クロムの行方
我の予想以上に、目的の場所にたどり着くまで時間を要してしまった。
鼠色の石レンガと青く染められた屋根が特徴的な教会を前に、我は一度足を止めた。
村に着いた頃はまだ上ったばかりの陽も既に真上に上がり、照り付けている。大通りの賑わいも激しく、昼時というのもあって店の呼び込みがこっちに来いと声を張っている。
予定では昼前にはクロムを見つけ出し、そのまま城に持ち帰って鍛錬を行う予定だったのっだが、そう上手くはいかなんだ。
というのも……この村。馬鹿みたいに広いではないか。
さらに教会の位置は村に1つしかない出入り門の真反対。ここまで歩いてくるだけでもそれなりに時間を使わされた。
まぁ、道中見かけた者にクロムについて話を聞いたのと、気がかりなことがあった故、真っすぐ教会に向えなんだというのもあるがの。
「ともあれ、これでくたびれ損だったならば、見ておれクロム……」
半殺し数回では済まさんぞ。
数日前から姿を消した弟子へ向けて呟き、我は教会まであと少しの距離を縮めて行く。
ふと教会の周りは不気味なほど静寂に包まれていることに気づいた。
迷わず魔力感知を働かせる。
どうやら無人というわけではなさそうだの。
教会の中に複数の魔力を見つけた。とても小さく儚い、出逢ったばかりのクロムよりも弱い灯。
「女子供……それも鍛錬を積んでいるわけでもなく、食事にありつけてすら怪しい弱さ」
より集中して位置関係を細かく詰めていくと、特に弱い魔力たちが1人の他に比べて僅かに大きい魔力に対峙しているようになっている。
おそらくクロムの言うところのシスターとやらが、この大きな魔力であろう。
周りの静けさから考えて何かの儀式の途中か。であるなら今教会の扉を開けば衆目を浴びる羽目になる。
待つしかないようだ。
嘆息を1つ、ここまで来たのだ。あと少しくらい待ってやるかと決心をつける。
と、そのすぐそばから閉ざされていた木製の扉が開かれた。
中からゾロゾロと、年端もいかぬであろう女どもが出てくる。中には我に興味を示すような視線を投げかけてくる者もおったが、他の者に肩を叩かれると目礼だけして、皆続いていく。
どうやら儀式は終わったようだ。俗に言う……。
「ナイスタイミングというやつじゃの」
何はともあれ待つ必要がなくなったわけだ。
オマケに今終わったばかりということは余計な邪魔が入らず、目当ての者から話を聞ける好機。
再度魔力感知をかけてみると、好都合にも女児どもは既に教会には1人もおらん。
我は心置きなく教会の中に入った。
教会について特別な印象を抱くことはなかった。
向かって正面は色付きの曇り硝子が一面に貼られ、側面には何を象徴しているのか理解に悩む抽象画。横に長い多人数掛け用の椅子が左右対になって並べられている。
使われている素材が多少異なってはいるが、我が城にある教会部屋と大して変わらぬ光景だ。
正面のガラス張りの壁の上部。武具が掛けられていた跡が残っている。
「あ……教会に何か御用でしょうか?」
上を向いていた視線を下ろすと女がいた。
若く見えると言えば見えるが、その表情は成熟している者のソレで、身体の線を隠す修道着が余計にこの者の歳をわかり辛くしている。
「ああ、ちょいと尋ねごとをの」
「どうぞ。どんなことでもお尋ねください。迷える者を神は――」
「いや。用があるのは神ではなくお主の方じゃ」
「わたくし……でしょうか?」
「左様」
修道女の言葉を遮って我は言った。
さっさと本題に入りたかったの半分。魔王を神が導くという言葉に吹き出しそうになったの半分というところだ。
「クロムについ――」
「クロムくん!?」
今度は修道女が我の言葉を遮る。そればかりか駆けよってくる。
どうやら当たりのようだ。
嗤って首肯すると修道女は少々お待ちを……と、落ちつきを取り戻し、我の横を通り抜けて開けられたばかりの扉を再び閉じた。
「クロムくんについて知っているんですか?」
「何故お主が問う。話を聞きにきたのは我の方じゃが」
「そ、それは申し訳ありません」
この反応からして、こ奴はクロムの身を案じているのだろう。しかしそこまで切羽詰まった表情になる理由が見えてこぬ。
「単刀直入に問おう。クロムがどこに行ったのか知らぬか?」
「…………」
「答えられぬか?」
「そう簡単に個人の詳細を第3者が、誰とも知らぬ人に話すわけにはいきませんので」
つまり少なくとも心辺りはあるということか。
多少乱暴にでも問い正したいところだが、この女……今後もクロムについて知るために使えるかもしれぬ。面倒ではあるが関係を作っておくべきか。
