Chapter11 トラック運転手

#01 君ではない彼

12月20日 午後1時45分。


 …――彼の名は。


 いや、やめておこう。彼のプライベートな情報は、ここには書き残さないでおく。


 彼とは、無論、不幸にも奈緒子を轢いてしまったトラック運転手。


 だからこそ、彼は、この事件においては、裏の被害者とも言える。


 兎に角、


 彼は開け放たれたドアのノブを強く握ったままで睨み付けてくる。


 見た限りでは至って平均的なおっさん。まあ、僕も至って普通のおっさんだから他人の事は言えないが。ともかく薄汚れた青いジャージの上下で、頭髪が薄く、無精髭が痛々しい。あの事件から、部屋にこもり、塞ぎ込んでしまっていたのだろう。


 誰にも会いたくないという棘があるオーラが溢れ漏れ出していた。


 ちくちくちくと僕の全身へと尖ったものが刺さってきて痛すぎる。


 近寄りがたいと表現すれば、適切であろうか。


 というか、僕は、彼が留置所に勾留されている可能性が高いと考えていた。自宅にはいないかもしれないと思っていたわけだ。だからこそ、いてくれて助かった。これは多分なのだが、過失運転致死傷罪と判断されて略式裁判になるのだろう。


「誰だ?」


 ぶっきらぼうに強く言い放つ。


 無論、ここでもフーたちは動こうともせず、僕の背に隠れている。


 まあ、ある意味、予定調和だ。


 助けなど期待しない方がいい。


「ぼ、僕は奈緒子さんの親に頼まれて死の真相に迫っている者です」


 いくらか、どもってしまったが、何とかでも捜査というものに慣れてきたようだ。


 背に隠れているホワイの小さな声が聞こえる。


 ひよこがさえずるよう可愛らしいトーンの声。


「親ですか。父親ではないのですね。敢えてなのでしょうか。だとしたら、なかなかのタヌキですわね。……さて、この先、どういった展開になるのでしょうかね」


 フフフ。


 と笑う。


「そだね」


 とハウが、興味なしなのか、口笛を吹き出す。


 フーは、黙ったままだ。多分、微笑んでいる。


 あの厭らしくは思えない、厭らしい笑みでだ。


「ご協力、お願い致します。話を少しだけでも」


 と僕が無理に笑顔を作って、刑事ドラマよろしく右手を差し出して握手を求める。


 途端、彼の顔が険しくなって、荒々しくドアが閉められてしまう。


「全部、警察に話した。もう話す事はなにもねぇ。帰ってくれッ!」


 拒絶されて、撥ね付けられた。


 当然と言えば当然の展開。不運にも奈緒子を轢いてしまい、交通死亡事故を起こした事になっている彼にとって思い出したくもない事なんだろう。とはいえど事故から8日しか経過いないのに釈放されているところをみると、やはりと思える。


 過失運転致死傷罪とされたのだろう。ややもすれば不起訴になるのかもしれない。


 でなければ事件から、たった8日後に家にいる事などあり得ない。


 その点においては、運がいい。


 まあ、悪運に過ぎないのだが。


 ただし、


 もし不起訴になったとしても、


 それでも彼の人生は深い崖の底に転げ落ちた事には変わりがない。

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