第8話 おれは名前で呼び止められた

 出会った馬に乗り森を駆け出したのだが、結局その夜は野宿となった。翌朝、手綱を枝に軽く掛けてはあったが、馬はおれの側を離れずにいた。


「おっ、いい子だ」


 昨日の戦闘で倒された二人は、近くで見つかった馬に載せ三人が運んで行った。しかしこの馬だけは見つからずに残されたのだった。

 騎乗する事は戦国時代で慣れているおれは、すぐ乗って走り出したが、尻が痛くなってくる。

 まあしばらくぶりの乗馬だからな、仕方がない。

 だが、走っているうちに調子が出て来た。


「よし、行け!」


 ガンガン走らせていたその時、


「あっ――」


 何が起こったのか。おれの身体は宙を飛んで、気が付くと地面に叩きつけられていた。


「いてっ!」


 頭から一回転して腰をもろに打ったようだ。暫く立ち上がる事が出来ない。

 身体をねじって馬を見る。

 一度ちらっとおれを見た馬は何事もなく、道端の草を食んでいるではないか。


「このやろう」


 腹が空き草を食もうと急停車をしたんだと分かった。


「くそ、いててっ」


 腰をかばいながら起き上がる。それにしても危なかった。もし鐙から足が外れていなかったら、さかさまになって腰どころか頭を強打していたかもしれなかったのだ。

 足を引きずりながら馬の傍まで行く。


「よくもやってくれたな。人様を放り出して、のんきにお食事タイムとはなんだよ。だいたい……」


 もちろん馬の耳に念仏か、話が通じる訳もなく、


「もうしょうがない、好きなだけ食べろ」


 おれは無心に草を食んでいる馬をみながら、痛む腰をさすってていた。そういえばおれも腹がへってきたな。

 やっと満足したらしい馬に乗り、暫く行くと今度はとんでもない悪路に差し掛かった。


「うわーー」


 何ちゅう道だ。赤土混じりで、雨でえぐれたんだろう深さ五十センチほどの溝が道の大半を占めている。馬はその縁の所だけを選んで、綱渡りではない溝の高い所渡りだ。

 また落馬したらえらいことになる。

 このとんでもないでこぼこの道では、馬だって滑り落ちて捻挫や骨折の危険性と隣り合わせだ。馬の上から見下ろす溝の底はまるで谷底じゃあないか。


「慎重にいけよ」


 馬に声を掛けるが、前を見ても後ろを見ても、今更引き返せない所まで来ている。こうなったらもうこいつに全てを預けるしかない。だが、どう見てもこの道は危険すぎる。

 何とかならないかと周囲を見回していると、道の脇は藪が続いているのだが、一ヶ所入り込めそうな所を見つけた。


「よし、あそこに行け」


 馬を誘導して何とか藪の隙間に入って行った。

 すると今度は細かい枝をかき分けながら進んで行かなければならない。

 ジャングルでは無いんだから……


「ああっ、待て、止ま――」


 おれは横に伸びた太い枝にぶち当たり、首を下げてずんずん進む馬からまた転げ落ちた。


「なにやってんだよ。お前だけが通れれば良いってもんじゃないだろう!」


 乗っている人間の高さを考えろよ、全く。

 振り返りおれを見る馬に向かって罵声を浴びせる。


「今度おれを落としたらただじゃ置かないからな」


 だがもう乗ったまま進むのはさすがに無理と分かり、おれも徒歩で歩き始める。


「お前本当に道が分かっているのか?」


 適当に走って来ただけではないのかと、馬にぶつぶつ言いながら、ブッシュの中をさんざんさ迷い、やっと道らしいところに出た。

 今度は多少ましな路面でほっとする。


 しばらく走っていると人家が見えて来る。全くでたらめに走っていたわけでもなさそうだ。

 橋を渡り、街並みに入る。

 木造に漆喰を混ぜたような感じや、所々に石造りの建物も見え、通りを歩く人が多くなってくる。服装はやっぱり中世の庶民といった感じなどと言っても、それもおれ自身の想像でしかないものだから、本当にここが中世の東ヨーロッパなのかどうかは分からない。


「腹がへったなあ」


 きわめて健康なおれの腹は、ぐうぐうと鳴り始めた。

 通りの所々では露店が出ていて、いい匂いもして来る。確かに食い物は有りそうだが、金が無い。

 どうするか、そこで良い事を思いついた。

 そうだ、この馬を売ればいいじゃないか。

 それで金が手に入る。騎馬武者が居る世界なら、鍛冶屋とか馬を取引している者は居るだろう。

 

「有った」


 鍛冶屋らしい所を見つけ、近づくと、


「あの、この馬を売りたいんだけど」

「…………」


 当然言葉が通じない。


「馬、これ、売る、分かる?」


 おれは鍛冶屋の親方らしい者に、乗って来た馬を指さしながら話し掛けた。

 暫くしてやっとおれの意思を理解したらしい親方が、馬の値踏みをし出した。


「そうだな、この馬なら四百コートってとこだな」

「四百コート」


 親方が指を四本出したから何となくわかった。ただそれが安いのか高いのかまでは分からない。

 仕方がない、ここは親方の言うなりに売る事にしよう。何しろ馬を売るんだ、当分の生活費にはなるだろう。

 と、思い、馬を売る決意を固めた時、

 馬が首を曲げ、おれをじっと見ているのに気が付いた。


「そんな目で見るなよ」

「…………」

「おれは腹がへっているんだ。お前を売らなきゃ金が手に入らないだろ」


 しかし、この馬とは短い付き合いだったが、何か悪い事をしているような気がして来た。

 おれは親方にちょっと待ってくれと言って、馬を引いて少し鍛冶屋の前を離れた。

 馬の耳元でそっと話しかける。


「しかたないだろ、きっとまた良い主人が現れるよ」

「…………」

「なんだよ、おれを二度も落としたくせに」

「…………」

「分かったよ。もう、やめろよな、いつまでもそんな目でおれを見るのは」


 結局おれは馬を売る事が出来なかった。馬の情に押し切られた格好だ。


「しょうがないなあ。どうしようか」


 腹は減ってくるし、今晩も野宿か。

 おれは馬を引きながら歩き、話し掛けた。


「どうやらお前とは不思議な縁が有りそうだ」

「…………」


 馬がまた首を曲げおれを見ている。


「そうだな、お前に名前を付けてやろう」


 タイムマシンがきっかけで出会ったんだから、タイムってのはどうだろう。


「よし、これからお前の名前はタイムにする」


 そして、ふとあの武将が言っていた言葉を思い出した。


――カヤンで城まで儂を訪ねて来るがいい。いつでも歓迎するぞ――


「そうだ」


 おれは近くを歩いていた人に聞いてみた。


「あの、ここは何処ですか?」

「えっと、カヤン?」

「ここ、カヤン?」


 何人か聞いて、やっと一人がそうだそうだとうなずく。

 やっぱりここがあの武将が言っていたカヤンなんだ。


「じゃあ、あの、お城は何処ですか?」


 そのうなずいた人に聞いてみた。


「あの、お城は?」


 おれは腕で大きな家の様子を描いて見せた。

 何度か聞いているうちに、片手を上げ、指さして、どうのこうのと言い出した。

 多分城の方角を言っているんじゃないかと、勝手に決めて歩き出す。


 ところが、その時、おれは突然後ろから名前で呼び止められた。


「結翔さん」

「えっ!」 

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