松葉牡丹学園総合音楽部!!

Chiroro1023

第1話 総合音楽部!

松葉牡丹学園は、松葉市にある小中高一貫の女子校である。編入試験に合格し、4月から中等部に編入することになった桂山飛彩かたやまひいろは期待に胸を踊らせていた。


入学式前日、寮制度のある牡丹学園では初等寮から中等寮への大々的な引っ越しが行われる。編入生はこのタイミングで荷物を搬入し、入寮となるわけだが、初等部から中等部へ上がる“内部組“と、編入試験により編入する“外部組“には大きな壁があった。


「今日からお世話になります、桂山飛彩です!よろしくお願いします!」


寮には二人部屋、四人部屋が存在し、中学一年の段階では二人部屋が採用される。これには、編入生がグループの輪に入れやすくなるようにという考えがある。これを四人部屋にしてしまうと、決して多くない編入生は内部生と3対1の状況になってしまい、周りに溶け込めなくなってしまう。ひどくなるといじめだ。精神的に不安定になる思春期の女子が集まる寮であるので、交友関係においては学校側も考えている、というわけだ。


わたくしの名前は白河百合。ええ、よろしくお願いしますわ。」


優しそうな人でよかった、と飛彩は安心した。


「百合さんは、内部生なんですか?」


「いいえ、私初等学校は別のところに行っておりましてよ。家柄、引っ越しが多いので、寮のあるこの学校に編入することになりましたの。貴女も外部からの方ですわよね?」


「えぇ!どうしてわかったんですか?」


「だって、内部生でしたら、私の顔を見たことない時点で外部生ってわかりましてよ。私、同じ外部生のお友達が欲しかったのですわ!改めて、よろしくお願いしますわね。」


隠していたわけではないが、自分の言葉から明かしていない事実を知られる。ということに少し寒気を覚えた飛彩だったが、その後言葉ですぐに元気を取り戻した。


「はい!百合さん、改めてよろしくです!」



荷解きが終わった頃には、夜に差し掛かっていた。全体を集めて晩礼を行うというので、飛彩達はホールへと向かった。


「諸君!中等寮へようこそ!諸君らの中には、寮生活そのものが初めての者もいるであろう。だが安心してくれたまえ、私達上級生が総力を以って、君たちをサポートする。初等寮からの者!久しいな。ここはここでまた新たなルールも増える。都度、対応していって欲しい。さて、前置きはこのくらいにして本題へ入る……」


その後は基本的なルール確認等であった。たった二年しか違わない上級生の逞しい姿に飛彩は驚き、自分もなれるだろうかと不安に思った。


「あら、アンタ見ない顔ね、編入生?」


茶髪の少女が話かけてくる。


「あ、はい、今年度から編入してきました、桂山飛彩です。よろしくお願いします!」


自分なりに精一杯の自己紹介であったが、相手は何かが気に食わなかったのか顔をしかめる。


「ふーん、よそ者にしては礼儀正しいのね、飛彩。覚えておくわ。」


その言葉を最後に、茶髪の少女は去っていった。


「飛彩さんは悪くありませんよ、あの方の性格の問題ですわ。」


百合が慰めるが、飛彩の心には不安が残ったまま、晩礼が終わる。そのまま上級生の手で食堂へ案内され、夕食となった。


「こんな食べ物初めてですわ!」


何が珍しいのか、百合はフライドポテトを嬉しそうにつまんでいる。


「そんなにおいしい?私のもあげようか?」


「よ、よろしいのですか?このような珍しいものを…」


「うん、いつも食べてたし、食べたいならあげるよ。」


飛彩は百合の言動を不思議に思いつつも、百合の幸せそうな表情を見ると、どうでも良くなった。


改めて見ると、百合の金髪は非常に綺麗である。刺激の強すぎない優しい色をしている。


「う〜ん、美味でありましたわ。ところで飛彩さんこの後御予定はありまして?私飛彩さんのお話を聞きたく存じます。」


「この後はまだ終わってない荷解きを終わらせちゃいたいな。それが終わってからでもいいなら…」


「もちろん構いませんことよ、それでは、お部屋に戻りましょうか。」


先ほどまでは気にしていなかったが、百合は歩き方も見事なものであった。重心はブレることなく、背筋も綺麗に伸びている。


「あれ、お部屋こっちだっけ?」


「えぇ、この景色だったはずなのですけれど…」


「ひょっとして私達、迷った?」


飛彩が迷子になるのは小学校に入る前、母親と一緒にデパートに出かけた時以来である。それ故飛彩は底知れない恐怖を感じていた。


「飛彩さん…震えてますけど、大丈夫ですか?」


百合が金髪を揺らしながら首を傾げ、尋ねる。


「だ、大丈夫、知らないところだから、余計怖くなっちゃっただけだよ。」


「顔色悪いですわよ?手を繋ぎましょうか?」


百合はこのような経験をしたことがないので、比較的冷静でいられた。心細さとは無縁の生活をしてきたというのと、飛彩の存在も大きかった。一人ではないのだから、なんとかなるであろうと思っているのである。


