第7話 事件を終えて(中)

「もう余興は十分だろう。いい加減慌てて来た要件を話して貰おうか?」


探偵が手を組むと、騒がしかった探偵事務所がピタリと静かになる。


「要件って?」


皆所定の席へ戻っていくので、私だけが探偵のデスクにしがみつき顔を覗き込む。

すると、椅子に座った警官が腕時計を確認するなり美千代さんに声をかける。


「そろそろ頃合いだろう。すまんが美千さん、テレビ付けて貰えますかね?」


壁に備え付けられたモニターが光ると一同が注視する。

そこには木々が生い茂る山中と思しき場所が映し出され、マイクを持ったレポーターの男が額に汗を浮かべている。


「こちら現場の小澤です。

周囲は背の高い木々に囲われており、日がまだ高い現在の時間帯でも薄暗く感じます。

私達は整備され、車も通る事のできる路上から中へは入る事ができませんが、この奥で3名の女性のご遺体が掘り出された模様です」


3名の遺体ってまさか――

呆然と眺める内に、カメラは山中からオシャレなスタジオセットへと切り替えられ、見覚えのある男の顔写真が大きく映った。


篠田しのだ勝宣まさのぶ容疑者(38)美容系会社社長は現在身柄を拘束中ですが、警察によりますと、容疑者宅から刃物等の犯行に使われた凶器と思われる物証、また見つかっていない被害者の髪らしき人毛製のカツラも発見されたとの事です。

篠田容疑者は未だ黙秘を続けているそうですが――」


晴美達の遺体が見つかって、あの男の犯行が調査されている。


「良かった、本当に良かった!!

でも、何で・・・?私の話は誰も聞いてくれなかった。なのに何故!?」


平然とお茶を飲む探偵へ、食い気味に詰め寄ると彼は面倒くさそうにため息を吐き出した。


「馬鹿正直に心霊の話なんぞして、信じる人間が居るわけないだろ。これだからお前は馬鹿だと言うんだ」


「キィー!アンタって本当何でこう――

私だってそれぐらい分かるわよ!

だからどうして、アンタのあのデタラメ推理で、晴美達が見つかる事になったのかが知りたいって言ってるの!!」


頭を掻きむしりたい衝動を押し殺し、声を大にして聞くが探偵は手で耳を抑えてまるで聞こうとしない。


いくら寛容な私でも堪忍袋って物があり、その緒は今にもはち切れんばかりに張り詰めており、パンッと手塚さんが手を鳴らしてくれていなかったら、きっと殴りかかっていた事だろう。


「痴話喧嘩はそれまで。

境、悪いが俺はこれ以上嬢ちゃんに隠す気は無いぞ。全部話すからな」


やっぱり、まだ何か隠されてたんだ!信じてたのに!!


私は悔しくなって、頬から針が出そうな程頬を膨らませ探偵を睨むと、奴はふいッとそっぽを向いて『好きにしろ、俺は知らん』と言うので、私は席に座って手塚さんの話を聞く事にした。


「教えて下さい、事件の真実を――」


すると手塚さんは、徐に使い込まれた手帳を取り出して話し始める。


「始まりは・・・たしか二ヶ月くらい前だったか?

俺がこの探偵事務所へ話を持ち込んだのがきっかけだった――


当時俺は、鈴木さんの愛娘、一佳ちゃんの失踪事件を調べていてな。

鈴木さんは、俺がまだひよっこの頃にお世話になった元上司で、今は偉く出世されたんだが――。まぁなんだ、直々に頼まれたんだ。


『あの真面目な一佳が、親に無断で失踪なんて有り得ない!頼む手塚、手を貸してくれ!』


実直な鈴木さんに、頭を下げられたんじゃ断る訳にもいかねぇってんで、俺は秘密裏に事件を探った。

すると、一佳ちゃんと同じ雨の降る夜、似た様な背格好の女性が近隣で失踪しているのに気が付いてな。

早速調べたんだが、なんせ一佳ちゃんが失踪から二月程、最後の椎名晴美さんでも一月も時間が経過している上、目撃者無し、雨で流され物証もほぼ無しでは調べようが無かった。


途方に暮れた俺が、最後に頼ったのがここ境探偵事務所の境って訳だ」


何だか聞いてはいけない様な内容もあった気がするけど、手塚さんは一佳ちゃんを探していたのね。


ん?


って事は、探偵が言っていた掲示板から怪しいと推理した話ってのは嘘だったって事!?

私が疑問に思ってたの正しかったじゃないの!!!

なーにが噂話に人為的な要素があるよ!

嘘八百じゃないの!!


