように顔を顰め、フンと鼻を鳴らした。


変わらぬ日常、変化のない日々は人を性根から腐らせるのか。


男は形ばかりの見回りのために立ち上がった。


…………。


男が多少なりとも真面目に見張りと見回りをしていたのも、3日と経たずに形だけのものになった。


一月も過ぎた今ではただただ暇を持て余す。


持ち込んだ雑誌もそろそろ暗記してしまいそうだ。


定期的に生活必需品は郵送されてくるので、買い出しの必要はない。


それが逆に男をこの土地に縛り付けている。


娯楽などない、こんな場所で長期間管理人ができるのは、この男の図太さによる所が大きかった。


元々偏屈で人付き合いが嫌いな男だった。


…………。


工場の各所に設置された監視カメラと連動したモニターの中に、一つだけ新しいモニターが後付けで設置されている。


男と同じタイミングで配置されたものだ。


このモニターにだけは、他の工場にあるカメラとは異なるものが写っている。


心拍数や血圧、体温など男の体調の変化がモニタリングされているのだ。


これは男の胸元に貼られた薄いシートのような計測器から送られているデータ。


工場の敷地とその周辺程度しか電波が届かず、ただ記録だけ残されている。


人里離れた場所での勤務故に、万が一何かあった場合は助けが来る……と言うわけではない。


ただこの僻地で働く上で、データのサンプルが欲しいからと言われたからつけているだけだ。


そもそも電波の届かないこの場所では、固定の電話以外に外部との連絡手段はない。


であるから、男は特に他のモニターと違った愛着を持ってはいなかった。


せいぜい自身の体調の良し悪しを確認するためと、唯一の数字の変化のある暇つぶしだ。


切り替わる際にブレる他のモニターと違って、多少はスムーズに、そして鮮明に見えるのはいいが、映り込むものに大きな変化がなければ大した意味もない。


…………。


モニターの明暗の切り替わりはそれぞれで規則的だが、これだけ並んでいれば不規則になり、しかし何日も見ていれば規則性は見つかるものだ。


古びた工場の管理業務。


ようはただの見張りだ。


その割に給料は驚くほど高かった。


たしかにこの規模の土地を見て回るのは骨だが、建物の中には入らず、外から施錠されているかの確認をするだけ。


真面目に点検して回れば1時間はかかるが、今はちょっとした散歩程度に見て歩いて30分程度。


楽な仕事だ。


期間は追って連絡があるらしい。


願わくば工事が終わった後も続けたいものだ。


その頃にはこの停滞した空気も無くなっていることだろう。


人付き合いの嫌いな男でも、さすがに変化の乏しい毎日にはうんざりしかけていた。


それまでは月毎の更新だが、それでも結構な額になる。


近々工事が始まるらしい、とは聞いたがそれからもう10日以上経っていて音沙汰はない。


唯一の連絡手段である有線電話も、使うのは1日一回の定時報告のみだ。


質問しても事務的に未定の一言しか返ってこない。


男は今頃振り込まれ、貯まっているであろう金額のことを考えて気を紛らわせることにした。


…………。


住み込みの管理人。


娯楽などはないが衣食住は保証されている。


見回りをして報告をするだけで高額の金が自分のものになり、不都合があっても連絡するだけ。


別に何か作業をし続けたり、壊れた物を直さなければいけないわけでもない。


ただ見て報告するだけ、管理人とは名ばかりだ。


……待遇が良過ぎるという思いはあった。


悪い噂、黒い噂はそれなりにある会社だった。


しかし男のような年齢の人間を雇ってくれて、さらに金払いが良いとなれば文句はない。


それにどこの会社でも多かれ少なかれそういった噂はあるものだ。


山奥だから悪ガキのたまり場になるわけでもなく、不便なだけ。


近場が心霊スポットだの、昔ダムの建設計画があっただのといった噂はあったが、幽霊どころか人っ子一人訪れたことはない。


この工場が何の工場なのかはその手の知識のまるでない男には分からない。


ただ独特な臭いが染み付いているようではあった。


それに全体的にやや不快な臭いが漂っている。


今では慣れたものだが。


近くに伐採場や採掘場でもあるのだろうか。


工場内のことは分からないが、特殊な薬品や染料でも使っているのか。


大きな機材などもあるし、大規模なトンネル工事でもしていたのか。


工場の敷地の周りには高い塀がぐるりと囲んでいて、唯一の出入り口である格子状の門は外からでないと開けられない。


だから周りにどんなものがあるのかも分からない。


航空写真でもあれば、男がいる場所が巨大な刑務所にでも見えたかもしれない。


男は、何も知らない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る