第11話 戦闘
ポルス家の残虐な仕打ちに対する復讐を誓ったダニエルは、城下の兵を増員しはじめた。新たに集めた者を含めて軽騎兵と、銃兵隊を中心とし、重装騎兵、歩兵を合わせると総員約一万の軍がポルス家に勝負を挑むことになった。
ダニエル家が戦争の準備をしていると知ったポルス家は、配下の将軍に出動を命じた。しかし格下だとダニエル家を見下している将軍とその側近の者らの間には、楽観的な雰囲気が漂っているという。今は敵の知行地だが、元はと言えばダニエル氏の領地だった。未だにダニエル氏を慕う者は大勢いる。ポルス家の内情は筒抜けだったのだ。
「ダニエルさん、私もお供します」
おれは従軍を申し出た。戦場は日本の戦国時代で十分経験している。足手まといになどならない自信が有った。
「わたくしも参ります」
おれに続けて申し出たユミさんにはびっくりした。
「えっ、ユミさん。危険ではないですか」
ユミさんも安兵衛に会うまでは帰らない覚悟をしたのだろうか。
もっともそれ以外の理由も芽生え始めていたようなのだが、まだこの時点で、のんきなおれはそこまで女性の心理は分からなかった。
「いざとなればこれが有ります」
ユミさんは銃のような物を取り出し見せてくれた。スタンガンだ。
「ユート殿、ユミ殿、今回は厳しい戦になりますよ。覚悟して下さい」
この時代に女性の従軍はさほど珍しく無いし、後方支援の意味もある。兵士の家族や家畜までもが揃って従軍する例もあるくらいだ。
ダニエルさんは特に反対する風もなく、兵力に関してはこちらが劣勢になるだろうという事と、この後の戦の展開予想を話してくれた。そして広大な知行地を持つ敵は兵員の到着に時間が掛かる。それまでに陣を築き、後方の準備を整えると言うのだ。おれはその話を聞いていて疑問が生じた。
「ダニエルさん、何故敵の兵力が揃うまで待つのですか?」
騎士道なんか関係ない、勝てば官軍なのだ。ましてや敵は既に奇襲をして来ていると言うではないか。後方支援なんか必要ない。速攻で決めるべきだ。
おれの奇襲提案を聞いたダニエルさんは、豪快に笑いだした。そして全軍に命令を出したのだった。
ポルス軍の将軍は合流地点に来ると、後続部隊の到着まで進軍を待つようにと本隊に命じた。合わされば二万近い兵力になる。遠隔地の貴族からはさらに五千の援軍が来る予定である。総兵力は二万五千となり、数では圧倒的な有利を見込めるポルス軍であった。急ぐ必要は無かったのだ。
しかし思いのほか早く、ダニエルの騎兵隊がポルス軍の本陣を襲ったが、火縄銃 (この地域でフリントロック式はまだ普及していない) の射撃を受け撤退を余儀なくされる。もちろんこれは予定の行動だった。注意が前面に向かっている隙に歩兵が横から奇襲攻撃を加えると、敵の歩兵が浮足出す。続けざまに重装騎兵がポルスの本陣に突撃を敢行した。後続の軍がまだ到着してないこの段階での本格的な戦闘開始は、ゆっくり構えていたポルス陣営を慌てさせた。
ポルス軍の将軍と側近達が後退と称して敗走し始め、それを知り武器を捨てて逃げだしてしまう兵も出る始末。
ポルス軍は全軍が揃う前に、本隊がみじめな潰走を始めてしまったのだった。
さらにダニエル軍は北上し、ポルス軍本陣を包囲した。総司令官である将軍は包囲網脱出を図ったが、ポルス軍の脱出経路には罠が仕掛けられていた。やがて強い抵抗もなく脱出に成功したが、途中で峡谷に入ると、真正面と側面からの猛烈な銃撃と、背面から騎兵隊の追撃を受けて総崩れとなった。
ポルス軍の本隊が殆ど戦死し、負傷した将軍は捕虜となってカヤンの城に送られた。
思わぬ敗戦を知ったポルス家の当主は激怒した。直ちに3万人の軍勢を呼び集めて出陣を計画する。さらに四千から八千規模の大・小貴族部隊を招集して、五千人を超える町人・農民を無理やり徴収し加えた。全軍の兵力は五万から六万を超える大軍勢となった。
これに対してカヤンの城では、兵を一万五千人まで増員させ防備を固めた。
さらに食糧の確保を指示しているダニエルさんに聞いてみた。
「ダニエルさん、難しい展開になりましたね」
「斥候の話を聞くと、その兵力差ではさすがに籠城を選択するしかありません」
おれはユミさんとも相談をしていた、
「ユミさん、何か良いアイディアは無いでしょうか?」
「援軍を呼べればいいのですが」
「聞いてみましょうか?」
だが、それは既に聞いているが、援軍のあてはないとの返事だったそうだ。
「結翔さん、ラウラさんを探しましょう」
「えっ」
ユミさんの説明では、ラウラ・アレクシアはタタール人傭兵集団とのつながりがあるようなのだ。規模はあてに出来ないかもしれないが、勇猛ぶりは世に知れ渡っている。その傭兵集団が援軍に来てくれれば、流れを変えられるかもしれないと言うのだった。
「だけどどうやってラウラさんを探すのですか?」
「結翔さん、私に考えが有ります。一度帰りましょう」
ダニエル氏には暫く周囲の状況を見て来ると言って、城を出た。
「結翔さん、私の側を離れないで下さい」
「わあっ」
気が付くと研究所に戻っていた。過去を変えてしまった事で、元の時代には戻れないと覚悟をきめていた。だがユミさん達スタッフはその歴史の変化を追跡し、元に戻る方法を確立していたのだった。
結菜さんが泣きそうな目でおれを見た。
ゆっくり説明してあげたいが、今はそれどころではない。
「ユミさん」
「結翔さん、ラウラさんの居所なんですが、船の軌跡を追ってみます」
「…………」
「ラウラさんの持ち船は、モルダビアでも一二を争う大きな船だったと聞いております。ですから、黒海の船の軌跡を全て追えば何か分かるかもしれません」
なるほど、そう言う事か。
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