第22話 一方通行
夜遅く着いた村で王達一行は一晩休む事になる。この村では馬を変えたり、新たな護衛の部隊が待っている予定だったのだが、何やら様子が変だ。
「王妃さま、何か有ったのですか?」
「この村で待っているはずの別な護衛部隊の姿が見えないの」
「えっ」
物事は悪い方向に進むと、次々と悪い事が起きるのが世の常だ。
周囲のささやき合う気配が気になり、聞いた結菜さんは嫌な予感がしたのか、
「王妃さま、いざという時は私と二人だけでもいいから逃げましょう」
王妃もこの時点で結菜さんをよほど信頼しているのだろう、こっくりと頷いた。
だがその後に起こった出来事には、結菜さんも唖然となった。
「何が始まるのですか?」
「夕食です」
それは逃亡中の者がしているとはとても思えない、優雅な食事風景だった。
テーブルには、連れて来た調理人の手による料理が銀食器に盛られて、ワインが提供されている。しかも、その食事風景を大勢の村人が覗き見ているのだ。
王はそんな事を一向に気にする様子もなく、料理に舌つづみを打っているではないか。
「新しい護衛の部隊が来ていないんでしょ」
「ええ、そのようです」
「全く、王様は何を考えていらっしゃるのですか」
「…………」
その夜、
「王妃さま、起きて下さい」
一日中馬車で揺られていた疲れからか、寝ぼけまなこの王妃、
「何なの?」
「静かに、着替えて下さい」
「まだ夜中でしょ」
「何か様子が変なんです。きっと危険が迫っています」
結菜さんに促され、王妃もそっと部屋を抜け出し、建物の外に出る。
「一緒に来た護衛の者達はどこ?」
「居ません」
「ええっ」
新しく来る予定の王党派部隊も結局現れなかったし、今まで護衛をして来た者達も居なくなってしまっていた。此の期に及んでも美食を止めない王に呆れたのか、それとも他に何か理由が有るのか、とにかく猟騎兵の者達は、指揮官を含めて皆職務を放棄してしまったようなのだ。
「王妃さま、早く」
結菜さんは王妃の手を握り、素早く建物の陰にかくれる。
数人の男達が怪しげな動きをしているのが王妃にも分かった。また別な男二人が、隠れている王妃達の前を話しながら通り過ぎる。
「あの太ったブタ野郎とオーストリア女も遂に最後だ。ギロチン送りにしてやる」
その言葉は、王妃を震え上がらせるのに十分なものだった。
ギロチンに関しては、まだその構造が試行錯誤の段階で、ルイ16世が刃を斜めにしたらよく切れると提案したとの説がある。
ちなみにそのルイ16世は庶民の見守る前で、ギロチンにより首を切り落とされた。そして王も庶民も無い、人は皆平等だと宣言される。
それ以来、現在に至るまで、フランスでは敬語を使うという習慣が無くなったらしい。そのくらいフランス人の歴史に、この革命はインパクトを与えた出来事だったようなのだ。
周囲に人影が無くなったのを確認すると、隠れている建物の陰から離れて逃げる。
「王妃さま、頑張って」
どの位走ったのか、そこは村の外れのようで寂しいところだ。
幸い月明かりが、微かに辺りを照らしている。
「どうやら、最悪の事態になったようですね」
「ユイナさん、どうしたらいいの?」
もはや選択肢はこれしかない。結菜さんはアイフォーンを握りしめる。
「ユミさん、結翔さん、早く来て!」
王妃もおまじないを唱えた。
「ユ、ミ、さ、ん……」
その時、
「結菜さん」
二人が振り向くと、そこに結翔と安兵衛が立っていた。
「わあっ、結翔さん!」
ほっとした結菜さんがすぐ二人に今の状況を説明する。そして王妃には、
「王妃さま、これで助かりますよ」
突然現れた二人に目を白黒させている王妃は、
「本当ですか?」
「あの、結菜さん、それが……」
この転送はまだ一方通行だと聞かされた結菜さんは、がっくりと肩を落とした。
「そんな!」
とにかくシステムが正常に戻るまでは、ここで頑張るしかない。
「結菜さん、ここにしばらく隠れて居て下さい。安兵衛と二人で馬を探して来ます」
二人が行ってしまうと、
「王妃さま、大丈夫です。あの二人に任せましょう」
結菜さんは、少し震えている王妃を抱いて、励ました。
野営地の跡らしい場所に、数人の男達がいる。酒を飲んでいる者や、横になっている者などだ。馬も見える。
「安兵衛、いくぞ」
「はっ」
安兵衛は歩きながら鯉口を切った――
突然現れた得体の知れない二人組みに、男達はおどろいたようで、銃を手に立ち上がった。
「何だお前達は!」
もちろん言葉は分からないが、そんな事は関係ない。
「馬をもらいに来た」
安兵衛は刀を抜きざま、
「イェッーー」
一人、返す刀で二人と、初めの男が倒れる間に三人を斬ってしまった。
その間、おれは一人をスタンガンで気絶させる。残った二人は逃げて行ってしまう。
「安兵衛、あの二人には構わず、馬を――」
「はい」
「王妃さま、この馬に乗って下さい」
「王様は」
「王妃さま、もうその余裕はありません。乗って下さい。国境まで一気に走るのです」
「でも……」
「革命派がここに到着する前に逃げましょう。一刻を争うのです!」
確かにその予想は的中していた。武装した即席の国民衛兵隊三百名が捜索隊として組織され、国境に向かって先回りをしていたのだった。
ここで国境まで一気に走る事が出来ればいいのだが、そうはいかない。途中何度か馬を休ませる必要が有る。立ち寄った村で馬から降りる。
「馬が疲れています。仕方がない、此処でしばらく休みましょう」
水と食べ物を村人から何とか分けてもらった。
「私が平民から食べ物をもらうなんて……」
「王妃さま、今は生き残る事だけを考えて下さい」
王妃は頷いて下を向いた。
「結菜さん、実は……」
「どうしたの?」
「言いにくいんだけど、この先で革命派の部隊が待ち伏せしているようなんです」
「えっ!」
食べ物を分けてくれた村人が、こっそり教えてくれたのだった。
「多分パリからは更に多くの捜索隊が、こちらに向かっていると考えていいでしよう」
「じやあ、私達は――」
「追い詰められているんです」
安兵衛がいかに剣豪と言えども、数百人の革命軍を相手には出来ない。
「ユミさん、至急連絡をお願いします」
ユミさんからは、直ぐ返信が有った。
しかし、
「結翔さん、ごめんなさい。まだシステムが安定していません」
「と言う事は――」
「こちらからの一方通行でしか、移動出来ないんです」
「…………」
その時、うつむくおれは馬のいななきを聞いた。顔を上げると、こちらに向かって駆けてくる馬がいる。
「あの馬は、もしかして、タイム」
だが、タイムだけではなかった。次に現れたのは、
「クルムさん!」
さらに傭兵隊長のバルクが現れた。そしてその背後からは、タタール人武装騎馬軍団数百騎が現れ、蹄の音を響かせてやって来たのだった。
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