第221話 最後の政争

―宰相府―


 私は宰相府で執務を取る。今回の政治的な混乱で実務はかなり滞っている。早く通常の仕事に戻らなくてはいけない。


 だが、その前にやらねばならないことがあった。

 王子たちの処遇だ。


 アレンの活躍によって、クルム・コルテス・リムルなど敵の最高幹部はすべて捕虜にできた。


 だけど、最大の問題がここに発生したわ。

 クルム王子の妻であるルイーダと新聞を操り情報工作を担当していた魔女の2人が、クルムとは別行動をとっておりその両名がヴォルフスブルク大使館に亡命したのだ。


 王子の本命はどうやらこちらの大使館だったらしい。


 ヴォルフスブルクは大陸最強国家。魔女はおそらく、ヴォルフスブルク側のスパイ。


 ヴォルフスブルクは巨大な国力で最強国家であり続けているが、周辺国は連合してそれを抑え込んでいる状況にあるわ。


 その最強国家の大使は正式なルートを使って、こう脅してきたのだ。


「クルム一派を即座に解放し、我が国への亡命を認めるように」と。


 そして、自由党最高幹部会議が開かれた。


「ゆゆしき問題だ。国家反逆罪の疑いがある大罪人を釈放しろなど無茶苦茶な要求が行われるとはな」

 フリオ様がそう苦しそうにつぶやく。


「すでに、ヴォルフスブルク軍が国境に展開している。下手に拒否すれば、我が国は大国との戦争に突入するぞ」

 国王陛下代理も悩ましそうに声を上げている。


「しかし、これを受け入れれば、将来の禍根を残すとともに国内もまとまらなくなる。ヴォルフスブルクの属国になる運命しか待っていませんよ」

 私は、当たり前の事実をそのまま口にした。


「であれば、やはりルーナ案しかないでしょう。ヴォルフスブルク大使の最後通牒の期日は明日の正午まで。ここはルーナ宰相にすべてを任せるしかないでしょう」

 アレンはそうまとめた。


 私にとっては重い責任を持つことになるけど、仕方がないわね。


「わかりました。では、明日、私がクルムを連れて直接、ヴォルフスブルク大使館に乗り込んで交渉します」


 よろしくたのむぞと一同はうなずく。


 すべてを賭けた交渉が幕を開けた。


 ※


―馬車内―

 

 翌日、私たちは王都郊外にある大使館に向かう。

 交渉は、私とアレンが代表となって行うこととなった。

 向こうの要求によって、クルムを同席させることになっていた。


「はは、どうだ。お前たちは勝利を確信していたようだが、こちらの方が上手だったろう! お前らは破滅だ。大陸最強国家を敵に回すのだろうからな。これで私はヴォルフスブルクの力を借りて王座に復帰する」


「たとえ、母国が属国になっても構わないと?」


「お前たちのようなものが、神聖なる我が国を汚すことに比べたらましだ!」


「あなたは王の器ではありません。この国は民のものです。あなたには渡しません」


 馬車の中の元婚約者との対話は決裂した。


 ※


―ヴォルフスブルク大使館―


「ルーナ様、ご足労いただき感謝いたします」

 ヴォルフスブルク大使であるザルツ公爵は私を出迎える。

 彼は、弱小であったヴォルフスブルクを再興した忠臣の子孫。

 ヴォルフスブルク内でも発言力が強い大物大使だ。


 そして、私は会議室に案内される。

 そこには、ルイーダと魔女が待っていた。


「ああ、陛下っ! よくぞご無事で。ああ、ひどいケガを。ルーナたちにやられたのね! この不忠者たちめ。汚い手で私の陛下にさわらないで頂戴!」


「私たちが汚いのであれば、あなたたちの手は血で汚れている」


「平民の血なんてものは貴族のためにあるの。真の王者はそれを流させるのが仕事よ!」


 いったい、どんな教育を受けたらこんなに歪んだものになるのよ?


「まぁまぁ、ルイーダ陛下。落ち着いて。すぐに陛下はこちらに戻ってきますわよ。ねぇ、ルーナ閣下?」


 もはや勝利を確信したかのような魔女の邪悪な笑顔だった。虎の威を借りるキツネか。


「では、単刀直入にお聞きしましょう。ルーナ様。クルム陛下をこちらに引き渡してください。そして、亡命を承認すれば貴国は救われる。もし、こちらの提案を拒否した場合は、実力をもって奪還させていただきます。さあ、ご回答を……」


 私とアレンは目配せして政府としての結論を伝える。


「大使、私達イブール王国としての決定をお伝えします」


「はい」


「イブール王国は、ヴォルフスブルク帝国の提案を拒絶します。王子は我々の手で裁きます。そして、そこにいる大罪人両名の亡命は認めることができません。即時、引き渡しを要求します」

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