Recurrence

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「だからさー」

 週末。まじめに五日間働いたあとの妙な解放感。ついつい、声が大きくなったことは認めよう。

 でもそこそこ騒がしい居酒屋内。おまけに個室という状況で、目くじら立てるほどの大声ではなかったはずだ。

「サホ、酔ってるね?」

 冷やかな声でカナは水を差す。

 失礼な。酔ってない。だってまだグラスたった二杯だ。

 わずかに残っていた氷で薄まってるジン・トニックを飲み干す。

 本当に酔ってないけども。

「酔ってるよーだ。愚痴くらい聞いてくれても良いじゃんか。カナのけち」

 わざとふくれ面を作る。

 酔ってることにして、いろいろぶちまけてやる。

「ケチってどういう言い分よ。見捨てて帰るよ?」

「旦那さん出張でいなくて暇って言ってたくせに」

 ボタンを押して店員を呼び、飲み物を注文する。

「暇なんだけどね、酔っぱらいの相手するのはゴメンだわー」

 つまらなさそうに言うとカナは生春巻きをほおばる。

「くたびれてるんだよー。独り者のかわいそうな酔っぱらいくらい労わってよ」

 勤続年数もかさんでくると上は余計な仕事を回してくるようになるし、下は下で使えないっていうかね。いや、これは私が指導すればいいだけなんだけどね。覚え悪い相手に労力払うのも疲れた。そんな時間あれば自分でやった方が早いっていうね。あー、めんどくさいったら。

