第24話 システムが復活

 全員が国境に急いでいる時、ユミさんから連絡が有った。


「結翔さん、転送システムが元通り回復しました」

「わあ、良かった」


 早速全員を国境越えさせてもらおうと、ユミさんに頼んだ。

 ただ転送は既に皆経験済みだからいいが、一人王妃さまだけが問題となる。


「王妃さま、今から国境を超えますが、驚かないで下さいね」

「驚く?」


 結菜さんの忠告に、王妃さまが怪訝な表情を浮かべる。

 そして周囲の景色がゆがんだ――



「えっ」


 王妃さまは一瞬何が起きたのか分からず、きょとんとしている。

 空間移転を完了したのだが、国境を超えただけで、周囲の景色はさほど変わっていない。


「王妃さま、ここはもうフランスではありません」

「…………」

「ネーデルランド領内に入りました」


 この辺りはすでにハプスブルク家の支配地域だから、もう革命軍は追って来れないはずだ。


「じゃあバルク達はもう帰っても良いでしょうか?」

「そうですね、必要が有ればまた来てもらえばいい」


 システムは機能し始めたようだから、何時でも移動できる。こんな大勢の軍が移動していては目立って仕方ないだろう。

 言い出したクルムさんとバルク達傭兵には帰ってもらった。

 おれは安兵衛と共に結菜さんと馬を進め始める。


「あれ、王妃さま」


 結菜さんが振り向くと、王妃さまが固まっている。


「あ、あの人達は……」


 驚くのも無理はない。目の前から数百人の軍団が忽然と消えてしまったのだ。

 自身が移転された時は、きょとんとしていた王妃さまだったが、軍団全員の姿が消えてしまっては驚くなと言う方が無理だろう。


「あの、王妃さま」

「消えちゃった。あの人達はどうなってしまったの?」

「えっと、その、別な世界に行ったのです」

「…………」


 勿論そんな簡単に納得できるものではない。それから結菜さんは馬に揺られながら、延々と説明をし続けた。


「私も行ってみたい!」

「はっ?」


 結菜さんと王妃さまの発言は区別がつかない。発想も性格も恐ろしく似ているのだ。時空移転を何処まで分かったのか、私も他の世界を見てみたいと王妃さまが言い出したのだ。

 どうしても他の世界が見てみたいという王妃さまの要望だった。


「じゃあどこか他の世界を見せて上げましょうか」

「わあっ、うれしい」

「…………」


 この女性が王妃さまだとは、とても思えない発言だ。しかしおれと結菜さんは迷っていた。


「何処に行かせたあげたら良いんだろうか」

「やっぱりフランス以外の国でしょうね」


 結菜さんは割と平気な顔で言っている。


「あの、王妃さま、何処に行きたいのか、ご希望は有りますか?」


 しばらくして王妃が、


「あの、あの方のお国へは行けますか?」

「あの方?」

「安兵衛さんだ!」


 結菜さんが素っ頓狂な声を上げた。

 王妃が安兵衛に興味を持っているのを、結菜さんは少し前から気づいていた。


「結翔さん、王妃さまが行きたがっている国は日本です」

「はあっ!」


 王妃さまにその事を確かめると、わずかに頬を赤らめ、認めたのだ。


「日本なのかあっ」

「どうします?」

「いや、どうしますって、どうしよう」


 聞いてみて、なんと王妃さまが安兵衛に興味を持っているという事を、おれも始めた知った。


「えっ、それって、日本の戦国時代に行きたいって事なの?」

「いえ、さすがにそれは無いでしょう」

「そうだよな。王妃さまに日本の戦国時代の知識が有るとは思えない」


 それに、今回の移転は時間を超えてない。その概念を理解するのはさすがに無理だろう。第一戦国時代に行くと言っても、どの年代の何処なのか。

 一緒に行くだろうから、今更おれが幸村に会ったとしたらどうなる?

 どの時代の幸村だろうとも、それこそ歴史が支離滅裂、もうめちゃくちゃになるんじゃないか。風景をちらっと見せただけで帰ってくるのもなんだかなあ。少しは生活感も味わいたいだろうし。


 その時、傍でじっと聞いていた王妃さまが、


「ユイナさんも日本なんでしょう」

「ええ、そうです」

「だったら私、ユイナさんのお館に行きたいです」

「お、お館!」


 おれと結菜さんは同時に見つめ合ってしまった。

 

「あの、えっと、お館ですか」

「はい、いけませんか?」

「いや、その、お館というよりは、あの……、アパート」


 困ったどうしよう。王妃は結菜さんのお館に行きたいと仰っている。


「結菜さん、どうしよう」

「良いんじゃない」


 結菜さんはあっけなく言った。


「いや、だけど、あの狭いアパートだよ」

「狭くったって、本当の事なんだからしかたないでしょ」

「…………」


 そしてついにマリー・アントワネット王妃が、我がアパートまでやって来る事になった。

 戦闘も一段落したし、安兵衛は一旦モルダビアに戻るというので別行動だ。一人残して来た娘のユキも心配だろうからな。王妃はその辺の事情がまだ良く分かって無いようだが……





 そして、ついにおれと結菜さんと王妃さまの三人が揃って時空移転だ。


「あの、王妃さま、どうぞおくつろぎになって下さい」

「…………!」


 時空移転されたばかりの王妃さまが、目を見張って部屋の中を見ている。

 

「……次の間も見せて頂けますか?」

「えっと、ここは1DKですから、次の間は有りません」

「…………」

「こちらはトイレで隣が浴室です」


 結菜さんが割り込んで来た。


「全て近くに有るので便利ですよ」

「…………」


 王妃さまは声も出ないみたい。


「あの、王妃さま、これからスーパーに行きませんか?」


 結菜さん、もうこうなったら何でも見せたろうという事らしい。

 

「スーパー?」

「そうです。だけど、そのシュミーズドレスではちょっとまずいわね」


 という事で結菜さんの服を着させてやる事にした。背丈が同じくらいだし、サイズも多分いいのではないか。

 さっそく結菜さんの服をとっかえひっかえが始まり、


「王妃さま、そのドレスを脱いで下さい」


 いきなり王妃がシュミーズドレスを脱ぎ出したのでおれは慌てた。


「結翔さんは向こうを向いていて」

「さんは、向い、て、い、て」


 王妃さまが結菜さんの真似をする。おれは急いで後ろを向く――

 後は二人とも夢中になり、即席のファッションショーが始まってしまった。


「こっち向いていいわよ」

「向い、て、い、い、わ、よ」


 もう何度向きを変えさせられたことか……




 マリア・テレジアは日本の漆器をこよなく愛し、娘のマリー・アントワネットもパリの美術市場で漆器を買い集めていたようです。マリー・アントワネットと日本のつながりはしっかり有ったようです。

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