第35話

 ややあって。


 ついに失神した由実が病院に到着したところで由実の父親が合流し、検査で特に異常が無いことを医師に確認した。


 雅の携帯には真梓と美姫から安否の確認のメッセージが届いていて、雅はそれを2人へ伝えていた。


「全く、相変わらずルールを守ろうとしないな。不必要な干渉するなと……」

「ボクの母が彼女から訊いた話によれば、緊急性のある懸念事項の確認に行った、だそうで」

「お得意の〝私がそう思ったから〟作戦か。やれやれだね」


 ベッドで横たわって苦痛の表情で気絶している娘を見て、父親は額を押えて被りを振りつつ雅へ愚痴を吐く。


「うーん……」

「由実っ」

「起きたか」


 すると、由実がうめき声と共に目を覚ましてムクリと起き上がった。


「父さん……」


 その少し気難しそうだが、優しさがにじんでいる父の顔を見て、由実は安心した様子でため息をついた。


「なあ由実、もう縁を切る事を我慢しなくても良いんじゃないか? いくら親子といっても、どうやったってわかり合えないときはあるんだぞ」


 ベッドサイドで屈んで目線を由実に合わせた父親は、ペタンと座っている彼女の肩に手を置いてそう提案する。


「……私は、母さんがまだ元の穏やかな性格に戻ってくれるならそれでいい。縁を切ってしまえば、万が一でもそうなってもしこりが残るから……」


 だからまだ待ちたい、と、言いはする由実だが、もう半ばどころか9割方諦めた表情を見せていた。


「由実がそう言うなら、父さんもいくらでも待とう」


 由実の判断を否定することはせず、気が済んだらすぐ言うんだぞ、と穏やかな表情で彼女の父親は言う。


「うん……」

「よし。じゃあ、今夜はどうする? なんなら父さんの家に泊めても構わないが」

「いや、流石にそこまで迷惑はかけたくない。診療代も安くは無いのだし」

「わかった。いや、そこは子供が気にしなくても良い事なのだけれどな」

「とりあえず、ボクの部屋でいいかい? ペンギンがあった方が心が落ち着くだろうし」

「ああ、そうさせてもらうよ雅」


 ベッドから立ち上がりつつ、疲れ切った様子でいる由実は雅からの申し出をあっさりと受け入れた。


 その後、由実と雅は由実の父親の提案を受けて、乗用車で学校まで送り届けられた。



                    *



 翌日の夕方。


 それにしても由実先輩、疲れが出て部活休みって珍しいなあ……。


 前日の精神的疲労から、由実は部活どころか授業まで欠席していて、今日のたき火同好会の活動は流れる事になった。


 急遽きゅうきょ暇になった美名美は、少なくなっていた日用品を買いに、近所のドラッグストアへと出かけていた。


 これで元気出ると良いんだけど。


 その帰り際、レジ横にあったカプセルトイマシンに入っていた、デフォルメされたペンギン型のミニライトを購入した美名美は、それを手に由実のアパートへ向かっていた。


「ん?」


 アパートの前に、見慣れないセダンが路上駐車されていて、それに怪訝けげんそうな視線を少しだけ向けた美名美は、ところどころサビの浮いた鉄階段を昇る。


 誰だろう……?


 すると、由実の部屋の前にパンツスーツの中年女性が立っていて、見るからに神経質そうな顔をさらに厳めしくして部屋の様子を覗っていた。


 ひとまず関わらないように、階段を引き返したところで、


「待て! 通報しようとしただろ。不審者扱いは心外だ!」


 気がついた女性がツカツカと追いかけてきて、階段を降りきったところの美名美を指さしながら、荒々しい大きめの声を出して彼女を呼び止めた。


「あ、いえ。お留守そうなので日を改めようとしたんです」

「なんだ? 娘に何か用事だったのか?」

「大した用事じゃないので……」

「まさか、その〝オンナノコラシイ〟物を渡そうとしたのか? したんだろ!」

「ええっと。どのこと、ですか?」

「自分で考えろ!」

「あ、はあ……?」

「何が問題なのか分からないのは、勉強が足りていない証拠だ!」

「はあ」

「その程度の〝学習深度ガクシユウシンド〟で娘に関わるな! 悪影響だ!」

「……」

「お前みたいな旧時代的な〝媚思考コビシコウ〟がいるなら、考え直す必要があるな!」


 ほとんど会話になっていない調子で、赤ら顔になって一方的に捲し立てるだて立てた女性は、


「分かっているな! 娘を堕落させるお前は娘には不必要だ!」


 名前も名乗らずにその勢いのまま捨て台詞を吐いて、美名美を押しのける様にしてセダンに乗り込んで去って行った。


「な、何なのあの人……」


 暴風雨のように罵倒された美名美は、口をポカーンと半開きにして困惑の言葉を漏らす。


 娘って、多分由実先輩のことだよね。親子っていってもあんなに似ないんだな……。


 基本どこまでも穏やかで愉快な事を好む由実と、先程の母親の半ば怒号混じり会話もどきが結びつかず、美名美は首を傾げたあと気を取り直して寮への帰路につく。


「あっ、みなみんっ」

「どしたの美姫?」

「大丈夫、っすか、その、メンタルとかっ」

「え?」

「さっきほら、なんか、怖いおばさんに、詰められたっすよねっ」


 すると、学校の正門がある坂の上から、血相をかえた美姫が駆け下りてきて、目をパチパチさせる美名美の両肩をつかんで息も絶え絶えにそう訊ねてきた。


「あー、ちょっとビックリしただけだから。それよりどこで見てたの?」

「それは良かったぁ……。あ、時間暇なら着いてきて下さいっす」


 それは説明するんで、と言って、美姫は足を重そうにしながら、来た道をのそのそと戻りはじめ、美名美はその背中を押しつつそれに続く。

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