「まぁ、それもわからなくもないけど。だいたい、サホ、独り身って言ったってカレシはどうしたの」

「あーぁ、ねぇ」

 こちらのテンションががた落ちになったのがわかったのか、カナは首をかしげる。

「まさか、別れたとか?」

「……わかれてはない、と思う。たぶん」

 とりあえず、お正月には初詣に一緒に行った。近所の神社に、だけど。

 ただ、そのあとラインも電話もないまま二月に突入しただけだ。

「せっかく忘れてたのに」

 思い出したら腹がたってきた。

 店員が持ってきた柚子ジンジャーを半分ほど流し込む。

 だいたい、ラインするのは毎回こっちからだし。だから、別に今だってこっちから連絡すれば返事はあるとは思うけど、このまま何もしなければ自然消滅だろう。

 本音を言えば向こうから連絡が来ることをどこかで期待してたけど。結局、何事もなく一月過ぎた。

「あんま、マメマメしくラインしてくる男って言うのも鬱陶しくない?」

 一応フォローしてるらしいカナにため息まじりで返す。

「物事には限度っていうものがない?」

 私もそれほど頻繁にラインしたりはしないけど、二週間以上連絡を取らなかったことはないはずだ。それが一月も間が開いたら普通心配になったりすると思うんだけど。

「でも、サホが連絡すれば返事はくれるんでしょ? いつもは。今だって、カレシだって待ってるかもよ?」

「んー。なんかねぇ、ちょっと虚しくなってきたんだよね」

 高三の時、同じクラスになって、なんとなくしゃべるようになって、なんとなく居心地良くて、好きになって、告白して、つき合い始めて。

「なんとなくね、惰性なのかなって気がしてるんだよ。別れ話するのも面倒だけど、自然消滅になるならちょうど良いやって感じなのかも」

 大きくため息をひとつ吐く。

 話したらちょっとすっきりしたかもしれない。

「ねぇ、それはさ。カレシの気持ちの推測? それともサホがちょうど良いって思ってるって話?」

 まじめな顔で聞くカナに曖昧な笑みを返す。

「……どうなんだろうね」

 自分でもよくわからない。

 好きなのは好きなんだと思うけど。子どものころから持ってるぬいぐるみを、なんとなく手放せないようなそんな感覚に近いのかもしれないし。

「そんな顔しないでよ。酔っぱらいの愚痴だよ、ただの」

 他人事なのに、妙に不安そうな顔をしているカナに安心させるように笑ってみせる。

「うそつき。酔ってないくせに」

「カナが真剣に取りすぎるから酔いがさめたんだって。グラス空じゃない。何飲む?」

 メニューを渡すとカナはろくに見ずに店員呼び出しのボタンを押す。

「肝心なとこ誤魔化すのはサホの悪いクセだと思うよ」

 ため息をつきながら苦く呟くと、間もなくやってきた店員にカナは杏仁豆腐と烏龍茶を注文した。

 さすがに呆れたのか、締めにする気のようだ。

 自業自得なので文句も言えず、取りあえず同じ物を店員に追加した。



 先週愚痴ったおかげで、ちょっとすっきりしつつ、相変わらず連絡のない毎日。

 これでほぼ一月半。

 どうにかしなきゃとは思いつつ、なんとなく踏ん切りがつかない。

 たぶん、まだ覚悟が出来ていない。決定的にしてしまうことに。

「とりあえず、さむいしね」

 ぽそりと声に出す。

 寒すぎて、動きだす気力がない。ということにしておく。

 問題を先送りしても何の解決にならないこともわかってるけど。

「いいから、ちょっとこっち」

 混雑する駅の階段をばたばたと駆け下りて行く女子高生。それに引っ張られるような格好で学ランの男の子がついて行く。

「ちょっ、待てって、迷惑だからっ」

 周囲の人にぶつかりながら突き進む女子高生に全うな注意をする男子高生。ぶつかる人にすみませんと小さくあやまりつつ手を放さない。

 なんていうか、元気だなぁ。若いなぁ。

 朝から微妙にくたびれている自分とは大違いだ。

 人波にもまれつつ階段を降りきり、会社への近道となる人通りのない細い路地に入る。

「……ってるし、だけど」

 いつもならしんと静まり返っている路地に声がひびく。

 思わず電柱の陰に身を寄せてしまう。

「今のままじゃ、ヤだなって思っちゃったから」

 そっと様子をうかがうと、先ほど駆け下りていった高校生二人が向かい合っている。

 こちらから見てもわかるほどに女の子は真っ赤だ。女子高生はかばんの中から引っ張り出した小さな箱を差し出す。

 あぁ、バレンタインだったっけ。

「ダメでも、今までどおりにしてくれるとうれしいんだけどっ」

 うつむいたままなので少年の方がどんな顔をしているか気付いてない女の子は必死に言い募る。

 はにかむ少年の手が女の子の手にそっと触れる。

 そこまで見て、踵を返す。

 邪魔しちゃ悪い。

 なんか、自分が告白した時のことを思い出した。

 普通に仲の良い友達だったから、告白することによって、話せなくなったりしたらどうしようとか悩んだり、それでも、そのままでいるのも嫌で、OKもらった時はすごく嬉しくて。

 ほほえましくて、なつかしい。

 だから、もう一度。

 踏み込んでみようか。



 近道を使えなくなってしまったので、遅刻しないよう、多少足早に会社に向かいながら携帯を出し、電話をかける。

 この時間なら、向こうもまだ会社に着く前のはず。

「えっ、あ、サホ? うゎ」

 コールが鳴るか鳴らないかのうちに出られて逆に驚く。

 なんか、ばたばたしてる?

 気持ちが折れないうちに一気にまくしたてる。

「……拓? ごめん、いそがしい時に。急なんだけど、今日会えないかな」

「…………」

 無言。

 うわ。

 勢いで、電話して失敗したかも。

「駄目なら良い。ゴメン」

「ち、ちがうっって、こっちから言おうと思ってたから驚いただけ。サホが仕事終わったら連絡もらって良い?」

 え? 拓の方が仕事終わるの遅いのに? そんなに自分から電話かけるのが嫌なのか?

「じゃ、また夜に」

 それ以上話を続けさせないようにか、拓はさっさと電話を切ってしまう。

 なんか、悪い予感しかしないというか。破滅への扉を自ら開いたような気がする。

 それでも、最後になったとしても。

「がんばろうか」

 自分に言い聞かせるように、声に出してみた。



「サホ」

 ほっとする。

 いつもと変わらない笑顔だ。

「早かったね、仕事よかったの?」

 拓の向かいに座り、何気なく聞くとすっと目線をそらされる。

 これは、もうダメだってことかな。

 拓はやさしいから、笑顔でいてくれるだけで。

 とりあえず、決定的なこと言われる前に、話さないと。気持ちだけは、伝えたい。

 注文したコーヒーを店員が置いていってしまうと、ラッピングされた箱をテーブルに置く。

「拓。これ。バレンタインだから」

 昼休みに慌てて買ってきたチョコレートを渡す。

「ありがと。めずらしいね。いつも、チョコなんて買わないのに」

 拓、職場で義理チョコ、たくさんもらってくるし、それなら他のものをあげたほうがいいと思っていたし。

 今年に関しては連絡があまりにもなかったから、何もナシにしようと思ってて。

「あのね。なんか、拓はさ、私のことなんか、割とどうでも良いって思ってると思うんだけど。私も、なんか良くわかんなくなってきてたんだけど、でも、ちょっと思い出して」

 何が言いたいのか自分でもよくわからなくなってきたけど、止まらない。

「でもね、やっぱり好きだなって。思って。朝の電話も迷惑っぽそうだったし、拓には今更かもしれないけど、でも最後に言っとかないと後悔しそうだったから。だから、」

「ちょ、待って。サホ。ストップ」

 テーブルの上で握り締めていた手に拓の手が触れる。

「その話の行く先って、何? 別れ話なの?」

 やわらかな口調。

 ほんのすこし気持ちが落ち着く。

「……別れたいわけじゃないよ。でも、拓は、連絡もくれないし、さっきだって目、逸らすし」

「それは、こっちにも事情が……って、サホには関係ないね」

 関係ないとか、やっぱりどうでも良いってことじゃないか。

 視線で言いたいことを悟ったのか、拓は苦笑いする。

「ごめん。そういう意味じゃなくて。こっちの事情なのにサホを不安にさせてごめんなさいって話。それにしても、どうして別れるってとこまで話が飛ぶかなぁ」

「それは、拓が連絡くれないから。いつも、私からばっかりだし。思い返してみれば、断る理由がないから付き合ってくれてたって気がしてきたし」

 カサカサになったのどを潤すためにコーヒーを少し飲む。

「だから、私が連絡しなければそのまま終わっちゃうんだろうなって。一月半も放置して平気みたいだし」

 結局ループだ。

「それは、ごめん。おれのほうの覚悟が必要だったから」

「……覚悟って」

 顔を見ると、拓は目を伏せて、小さく息を吐く。

「結婚、しない?」

 は?

「ホントはね、初詣の時に言うつもりだったんだけど、言い出せなくて。今日、サホから連絡なかったら昼休みに電話かけてアポとるつもりだった。そのために有休までとっちゃったよ」

 困ったように笑う。

 なに、それ。ばかみたい。

 気が緩んで、笑みがもれる。

「どうかな?」

 すこし不安そうな拓の声に、そのままうなずいた。

                                  【終】

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