勇者参戦
「クロム……?」
出た声は自分でも驚くほど弱くか細い声だった。。
それ故に目の前のクロムには聞こえなかったのでは? と逡巡するも我は言葉を重ねかけた口を噤む。クロムが対峙するのは我と同じ魔王。不用意に隙を作るような真似はならぬ。
「へー、お初にお目にかかるな勇者様! ガキながらも強いとは聞いてたが……まさかアレをかき消しちまうとは流石に驚いたぜ」
「お前は?」
パチパチと心にもない称賛と乾いた拍手をするライゼンにクロムが感情を抑えた声色で問う。
「俺は雷人族の魔王ライゼン」
「雷人族……」
「聞き覚えのあるって顔してるな」
当然だ。
表情こそ見えなかったが、クロムの纏う雰囲気が険しく鋭利になったのが肌で伝わった。
ライゼン本人とは初対面ではあるだろうが、クロムは過去に雷人族の戦士と戦い殺されかけておる。当時のクロムにとっては我以外の相手に初めて覚えた自身の無力感と死の恐怖。そして強さへの決意。
忘れるわけがなかろう。
「お前は何しにここに来たんだ?」
「そんなの見りゃ分かることじゃん」
クロムの問いにライゼンはさも当然のように笑い、我に視線を落とす。
「悪の魔王リヴィエラを殺しに来たんだ。つまり俺はお前の味方だぜ? 勇者様。むしろここまで追い込んだことに御礼を言ってほしいくらいだぜ」
「お前だって魔王ならリヴィと敵対する必要なんてないだろ」
「魔王にも色々あるんだ。魔王同士だからってお手て繋いで仲良くなんてはいかねぇ。それはお前らヒトも同じじゃねぇか。貧しい奴を見下し、肌の色が奴を排斥して殺意を覚えりゃ殺す」
「……」
「前々から俺はリヴィエラが気に入らなくてな。何かぶっ殺すのに丁度いい理由を探してたらよ、まさか勇者と手を組んでるなんて噂が出てきて、あの時は思わず吹き出しちまったぜ」
「ライゼンめ……」
自慢げに語るライゼンを見上げる事しかできず忸怩たる思いが胸中で広がる。
それは一重に我が迂闊であったが故に招いたこと。嘲笑の対象になって然るべきである。
「で、どーせリヴィエラ本人に問いただしても無駄だろうからって、勇者の方をおびき出そうとしたらまさかリヴィエラ本人が出てきてな。まさに爆釣! お前には感謝してるぜ勇者様」
「そんなことで沢山の人を……」
「おっ、さすが勇者。けどたかが数百人程度の命であの魔王リヴィエラをここまで追い詰められたんだ。お前も楽できて良かったじゃねぇか」
「黙れ」
感情を押し殺した一言がライゼンへと放たれた。
さらにそれだけに留まらず言葉が紡がれる。
「お前はオレが倒す」
キッとクロムはライゼンを睨みつけた。
こ奴戦う気か……。
「よせクロム! お前の敵う相手ではない!」
ボロボロの喉で潰れた声を張り上げ、引き留める。
しかしクロムは止まらない。
緩やかな動きで上げた右手で背中の剣帯から聖剣を抜き、悠然と前へ進んでいく。
嗚呼、ああ……死ぬ。クロムでは歯が立たない。このままでは殺されてしまう。
脳裏に数秒後に起きるであろう最悪の光景がありありと浮かぶ。
「簡単に壊れてくれるなよ勇者様」
ライゼンも地が地を蹴った。その速さは音を置き去りし真っすぐクロムを殺しにかかった。
ライゼンの腕が雷の如き速度で閃きクロムの首へと迫る。
――ガキン!
「いつかリヴィ、言ったよね。『弟子を守るのが師の役目だ』って」
耳を劈く音が響いた。続けて聞こえたのはクロムの落ち着き払った声。
音を聞いてから数瞬遅れてそれがライゼンの攻撃をクロムが聖剣で防いだんだと認識する。
「あの時からずっと考えてたんだ。
「なっ、こいつ!?」
ライゼンの手刀と競り合っていた聖が流れるような剣術で攻撃をいなす。
それだけに非ず。危険を察知し飛び退るライゼンに回し蹴りが見舞われた。
これまでのクロムの動きと明らかに違った。
何が起きているかわからず、しかしクロムから目を離すことができない。
「クロム……」
「考えて、考えて考えて……ようやくそれがわかった」
そこで我はあることに気づいた。いや、我が気づけるほど変化が大きくなった。
ーー聖剣が輝いている。
魔力を身体の一部や武器に集約させている光に似て非なるその力を我が見紛うはずがない。
覚醒した勇者が纏う輝き。純白の光は聖剣全てを包むと今度は柄を持つクロム自身の手を伝い、次第に全身を覆った。
「『弟子を守るのが師の役目』。なら、師匠を超えるのが
高らかに言い放たれたその言葉の威勢の良さたるや、本来敵対する我ですら絶対の信頼をおかずいられなかった。
「クソが……一回俺の攻撃を凌いだくらいで付け上がってんじゃねぇぞ!」
クロムに対抗するようにライゼンも殺意が込められた怒号を浴びせる。憤怒に呼応し赤い雷が周囲に撒き散らされる。
殺し合いに合図もルールもない。
クロムとライゼンは既に接敵し激しい戦闘を繰り広げていた。
聖剣が雷を纏う魔王の肩口を切り裂いた次の瞬間にはライゼンの強烈な掌底がクロムの胸部を殴打している。
僅かにでも気を抜けば忽ち勝敗が決してしまうような一進一退の攻防。一見両者は我の眼をもってしても互角に見えた。
だが――。
「クソが! クソクソクソクソクソが!」
戦闘はほんの少し微々たるものだがクロムの勝利へと傾きつつあった。
我がこれまで対峙した勇者と同じであるならば、勇者の覚醒は単なる身体能力の向上というわけではなく、聖剣やその身を包む防具……宝具の能力も格段に上がっているはずだ。
剣は万物を斬り裂き鎧は邪なる力を寄せ付けない。
ダメージ皆無ではなかろうが、勇者であろうと只ヒトのクロムが受けた雷はとうに我が受けた量を超えている。
その事にライゼンも気付いているだろうに。だが打つ手がないと先ほどから絶え間なく怒声を零してる。
「もういいテメェは消す」
「っ!」
ついに怒りが沸点を超えたらい雷人族の魔王は大きく後方に退き、両手を天高く掲げた。
アレが来る。
我ですら防げなかった絶対的力の本流。雷の大玉。必滅の一撃。
だが先刻とは異なり我の胸には焦燥感も絶望も湧かず、むしろ安心感まで覚えたほどだ。
この不思議な感情を掻き立てる元凶へと視線を送る。
初めて見た時は弱くて脆かったあの童の姿はそこになく、どんな強大な力にも屈せず希望を見出してくれる背中があった。
「――行け」
届かないだろう声量。されど確実に届いていると確信を持って言の葉を贈る。
クロムが纏う純白の輝きは今一度聖剣へと集約し、一層強く煌めく。
「死ね勇者ー!」
「ぜあああああああああ!!」
放たれた雷の大玉に駆け出したクロムが聖剣を振るう。
――――一閃。
真っ二つに割れた大玉はそれぞれ大爆発を巻き起こし、視界を白に染め上げた。
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