第5話
「そうそう美名美嬢。君の言うとおり、センセイ氏は他人にはやさしいよ」
「やめたまえ。相変わらずの地獄耳であるなハカセ殿」
「小規模同好会連合会の会頭だもんね」
「そのような、面妖な会の長になった覚えは無いと言っているだろう」
「素直じゃないねえ。センセイ氏も真梓ちゃんも」
「ハカセ殿にだけには言われたくないがね」
ハン、と不満げに息を吐く由実だが、その耳は少し赤く染まっていた。
「その、小規模同好会連合って何です?」
「おっ、気になるかなショート"少女"」
「私はカウボーイ風の考古学者ではないのだがね」
「ええっと……」
「インディアナ・ジョーンズの冒険
由実と雅の言っていることが分からず、美名美が困惑している様子を見て、真梓がすかさず呆れた様子でつっこみを入れ、彼女の疑問に答える。
小規模同好会連合は、築年数が古い2階立ての第一部室棟で活動している、ニッチで先鋭化した同好会達の緩やかな集団で、その大半が部屋をシェアしている。
月面観測や総合科学のほか、アニメ制作、流水研、セロリ研、賽の河原石積み、お嬢様式eスポーツ・自称『OES団』、ドローン製作、ちくわの穴など、
いずれも3人以下の部員しかいない、計24同好会が生徒会からの予算確保のために結成した、労働組合の様なものだ。
実際のところ、生徒会は非常に寛大な方針で実際に争ってはないが、弁が立つから、という理由だけで由実は勝手に会頭へと担がれている。
「ちくわの穴同好会ってなんですか……?」
「知らない……」
真梓は他にも、美名美に元ネタの映画について説明した。
「助手だから、と?」
「そういうこと」
「美名美くん。焼けたよ」
「ちょ、割り込んでこないでよ」
「焼けたのだから、言わねばならぬだろう?」
「ぬぬぬ……」
反射的に反応したものの、言ってることは間違っていないので真梓は黙った。
「あれ、よく見たら他のよりお肉、厚みないです?」
何気なく美名美の皿を見た美姫は、その上に置かれた肉が、先程食べた物より一回りほど厚い事に気付いた。
「当然であろう美姫くん。主に美名美くんのために用意したのだ、後はおこぼれに過ぎないのだよ」
「――はっ、おいしい……」
「何せサーロインだからね。マズく出来るのはハカセ殿ぐらいなものだ」
「んー。否定できないね」
「……おい。何を
肉を取ろうと由実が振り返ると、あはは、と自虐混じりに笑う雅が、クーラーボックスを開けて覗き込んでいて、そのフタを由実は素早く閉めた。
雅の物の他に、もう1枚ステーキ肉があるが、それはほぼ切れっ端の様なもので、霜降りを通り越して牛脂の様になっていた。
「私は小食なのだよ。その程度で十分だ」
「いや。あんた、燃費悪いからって結構食べるじゃない」
「はて。そうだったか」
「その嘘、私達3人に通じるわけないでしょ」
「……」
「なんですぐバレる嘘吐くのよ」
「嘘は良くないっすよユっさん」
ちょっと焦って吐いたそれは、完全に脇が甘く、真梓と美姫に即看破された。
「こんな風に悪ぶってるけど、センセイ氏は本当世話焼きだから」
「まあ、察しは付いてましたよ。ソファーとかコップとかキャンプ用品とか、いろいろ用意して貰いましたし」
「よし分かった。ハカセ殿はベリーベリーベリーウェルダンだな」
「それ丸焦げじゃないかー」
眉間にしわを寄せる由実は、スキレットに置いた肉を火力マックスで焼き、トングでグリグリ押しつける。
「冗談だ。肉が
そう言うとすぐに火を少し弱め、押しつける事と眉間にしわを寄せる事は止めた。
「何か悪いんで、由実先輩2切れ要ります?」
「うむ。頂こう」
「はい、どうぞ」
「……ふむ。流石、私の腕と目利きであるな」
美名美が隣にやって来て、肉を食べさせて貰った由実を見て、
「あーん、をここまで味気なく出来るのね……」
「熟年夫婦感あるねー」
月面観測同好会の2人は、由実からちょっと距離を空けてヒソヒソとそう話す。
「聞こえているぞ、そこの俗物共」
そんな2人を由実はジト目で見て、すかさず毒づいた。
「で、ハカセ殿はベリーウェルダンで良かったかね」
「それで頼むよセンセイ氏」
「礼には及ばん」
特に目線を交わすでもない、由実と雅のさらっとしたやりとりに、
「……あの組合わせも相性良いわね」
「相棒、って感じ満載だー」
「聞こえているぞ。貴殿らは部活に戻って
再び、月面観測同好会の2人はヒソヒソ言い合い、ジト目の由実にシッシッと追い払う動きをされた。
「はいはい」
「兎はいないすけどねー」
追い払いを喰らった真梓と美姫は、そそくさと自分の持ち場に戻っていった。
「由実先輩、1つ良いですか?」
「なんだね」
「あの2人、月面観測同好会、って言ってましたけど、天体観測じゃないんですね?」
「うむ。彼女ら
我等がたき火同好会にはない、実に崇高な活動目的であるな」
特に羨ましくもなさそうに由実はそう言い、しっかり焼き色が付いた雅用の肉をひっくり返した。
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