第6話

「ちゃんと味わって食べたまえ。従属栄養生物としての業を忘れるべきではないぞ、ハカセ殿」

「んー。おいしいおいしい」


 無事に雅は注文通りの物を受け取り、ありがたみも特になさそうな様子で口に運んでいく。


「さて、私の分だが……」

「もうステーキというか、ギリギリ牛脂じゃ無いって感じだね。センセイ氏」

「ううむ……」

「胃もたれとかしそうですね……」


 3人が改めて由実の分の肉を見てみると、白い霜降りの部分が大半を占めている雅の言う通りの代物のため、流石の由実でもためらいの色が顔に出ていた。


「なあに、直火じかびで行けばある程度は落ちるはずだ」

「炭あるんです?」

「手持ちは無いな」

「じゃあちょうど先週作ったヤツがあるから、何本かあげるよ」

「頼んだ」


 白衣のポケットから、手製のスキットル型懐中電灯を取り出し、ちょっとまってて、と言った雅は、体育館棟方向にある部室棟入り口へと向かって行った。


 それを見送った後、


「まだ、先月の事気にしてるんですか?」


 焚き火台の薪をいくつか金属製のバケツにどけて、炭を置くスペースを確保する由実に美名美は訊く。


「いやね? 君が良くても、私の矜持という厄介なものが許してはくれんのだ。

 かの伊達だて政宗まさむね公は、来客に対して手ずから料理を振る舞ってもてなす、という逸話があってだね。

 私はその精神性にいたく感銘を受け、それにのっとる事をとしている以上、先日の失態の埋め合わせはするべきだろう」


 美名美から背を向けているせいで、そう言った由実の表情を伺い知ることはできない。


「真面目過ぎるんだよねセンセイ氏は」

「声をかけてから来るのだ。ハカセ殿」


 由実は一切動じなかったが、ヌルッと話しかけてきた雅に、美名美はビクッと肩を震わせて振り返った。

 彼女の腕には青いプラ製コンテナが抱えられていて、半分ほどのものから明らかに導火線が伸びていた。


「ワトスン女史ごめんねー。はい、炭」

「美名美くんを我等のノリに巻き込むでない。馴れ馴れしいぞ。名前で呼びたまえ」

「別に気にしてないですよ由実先輩」

「美名美くんがそう言うなら良し。……ハカセ殿、普通の物をくれたまえ」

「え、火薬入ってる方が燃えやすいでしょ。ちゃんと無煙にしてるし良くない?」

「そういう問題ではない。そこがマッドだと言っているのだ。そんなおつむのおめでたい物は要らぬわ」


 由実の毒舌を喰らった雅は、良いと思ったんだけどなー、と、渋々といった様子で導火線が出てない物を渡した。


「……」

「……」

「えい」

「あっ」

「……。……ハーカーセーどーのーぉ?」

「天丼だよ天丼ー」

「やかましい」


 それを見て何かを察した由実がナタで炭を割ると、中から火薬がこぼれ出てきた。


「今度こそちゃんと炭だからー」

「どうも。全く、私はリアクション芸研究会ではないのだぞ」

「えっ、そんなのあるんですか?」

「うむ。彼ら曰く、日本演芸界の伝統を研究するための会、だそうな」

「なるほど……」


 焚き火台に炭をセットしてから、由実は説明をしつつうちわで火をあおって炭に着火する。


「炭って自分で作れるんですね西宮原先輩」

「うん。ちょっと一斗缶を溶接して、装置を作るだけで良いからね。美名美嬢もやってみる?」

「溶接の時点で十二分に難しいぞ。ダマされるな美名美くん。ハカセにとって、金以外の実験にかかるコストは全てにおいてゼロになるのだ」

「は、はあ……」

「そんなぁ。人を詐欺師みたいに。どっちかと言えばカモはボクじゃないかな?」

「ハカセ殿はカモというより、好奇心を満たせれば何でも良い闇の研究者であろう」

「いやいや。黎明卿れいめいきようじゃあるまいし」

「美名美くん。誰だねそれは」

「さ、さあ……」

「おやおやおや」

「そんな事より、そろそろ時間がマズいのではないかね」

「あ、そうだね。お肉ごちそうさま。サンキュー、センセイ氏」


 炭のケースを足元に置いた雅は、自分の腕時計をちらっと見ると、体育館棟の方に走っていった。


「西宮原先輩、なんの実験をするんですか」

「うむ。なんでも、今夜この上空を通過する、宇宙ステーションに自作の巨大ライトでモールス信号を送るそうだ」

「なるほど。でもそんな事やって大丈夫なんですかね」

「さあ? しかし、そう上手くは行くまいよ」


 見ておくと良い、と言って、焚き火台に網を乗せた由実は、目線でグラウンドを指しつつ肉を乗せた。


 視線の先には、モニターの光がポツンと一点光っていて、その奥には台車に乗せられた四角い箱が置かれていて、美名美には遠目でうっすらと見えていた。


 その箱は、LEDを寄せ集めたライトで、理論上はステーションに届くようになっていて、雅はそれをラップトップで操作して起動した。


「あれ、1回しか光ってないですね」

「恐らく、回線がショートしたのだろう」


 1度だけ光の柱の様に強く光った以降は、もうウンともスンとも言わなかった。


「ハカセは大体10回実験しないと完全成功しないのだ。ちなみに今回のは2回目だ」

「最初はどうだったんです?」

「キャンプファイヤーになりかけたな」


 由実の思惑通り、余計な油がかなり落ちていく肉をひっくり返し、裏もじっくり焼いていると、去って行った方向から台車を押して雅が帰ってきた。


「いやーっはっは。センセイ氏今の見てた?」

「うむ。一瞬とはいえまともに光ったではないか」


 失敗して意気消沈かと思いきや、実に楽しそうな様子で由実に話しかけた。


「今度は点滅までいきたいね」

「そうか。精進したまえ」

「よーし、原因洗い出すぞー!」

「ちゃんと寝るのだぞ」


 上手く行かない、ということを発見した喜びでウキウキな雅は高笑いしながら、ドローン製作とマヨネーズ音ディレイ同好会兼用の自分の部室へと帰っていった。


「ハカセの一番の取り柄は、あの底抜けのポジティブさなのだ。ああいう何ごとも良い方にとる姿勢が科学を進歩させるのだろう。

 まあ、媚薬の件は134回失敗しているのだから、いい加減に諦めて欲しいがね」

「あ、まだやってるんですね……」

「一体何が、あのマッドサイエンティストを駆り立てるのやら……」


 呆れたため息を吐く由実は、ウェルダンに焼けた肉をパッドに取り、脂身部分を切除してから程よい大きさに切っていく。


「うむ。まさに腐っても鯛というヤツだな。サーロインはサーロインだ。実に旨い」


 じっくりと息を吹きかけて冷ました肉を口に運び、由実は満足そうにうなずいて言った。

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