「クロムとは知らぬ間柄ではない。むしろ我以上にクロムと密な関係にある者は存在せぬという自負がある」
なにせ魔王だしの。クロムが勇者に選ばれたのも我を討つために精霊あたりが神託を授けたのであろう。実質、我がいなければ勇者クロムは存在しなかったはずよ。
「蜜な関係……ですか? あの子は村の外れの方で1人で暮らしているはずですが」
「単に寝食を共にするだけが密な関係と言うまい。クロムはここ数ヶ月毎日我の住処にやって来ては日が暮れるまで、それは激しい毎日を送っておる」
「はげっ!? まさか……いやそんな、クロムくんはまだそんな歳じゃ……」
「産まれてからの年月など些末なことであろう。奴は勇者だぞ」
人々の希望たる勇者が、まだ幼いなどという理由で戦いから背を向けるわけにはいかぬではないか。幼かろうと老いかろうと、性別も種族も……本人の意志さえ無視して勇者は戦いに身を投じる運命にある。
それは他でもない、こ奴ら人間の歴史が証明しておることだろう。
ある程度の虚飾、改変を経て伝えられているだろうが、奴らと直接対峙してきた我は覚えている。
薬漬けにされ、光を灯さない瞳で四肢が捥げようと、ひたすた我に向ってきた狂乱の勇者を。
傷ついた仲間を癒し、後方で永遠と魔力回復ポーションを服用し続け窒息死した、治癒魔法に長けた勇者を。
勇者に相応しくないと王国に見限られ、両足を斬り飛ばされた状態で我の前に転がされた年老いた勇者を。
だと言うのに今さら、まだ年端もいかないという理由で幼き勇者が戦場に赴くことはおかしいと唱えるか。片腹痛い。
何とも都合の良い善心だの。
そう頬をつり上げ嘲りを込めた笑みを作る。
「たたたしかに英雄色を好むっていうけど……けどけど! そんな小さな時から色ばかっり覚えるなんて……んんんんんん爛れています!!」
「…………は?」
何故か顔を真っ赤にして吠える修道女。
なんか期待していた反応と違う。
我が一瞬呆けている間にも修道女の口からは「ふしだら」だとか「貞操観念が……」などという言葉が飛び交っている。
こ奴まさか……。
「何を勘違いしておるかわからぬが、我はクロムの師であるぞ。戦いのな」
「…………へ?」
「やはりわかっておらなんだか。自分で言っておきながら、一番ふしだらなのはお主ではないか。神を信仰する修道女がきいて呆れる」
「わわ、わかっておりましたとも!」
その割は頬を真っ赤に染めて捲し立てておったがの。
まぁ今はこ奴の事など二の次で良い。さっさとクロムの場所を突き止めねば。
「申し遅れました。私はこの教会でシスター代理を務めております。ルベルと申します」
頭のコルネットとバンドを外して長い紅色の髪を靡かせたルベルが、深く会釈する。
「クロムの師の……リヴィじゃ。シスター代理?」
「ええ。現在、シスターのコロルは遠方の王国からの招集がかかり、留守にしております。そのためシスター不在の間、私が代理としてシスター見習いや孤児たちを導いております」
「ふむ、なるほどの」
おそらくクロムの言っていたシスターというのは不在の奴のことであろう。
魔力からして目の前のルベルはとても高位の魔法が使えるとは思えん。
「クロムくんはあなたの所に訪れていたのですね」
「なんじゃ、聞いておらんかったのか」
たしかに勇者ともあろう者が、魔王に鍛えてもらってくるなどとは言えまいが。
「その……クロムくんはいつも朝早く教会で礼拝していってくれるのですが、礼拝が終わると直ぐにどこかに行ってしまい……。ただ以前1度だけ『倒さなくちゃいけない奴』がいると言っていたので、心配していたのです」
「孤児院から出ていくクロムを引き留めもせず、心配していたというのは勝手に身勝手にもほどがあるのではないかの」
「そこまでご存じだったんですね……」
孤児だったクロムは勇者に選ばれて間もなくして、自分から身寄りだった孤児院を出たと言っていた。
勇者である前に孤児であった自分に対する悪態や嫌がらせが、教会に及ぶ前に。
「否定はしません……できません。年長者である私にはあの時他の孤児たちを守ろうとするクロムくんを尊重……いいえ、切り捨てることしかできなかったのですから」
当時のことを想起しているであろうルベルの瞳からは深い悔恨の色が見て取れる。
「こんな私が言うのは酷く、愚かなほど傲慢であること、重々承知の上でお願いさせて頂きます。どうか……クロムくんを助けてください」
ようやく本題だの。
「助けるとは?」