「で、でも、他の人に見られて百合さんが悪く言われちゃったらやだよ…。」


飛彩は他人に手を繋いでる姿を見られることで、自分が原因であるのに百合が辛い思いをしてしまうことを危惧していた。


「そんなこと気にいたしませんことよ、ほら、行きますわよ。」


百合は半ば強引に手を握ると、前へ歩き出した。


「だ、だめだよ百合さん。出鱈目に歩いたらもっと迷っちゃうから、一回食堂に戻ろ?」


「大丈夫ですわ!誰か人を見つけられれば、道を聞けますし。」


見知らぬ道を行くのは実に探究心を刺激する。百合は未知の冒険に少しだけワクワクしていた。しかし、当然夕食の時間であるため中1の階層である一階フロアに人影はない。飛彩の、百合の手を握る力が強くなっていく。


「やっぱり戻ろうよ。みんなまだごはん食べてるんだよきっと。」


「いえ、向こうに階段が見えますわ。先輩の方に聞いてみましょう!」


飛彩には何故そこまで食堂に戻ることを拒むのか謎であったが、先輩に聞くというのは名案な気がしたので黙ってついていくことにした。しばらく歩いていると、ふと百合が呟いた。


「飛彩さん、何か聞こえてきませんか?」


言われてみれば何か甲高い音が聞こえてくる。それは刺激の強い音であったが、そこにはなんらかの意思が込められており、飛彩は思わず身震いをした。


「すごい、熱意を感じるね…。一体何なんだろう。」


飛彩と百合は、自然と音のする方へ歩いていった。階段を登りすぐ左へ。突き当たりの角を曲がってすぐの部屋で、“それ”は行われていた。


「んー、ここがちょっと薄いかなぁ、梨花、もっと音出せる?」


「は〜い、まっかせといて!」


直後、梨花と呼ばれた女の子はものすごい勢いで縦笛を吹き始めた。もはや息量が多すぎて時折音がひっくり返ってしまうほどに。


「あれ、初めてみる顔だ。ひょっとして中1の編入生ちゃん達かな?わざわざ来てくれたんだ、ありがとね〜。その辺座って見てきなよ。」


ストレートな黒髪がよく似合うその少女は、飛彩達に椅子を勧めると、残りの二人に対して指示を飛ばす。


「Dからやろっか!梨花はさっきの音を、絵里は低音目立たせてね!」


ワン、ツー。その声に合わせて奏でられた音は、ものすごく耳障りではあったが、飛彩は感じていた。音の中に確かに響く彼女達の確固たる意思を。認めさせる、認めさせてみせるという決意を。自分たちの奏でる音楽を認めさせる、それは乱暴なものでは決してなく、正面からの抱擁のようなものでもあった。飛彩は再び衝撃を受け、必死に耳をすませた。


「ハイッ、ここまでにしましょう。新入生達、どうだったかな?かっこよかったら、是非総合音楽部へ!」


総合音楽…吹奏楽とも、軽音とも違う響きを持つ部活名に、飛彩は脳を揺さぶられたかのような衝撃を受け、自分は絶対この部活に入り、6年間やり遂げると決意した。


「ええと…お名前は?」


百合が黒髪の女の子に尋ねる。


「あたし?あたしは小沢さおり。二年生!」


ブイ!と左手でVサインを作る姿には、まだまだ幼さが残っており、飛彩は失礼を承知しながらも、可愛らしいと思ってしまった。


「さおりさん、初めまして。私は白河百合と申します。以後、お見知り起きを。」


「すごく丁寧な言葉遣いだね!お姉さん感動!」


「出会い頭になんですが、私達迷子になってしまいまして…道を教えて欲しいのです。」


「え?見学の子じゃなかったの?」


さおりは首が折れるんじゃないかと思うくらいに首を傾げて問う。


「あいにく、まだ部活を決める段階では…」


言いかけたところで、飛彩が口を挟む。


「入ります!私、この部活に入りたいです!」


「えぇ?飛彩さん、なにをおっしゃってますの!?」


飛彩は演奏に感激していたが、百合の方はそうでもなかった。


「百合ちゃんも一緒にやろ!総合音楽!きっと楽しいよ!」


「ウェルカムだよ!えーっと、飛彩ちゃん?」


こうして、入寮初日にして、飛彩と総音部は運命的な出会いをした。飛彩達と音楽の面白おかしい騒音(総音)が、今始まろうとしていた……。

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