「境のやつ、俺が幾ら『被害者に会ってくれ』って言っても『断る』の一点張りでなー」


困った。と言わんばかりに大袈裟に、腕を組んでため息をつく手塚さんに、流石の探偵も痺れを切らしたのか此方を見た。


「お前が毎度、捜査に行き詰まる度に俺に泣き付くからだろう!第一、事件の被害者の様な辛い目に遭った方が、この世に残り続ける事は無いし、必要もまして義務も無い!!」


「まぁ、この調子で断られた訳だ」


トホホとオノマトペが付きそうな程、肩を落とす手塚さんには申し訳ないけど、私も震える晴美を見て、被害者の方々を今以上に傷付ける様な事は絶対にしたくないと思ったし、決してしてはいけない事だと断言出来る。


「ならどうして探偵が――、あ!私か!!」


「チッ、あんなにしつこく依頼面倒を押し付けておいて、忘れた等とほざいたなら此処から放り出したものを」


印紙に隠れてぶつくさ言っている性悪男は放っておくとして、私はこの事務所へ来た時の事を思い出していた。


あの時、ここで私は晴美が立っていた事が如何に怖かったのかを探偵に説明していた。

逆を返せばそれしか言っていなかったんだ。

だから探偵は『それで?』と聞いたのね・・・


思えば探偵はいつも私の方を見て話していなかった。

あれは私じゃなくて、笹音ちゃんに話しかけていたとしたら――


思い返せば思い返す程自分の発言や行いが恥ずかしい・・・


ん?ちょっと待って!?

という事は、必要なのは私を見て話した事――


『待って!』


違う違う!何考えてるの私は!メロドラマじゃないんだからね!!


『・・・何故それを先に言わない?』


これだ!!これが探偵がこの事件に携わろうと決めた瞬間の言葉!

ならこの前にそのきっかけがある筈――


『私、雨の日も外に出たいのよ!!』


これだったんだ。

失踪事件を知っていた探偵は、私のこの言葉を聞いて事件に共通する可能性、並びに多数の接触の信憑性を見出したのだ。


『三度という最多の遭遇を果たした有力情報提供者大口顧客のな』



「結局、私は鴨ねぎかいッ!!!!」



その声は、無情にもおんぼろビルに響き渡ったという――。


「まぁまぁ、嬢ちゃんのお陰で犯人を誘き寄せて捕まえる事が出来たんやから!

それに何やかんや言って、境だって責任感じて毎夜嬢ちゃんを監視してたんやで?」


「おい!語弊がある言い方をするな!

あれは、お前等警察が勝手に犯人を逮捕して、椎名さんと接触する機会を、奪われないようにする為の妥協策に過ぎない!」


ちょいちょいちょい!

何かナチュラルに色々カミングアウトされちゃったんだけど、私が犯人ホイホイの餌で、毒舌ツンツン大王にストーカーされてたって事ですかーーー!!??


「って事は、あの夜何も知らなかったのは私だけで、皆は連続殺人鬼を捕まえる為に動いてたって事・・・?」


静まる空気の中、罰が悪そうに手塚さんが頭をかく。


「まぁ・・・簡単に言っちまうとそうなるわな・・・。

嬢ちゃんは知らない方が良いと思って黙ってたんだが、結果として勝手に危険事に巻き込む形となって大変申し訳ないと深く反省している。


結局境のせいで、わざわざ廃車なんぞ運んで道止めたりで、大事になっちまったし――。

あれで人違いだったら、俺は今頃クビになってた所だ」


すっかりしょぼくれる手塚さんを、『まぁ、無事終わったんですから』と励ましていると、新聞を読み終えた探偵が、得意げに屑箱へそれを投げ入れた。


「だから最初から断ると言っただろう?

目撃者はゼロ、心霊を知らん一般人にも通じるよう、取り繕って推理説明までしてやったんだ。これ以上の望みは罰当たりだと知れ」


「そんな言い方ないでしょ!?

手塚さんだって事件を解決したい一心で」


余りの言い草に、私は気付くと探偵に噛み付いていた――筈だ。

言葉が、声が出てない。

――怖くて何も言えない。


いつもの調子で言い返される。

心の片隅で、私はいつもそう思って安心していたのかもしれない――。


だけど、目の前で椅子に座る彼はいつもの探偵では無かった。



「・・・俺が助けようとしたのは椎名晴美さんだ。その為にお前等人間を使ったまでの事。

自惚れるな、俺はお前達が嫌いだ。

力を借りたいなら――、死んで出直しなさい」



その言葉は何処か遠くで、その瞳は確かに此方を見ている筈なのに、硝子玉の如く何も写ってはいない。

うわ言のような、穏やかに囁かれた声には、何の感情も乗ってはなくて、ただ産声を上げるように自然で、当然と吐き出される。

私はその涼やかな能面を強く恐れた。


目の前に座るのは――



「こーのすけ!いじわるはだめ!!」



女の子の怒る声がする――。

そう思った瞬間に、金縛りが解けるみたいに強ばった全身が軽くなり動けるようになった。


すぐに周りを見るが、何処にも笹音ちゃんの姿は無い。

傍の手塚さんも私と同じようだ。


「本日はここまでとしましょう。所長はご無理が過ぎたようですし、お休みが必要ですね」


美千代さんはぽんと手を重ねて、変わらない笑顔で微笑むので、ザワついていた心が凪ぐのを感じる。


「所長、御用はお済ませでしたか?」


美千代さんがそっと肩に手を置くと、抜け殻のようだった探偵にすっと瞳が宿った。


「・・・ミチ。そうだな、休みは必要だ」


そう言うと立ち上がって、奥の部屋へ続くドアを開いた時、ふと思い出した風に振り返る。


「そういえば、ちゃんと使いは出来たか手塚?」


その声に戸惑ったのか少し遅れて手塚さんは返事を返す。


「おぉ、お前さんの言った通りだった」


すると自慢気な顔をして『そこの馬鹿に教えてやるといい』とだけ言い残し隠れてしまった。


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