第7話 新たな歴史
「その方、何者だ!」
馬上の一人が声を響かせた。
始めて聞く言語だが、声の調子で何を言われているのか見当は付く。この状況下で政治情勢や物価を聞かれているわけでも天気の話でも無いのだ。
「あ、おれは、結翔、いや、えっと、タイムマシンで、その――」
「殿、追っ手です!」
おれに声を掛けて来た武者とは別な男の声で振り向くと、全速で駆けて来る荒々しい騎馬集団が目に入った。おれの前には五騎、新たに現れた集団は十騎前後だ。
すぐおれの周囲で両集団同士の戦闘が始まった。
「わわわ」
五対十だ。だが木の陰に隠れるおれは、いつの間にか最初に現れた五騎の方を応援していた。判官贔屓。だいたいこういう時は追手の方が悪者と相場は決まっている。
敵の一人だけは弓で射られ落馬した。後は全員馬を降りる。激しい斬り合いが続いていたが、一人、あの殿と呼び掛けた部将がめちゃくちゃ強い。
次々と敵を切り倒していく。
「うおー、強っ!」
だがそれでも数の劣勢は明らかになってくる。斬り合っている範囲が広がってしまい、一人の剣豪だけで全ての戦闘に対処するのは無理ではないか。このままでは離れた場所の者が迫る複数の敵から順に倒され負けてしまう。何とかしてやりたいが、今のおれには何も出来ない。
その時、すぐ近くで敵に囲まれ明らかに防戦一方となっている武将がいた。おれに「その方」と声を掛けてきた人だ。左右から打ち掛かって来る剣をなんとか防いでいる。
「このヤロー!」
頭に血が上ったおれは、倒れていた奴の剣を拾い両手で握りしめる。兜などかぶっていない敵の頭を、後ろからぶんなぐってやった。さらによろめくそいつを滅多打ち。
劣勢だった五人組は三人にまで減っていたが、それでもなんとか凌いだようだ。剣豪が駆けつけると、残った敵は遂に逃げて行った。
三人はおれの前まで来ると、助けてあげた武将が剣を腰におさめながら声を掛けてきた。
「その方、礼を言うぞ。名は何と言う」
多分名前を聞かれているのだろう。
「あの、結翔、結翔と申します」
「ユートか。妙な服を着ておるが異国の者かな?」
三人ともおれの足元まで興味深げに見ている。
この日おれの服装はユニクロで買った黒のスキニーパンツと、シャツは白地に細いブルーのストライプが入っているボタンダウン。スニーカーはナイキの派手なやつだ。
「あ、あの、異国と言うか、そのタイムマシンで……」
やはりおれの服が目立ったのか。だからさっきはわざわざ戻って来たのだな。
「ユート」
「あ、はい」
「カヤンに寄る事があれば、城まで儂を訪ねて来るがいい。いつでも歓迎するぞ」
再び馬に跨った三人が立ち去って行く。
「あ、ところで、えっと、今は何年――」って。
行ってしまった。
仕方がない、一度元の位置に戻ろう。何か進展があるかもしれない。
だが、
「ん、これはまずい」
散々動き回って、元来た方角が分からなくなってしまったではないか。
夕闇が迫り、目安になるはずの太陽も沈んでしまっている。
もうこうなったら此処で野宿だな。幸いさほど寒くはなかった。比較的柔らかそうな地面を探し、腰を下ろして木立に背中を預けた。
「ふう、やっぱり、これは厄介な事になってしまった」
今日の出来事が走馬灯のように頭をよぎる。そして、さまさまな疑問が湧いてくる。最大の疑念はなぜ未だに救出されないのかだ。
一番考えたくない理由は、おれがこの地の歴史を既に変えてしまったんじゃないか。そのせいで未来が変わり、あのYASUBE研究所がおれを救出するという状況ではなくなっているのかもしれないという事だ。
さらに言えば今のこの世界に繋がる未来には、おれを送り出した研究所は既に無く、全く別の社会や世界になってしまったかもしれない。それがタイムマシンで過去に遡る事の最大のリスクなのだ。タイムマシン製作者はその危険性をあまり考えて無いのではないか。
過去を変えると、同じ出発点には戻ってこれなくなる。現におれが戦国時代でやらかした結果が、このタイムマシンの存在する世界にまで繋がってしまったのだ。
そして今回その歴史をさらに、変えてしまったかもしれない。
今居るこの世界が何年なのかもまだ分からない。だから安兵衛に会えるかどうかも全く分からない。ひょっとすると結菜さんやユミさん達の居ない世界に、おれはもう踏み込んでしまっているのか。おれの知らない別な歴史が始まってしまったのか。
ただトキにされた転生は特別で、タイムマシンでの時空移転とは違うかもしれない。いずれにせよ機械によるものの方が、なんと無くだが影響が大きい気がする。
一年やそこらなら大した事は無いだろうが、四百年では社会の変化が加速してしまう。
ユミさん達はまだ経験した事が無いから、時空移転の危険性に気付いていない。トラベラーを送り出した瞬間から、待機する者達の存在自体が危うい。そしてトラベラー自身は違う歴史の中にたった一人取り残されてしまい、救出されるどころの話しではなくなってしまうかもしれないのだ。
どうしたら良いんだろう。
ん!
「あっ」
馬だ。鞍も付けたままの馬が、一頭だけ残っている。
直ぐに近寄っていく。
「大丈夫だよ。怖く無いからね」
首に垂れている手綱を握ろうとした――
「ああっ」
逃げてしまう。
大丈夫だ、本気では逃げて行かない。おれはもう一度近寄っていく。
「大丈夫だよ、何にもしないから、ああ、また逃げた」
今度は草を集めると束にして、3度目の挑戦だ。
「よしよし、いい子だ、ほら、美味いぞ」
馬がじっとおれの手元を見ている。
「そうだ、美味そうだろう、ほら」
おれはゆっくり近づき、馬の口先に草を持って行った。
「どうだ、美味いだろう」
草を食べた馬は、ついにおれが乗る事を許した。
ところが、馬には跨ったものの、どの方向に向かって行けば良いのか分からない。
試しに、
「行け」
と、声を出し足で軽く蹴ってみた。馬は自由に走り出す。
やはりそうだった。先に行ったあの三人の後を追い駆けて行くではないか。
この先に何が待ち受けているか分からない。だが馬上にいるおれの気持ちはもう吹っ切れていた。過去の世界での活躍は、戦国時代で既に経験済みだ。
やはり歴史は既に変わってしまったんだろう。ここは未知の世界だ。こうなってしまった以上はもう前に進むしかない。
「ようし、やってやろうじゃないか!」
おれを乗せた馬の走り進む森は静寂に包まれている。やがて天と地は深い闇の世界に変わっていった。
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