筋肉雑談(仮)

そこらへんの社会人

第1話 卵

「貴様、卵は好きか?」

「は?」

「卵は好きかと聞いているんだ、答えはイエスか、ノーかだ」

「なんだよいきなり・・・いや別に嫌いじゃねえし、寧ろ好きだけど」

「・・・そうか。やはりそうか」

「だから何なんだよその質問、殺気纏って互いに殺し合ってる最中に腑抜けたこと聞いてくるなよ」

「腑抜けたこと・・・? 貴様、卵好きでありながら、卵を腑抜けなどと愚弄するのか?」

「いや卵のことは愚弄してねえよ、お前だよお前」

「ああ、成るほど。それなら、構わない」

「構わねえのかよ・・・」

 自分より卵の方が尊厳のレベルが高いってどんな価値観なんだよ絶対分かり合えねえよ。

「卵の価値を、素晴らしさを貴様が理解しているのなら、我々は分かり合い、道を共にすることが出来るのだ。卵が、我々を結び付けてくれるのだ」

「おい意味わかんねえよ、俺とお前が卵が好きだからって、それだけで分かり合えるわけねえだろ」

 本当は戦闘中にこんな話をしていること自体に疑問を提示するべきだったが、あまりにもこいつが恍惚としているので、その理由を知りたくなってしまった。

「ん? なんだ、そんなことも分からんのか貴様」

 前言撤回、ぶっとばしたくなった。さも当たり前のことのように、呆れるような顔をしている。

「卵は至高だ。我々の根源だ、頂点にして、根源なのだ。頂を共有する我々は、征くべき道も交わり、友となるべき存在だと思わんか?」

「卵が、至高・・・ねえ」

 こいつのいう卵とは、もしかすると俺が想像していたニワトリの食用卵のことではなく、コロンブスの卵的な、金の卵的な、比喩表現とか諺に使われる類の卵のことなのではないだろうか。

「あの白身と黄身の美しいバランス、整いすぎている栄養素、あらゆる料理へと、素材へと変身を遂げるそのポテンシャル・・・あぁ、思い出すだけでとろけてしまいそうだ」

 勝手にとろけとけ。というか、やっぱり食用の卵のことらしい。初めて見たよ卵を語りながら恍惚とする人間。いや、戦闘力においては人間と言うより、化物だが。

 自らの筋骨隆々とした体を抱きしめるようにしているムキムキ野郎が俺の前に居る。先ほどまでの溢れんばかりの殺気は霞み、無防備にも見えた。

 俺は、卑怯な奴だった。

 その緩みを、無防備を、議論の余地を、好機と見たのだった。


「良いからもう――死ねよ」


 何のためらいもなく、俺はこのムキムキ野郎の首に〈影の刃〉を向ける。

 刃を向けて、ゼロ距離のまま、その首を叩き切るために。

 いくらこいつが強かろうと、化け物じみた力を持っていようと、無防備のまま、上半身裸で、種も仕掛けもないこいつの首を落とすことは容易いことのように思われた。


 そう、思っていた。


 空を切る〈影の刃〉。その勢いは凄まじいものだった。およそ人間の知覚する速度の限界を優に超え、一般的な刀の長さ、つまるところ人の背丈ほどもないその刀身に載る力は、野を裂き山を断つほどの莫大な力であった。


 その規格外の刀が、生身の人間に向けられる。

 空を切る音が、肉体に触れる音がした。


 カキン、と。


「――なっ・・・」

「ん? どうした友よ。そんな刀を俺に当てて、俺の首でも掻いてくれるのか? 生憎だが、俺は首より背中の方がかゆくなる人間でな」


 驚くべきことに、俺の刀はムキムキ野郎――剛虎の首に確かに当たっていた。

 当たっては、いた。


 剛虎の手によって勢いを殺されているわけでもなく、刃がおられたわけでもなく。俺の全力を乗せた斬撃は、剛虎の首を直撃し、そして――


「残念だがその斬撃、俺には塵ほどにも感じられん。蚊が止まったのかと思ったぞ」


 斬撃の威力を全てその首に受けて、それでもなお奴の首には傷一つ、血の一滴も流れてはいなかった。


「ははっ・・・嘘だろ、てめえ・・・」


 俺は、戦慄する。恐るべきその頑強さに。


「そう驚くことではないぞ友よ。俺の身体は、勿論貴様の体もそうだろうが、至高の卵によって、構築されている至高の肉体なのだからなッ! ハハハッ!」


 空気を震わせるけたましい笑い声が響く。俺の絶望はそれと共振するように大きくなっていた。


 同じ卵食って、こんな化物に育ってたまるかよ・・・


「ありえねえ・・・なんなんだよ、お前は一体・・・」


 困惑する俺に、剛虎は笑うのを止めて諭すように語りだした。


「友よ、タルタルソースは好きか?」


 言って、奴は微笑む。

 その笑みは俺にとって、恐怖を増幅させる狂った笑みにしか見えなかった。


 

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