境心霊探偵事務所
不知火美月
第1話 境心霊探偵事務所
――幼い頃より、誰もが聞いた事、見た事、不安に駆られた事があるのではないだろうか?
雨の降る夜一人歩いていると、ついつい後ろが気になって、振り向くが誰も居ない。
怪談の見すぎかとホッと息を吐いてまた歩き始めると、何も無い道の脇に人が立っている。
スラリと美しい立ち姿。
長く伸びた髪。
その全てが黒く、真っ青な傘がポカンと浮かび上がっているようで不気味さを感じさせる。
なんだか浮き足立って足速に前を通り過ぎるが、どうってことは無い。
なんだ、只の通行人か。
顔はやけに暗くて見えなかったが、多分女性だったかな。
綺麗な長い髪にあのスラリと細い立ち姿、きっと綺麗な人だろう。
今思えばあの足の細さは、スカートかワンピースを着ていないと見られないんじゃないか?
やはり、女性だ。
ん?まてよ・・・
あの人、靴・・・履いてたっけ――?
その瞬間、背筋が氷のように凍りつく。
こうなっては頭に浮かぶのは、青傘の女性の不可思議差や不可解差ばかりだ。
次から次に溢れ出し、恐怖は心拍を高ぶらせる。
一定のリズムで鳴るそれは、これから起こりうる最悪の結末が叩くノック。
とてもじゃないが振り向く事など出来なくなってしまった私に残された道は、前にしかなかった。
只ひたすらに叫び声をあげて走り続ける、それが大人の私に出来る精一杯であった。
※ ※ ※
「それで?」
私は我が耳を疑った。
今思い出しても身震いする体験を、身振り手振り必死に伝えたというのに、目の前に座る男は湯呑みを啜って新聞を開けながら一言、そう吐き出したのだ。
私は怒り任せに椅子と不釣り合いな、低ーいテーブルへ、今までの礼儀正しい態度を両手で叩き付ける。
「ふざけないでよ!!ここでなら解決してくれるって言うから態々電車を乗り継いで来てやったんじゃない!それなのに何なのよその言い草は!!」
すると男は湯呑みを置いて新聞を閉じる。
やっと仕事をしてくれる気になった?
そうか、こういう話は嘘やでっち上げで溢れているし、本当かどうか試したのかもしれない。
きっとそうよ!私の真剣差が認められた!
今度こそ、この人は本物なのかもしれない!
「――分かった。――分かったから・・・静かにしてくれないか?」
呆れた顔でまるで猫でも払うように手を振る男に、私は怒りを通り過ぎて悲しみを感じ、事務所を飛び出した。
三十分かけたヘアアレンジをといて、一時間半かけたメイクを涙で崩しながら長い髪を振って走る。
あぁ、分かってる。分かってた。
誰にも信じて貰えないなんて事は――
だけど、このままじゃ私は生きていけない。
会社だっていつまでも休ませておいてはくれないだろうし、まだ魔除けの壺や開運のブレスレットの支払いだって残ってる。
それに何より――
「待って!」
ジャラリと手首に巻かれた石達が擦れ会う音と共に引かれる腕。
「私、雨の日も外に出たいのよ!!」
そこには、今どきそうそう見ることの無い和服をシミで汚した、あの無愛想男が立っていた。
「・・・何故それを先に言わない?」
男は癖の着いた髪をくるくると指先で触りながら、考え事でもするようにくるりと身を翻すと事務所の方向へ歩き始める。
置き去りにされた私は、数秒その場で固まってから我に帰った。
「アンタ一体何しに来たのよーーー!!??」
本当変な奴。
――でも、私も最近よくそう言われる。
変な奴だけど、私にはもう此処にかけるしか無いんだ。
『
ボロボロのビルの四階、薄暗い階段を登って突き当たりの錆び付いた扉、そこに小さく掲げられた表札にはそう書かれていた。
だけど、此処を知っていた人々は口々にこう呼んでいた。
『
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