「もう5日も前の事です。礼拝を済ませたクロムくんは、いつになく険しい表情をしていて。あとから聞いた噂なのですが、最近近くの村や集落が何者かに襲われていると。その時私ははハッとしました。今思えばあの日のクロムくんはいつもより重厚な装備をしていて……」
「悪さを働いている者らを退治しに向かったと」
「はい……だけど、まだあの子は幼くてとても戦えるような人ではありません! だから――」
「さっきも言ったはずじゃ。勇者は常に戦いに身を投じるものだと」
「っ……」
望まぬ心で戦いに駆り出される勇者がいれば、望んで戦いに身を投じる者もおりクロムは間違いなく後者であろう。
「――なにせいきなり
頭に疑問符を浮かべるルベルを放って、我は踵を翻す。
もうこの村に用はない。
「あ、あの……クロムくんのことは」
「まぁ様子見くらいは行ってやるかのぉ」
背後でルベルが片膝をついて
まったく……魔王に傅くとは聖職者が聞いて呆れる。
教会を出て幾ば落ちつきの様子を取り戻した大通りを歩きながら、思考を切り替える。
この近辺の村や集落を襲っている者らの正体とはなんだ。
人間の賊程度なら取るに足らぬ問題である。仮にも我の鍛錬を受けているクロムが、そこいらの人間どもに負けることはない。頭数でゴリ押されて負けることはあるが、そもそも人間に勇者は殺せない。
どれほど弱かろうと勇者を殺すのは人間の世では御法度。もしも勇者を殺してしまえば大罪人の烙印を押され、人類総出で命を狙われることとなる。ハイエナの如き賊など軽く抹殺されるに決まっておる。
だが……人間という可能性が低いんじゃよな。
襲われたのは村ではなく、村や集落――複数あるのだ。
この辺りに点在する人間の村や集落間はそれなりに距離がある。
馬や魔物を足として使役しているのであれば、話は変わってくるがの。
この世界の辺境では人間以外の種族の方が多い。もしそ奴らが人間の地を襲撃しているとすれば……。
「殺されてもおかしくない」
それなりに強くなったと言えど、それはあくまで人間の中ではのこと。
身体の作りから異なる他種族相手では、まだ敵わんだろう。
ただでさえ肉体の全盛期を迎えていない小柄のクロムだ。獣人系の種族の戦士が相手では勝負にならぬ。
まずは敵がどこを潰し、どこを狙っているのか知る必要がある。
この村から飛び立ち、手当たり次第に魔力感知をしても良いが、利口な手段とは言い難い。
何とはなしに首を回して視線を動かす。
フッと笑い、我は大通りから路地に入った。
「っ!」
背後で一際大きな反応を見せる気配。
その気配は我を追って、路地裏に飛び込んできた。
……が、既にそこに我の姿はない。きょろきょろと確認するように見渡す追跡者。
「我に用かの」
「な――っ」
「上じゃ」
「グハ!?」
畳んでいた翼を広げ、宙に浮いていた我を黙認した瞬間、片手で首根っこを掴み壁に叩きつける。
被っていたフードが外れ、追跡者の顔が見える。
「ほぉ、雷人族の者が人間の村で何をしておるのだ?」
頭から突き出た縞模様の独角に山吹色の肌。かつて鬼人族との共存を唱え、迫害された人間どもが雷の魔力を帯びて生まれたとされている亜人。
「は、放してくれ……俺は……ただ道に迷っ……カッ!?」
「嘘をつくでない。貴様、我が教会に入る前からつけておっただろう」
腕に入れる力を強めさらに締め上げる。男の足が地面から離れて宙に浮く。
教会へ着くのが遅れたのは、道中クロムについて聞き回っている時、こ奴の存在に気付いたからだ。
「大人しく吐けば命だけは見逃してやらんこともない」
「だ、誰がお前なんかに――ぐぎゃあ!」
「ならば仕方ない。無理矢理聞き出すことにしよう」
我はもう片方の空いている手に男の顔面を収め、ゆっくりと力を加えていく。
顔面の骨と頭蓋骨の隙間に指が喰いこみ、ずぶずぶと爪が入る。
「や、やだ! やめっ……言うから! 言うからやめろ、やめてくれ。くるなくるな! 入ってくるなああああぁぁぁぁぁぁ!!」
「判断が遅いのぉ」
時既に遅し。
爪から流された我の魔力に男の脳は既に壊れた。
必死に抵抗していた身体は壊れた人形のように力を失い。ぶらりと我の手に吊るされる。
その間、男の脳に侵入した我の魔力を使い必要な情報を探っていく。
「なるほど……2種族による勇者を抹殺するための罠か」
価値を失った肉塊を捨て大通りに出る。
ルベルの話ではクロムが村を出てからもう5日。
ここから直近の村に向かったとすると歩いて早くとも今日着く頃か。
「……手遅れかもしれんの」
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