第17話 パリ万博

 日本の狭いアパートに戻り、カレーライスを食べて、のんびりコーヒーを飲んでいた時だ、


「ねぇねぇ、ユミさんからのメールよ」

「ユミさんから?」


 パソコンの画面を見ている結菜さんの横顔が、どんどん興奮していくのが分かった。


「何て言ってきたの?」


 すると、突然大声を出した。


「私パリに行く!」


 なんか嫌な予感。


「ユミさんは何て言ってきたんだよ」

「パリでサムライと出会ったんですって」

「はあっ」


 また突拍子もない話が出て来たではないか。

 ユミさんは今ダニエルさんと、確かにパリを旅行中なんだろう。カヤンのお城をほったらかしでいいのか。

 だが、結菜さんは自分の世界に浸りきって、しきりに興奮している。


「サムライって多分あれだろう。ジャパンフェスティバルとかの催し物で、パリに在留している日本の方が仮装しているんだよ」


 ところがメールには、サムライよりもっと興味深い事が書かれていたようだ。


「サスケっていうブランドの斬新なファッションが、パリっ子の間で話題になっているんですって」

「サスケ!」


 結菜さんは確かにサスケと言った。


「サスケって、まさか」


 おれは戦国時代に秀矩となり猿飛佐助と出会った。霧隠歳三の配下で、その佐助は  何と女性だった。

 その後はいろいろ有ったが、現代から戦国時代に来た結菜さんのアイフォーンで、佐助は様々なファッションの写真を見せられている。

 結菜さんはパリに行くんだと、カレーライスの皿もほったらかして、そそくさと旅行の準備を始めるではないか。


「あの、ねえ、結菜さん、フランスまで行くのに一体幾ら掛かると――」

「やっぱりあちらは空気が乾燥しているでしょ。化粧水は欠かせないわよね」


 おれの言葉がまったく耳に入らないのか、結菜さんはメイク用品から何から、次々とキャリーバッグに詰め込み始めた。


「あと問題は洋服なのよね。何しろファッションの都パリなんだから」

「結菜さん!」


 おれは少し声を大き目にして言った。


「飛行機代が幾らになるか分かって――」

「ユミさんがまた迎えに来てくれるんですって!」

「はあっ」



 その日、ユミさんは突然目の前に現れた。迎えに来てくれるというから、またプライベートジェットかと期待したんだが、


「結翔さん、お元気ですか?」

「ユミさん!」


 そこにユミさんが立っているではないか。

 アチャ~、完璧狭い部屋を見られてしまった。


「あ、あの、狭っくるしいとこですが、どうぞ楽になさって下さい」

「有難うございます」

「えっと、何かお飲みになりますか?」


 おれは急いでコーヒーカップを持ってくると、


「あの、コーヒーを――」

「結翔さん」

「はい」

「今すぐパリに行きましょう」


 これに驚いた結菜さん、


「あっ、待って、私の荷物!」


 結菜さんが急いでキャリーバッグを掴み引き寄せる。

 直後に、周囲の空間がゆがんだ――

 こうして、おれと結菜さんは、ユミさんから再び時空移転をされたのだ。



 これが、パリなのか?

 三人は大きな建物の前に立っていた。イメージしていたのとは、少し違う感じだ。

 確かに石造りの重厚な建物が並んでいるところを見ると、此処はあの有名なパリなんだろう。

 だが、何かが違う。何と無く薄暗く、それに、通りを歩く人の服装が変ではないか。結菜さんも少し戸惑った様子で、周囲を見まわしている。


「ユミさん」

「はい」

「あの、此処はパリなんですよね」

「はい、ただし1775年のパリです。気が付かれましたか?」

「1775年!」


 おれと結菜さんは同時に声を上げた。


「そして此処は万博会場の前です」

「えっ、万博って、あの、有名なパリの万国博覧会の事ですか?」

「そうです」

「だけど……」


 パリ万博って、確か1800年代の中頃じゃなかったか?


「時代の流れ、変化のスピードが変わってしまったんじゃないかしら」

「…………」

「あそこを見て下さい」


 ユミさんが後ろを指差した。


「あれは――」

「エッフェル塔です」


 そこには組み立て中の鉄塔、つまりエッフェル塔が建ちつつあった。


「予定外に万博計画が早く進んでしまい、建設が追い付かなかったそうです」


 やがていろいろ分かってくる事だが、この時点でおれの知っている歴史から、駒が100年も早送り、つまり前倒しして起こっていたのだ。

 人類の歴史はホモ・サピエンスから始まり、文明らしいものが発達するまでに約20万年もの年月が必要だった。

 フランスの街角で、それまで馬しか知らなかった人々が、自動車という乗り物を目にするのは1769年だ。それから200年後にはジェット戦闘機が空を飛んでいる。

 文明の発達をグラフにすると、四大文明を挟む20万年ものなだらかな線が横に伸びたている。それが数百年ほど前から目立って上がり初め、やがてそのカーブは急角度となる。

 200年掛かって形成された変化が、20年程までに縮まってしまう。

 そしてついに人類が未経験の事態を迎える。時間の尺度が変わってしまうのだ。

 人類文明史の変化率はほぼ垂直に近くなっている。その結果がタイムマシンの登場だった。自動車という乗り物を初めて見た人々は、ジェット戦闘機など想像も出来ないだろう。だがそのジェットの時代の人々はタイムマシンなど、やはり笑ってしまうのだ。人類の歴史は既に異次元の上昇率となっているのに……

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