第7話


 時計が八時を指した。 

 ビクトールがオルフィナを伴って壇上に上がる。大広間にいる者たちは祝福の拍手を送り、視線は主役の二人に向けられる。


 不意をつくのはこのタイミングしかない。

 風の魔法を使い、二階から飛び降りた。こんな風に魔法を使うのは初めてだ。

 壇上まで約二十メートル、その距離を一気に詰めて、五メートル手前に、ドレスを靡かせながら降り立った。間近にいた招待客が悲鳴を上げたが、ほとんどの者はまだなにが起こったのかに気が付いていない。

 身体の前で短剣を構え、壇上を睨む。


「くっ!」


 ビクトールはすでに黒い短剣を取り出し、振りかぶっている。こちらを見ているオルフィナはそれに気が付いていない。


「ビクトオオオ―――」


 かつての婚約者の名前を叫びながら飛びかかる……ことは叶わなかった。突然、後ろから強く引っ張られるような力を受け、勢いよく倒れて顔を強く打った。


 一日に二回もスカートの裾を踏まれて転ぶなんて、令嬢としてあるまじきことだ!


「あにきいいい」


 スカートの裾を踏んだ不埒者が叫ぶ。知っている声だ。しかし彼は、ビクトールのことを「兄貴」と呼んでいただろうか?


 デニスは私を飛び越えていきながら、ビクトールに向かって剣を投げた。

 ビクトールは無表情に避けると、左手を差し出して光弾を撃った。

 直撃を受けたデニスの足が止まる。更に放たれた光弾を全て受けて、膝をつく。


 その時になってようやく、デニスは後ろにいる私を庇ってわざと光弾を受けたのだと気が付いた。


「どうして?」

 私を捕え、庭園まで追ってきたデニスが助けてくれる理由は不明だが、今はそれよりも先に解決すべき問題がある。

 デニスの動きが止まったことを確認したビクトールは、短剣を再びオルフィナに向けていた。しかし思わぬことが立て続けに起こってパニックを起こしているのか、オルフィナは短剣を見ても逃げるそぶりを見せていない。


 本当に、色仕掛けばかりが上手などんくさい子!


 しかし大事な妹なのだ。 


 頼みのデニスの動きは完全に止まってしまっている。

 どうしたら良い!

 必死に逆転のチャンスを探して、利用できるものを探す。


 やっぱり庇って刺されるか!痛いのは嫌だけど、死ぬのはもっと嫌だけど、ゲームの世界に転生できたのだ、死んでも最初の場面に戻れるかもしれない。リセットプレイは趣味やないけど!


 破れかぶれで突進しようとした時、私は自分が間違えていたことに気が付いた。

 先ほどデニスが投げたのは剣ではなかった。

 この世界存在しない投擲器具は、それを知らない世界の人が思いもしない飛び方をする。 


 放物線を描いて戻ってきたブーメランは、見事にビクトールの頭に直撃した。

 ビクトールは横倒しに倒れて、壇上から転げ落ちた。

 悲鳴が上がり、パニックが起こった。ビクトールの介抱に走る者たちの姿が見える。


 まずい。


 まだ問題は解決していない。先送りしただけだ。ビクトールが目を覚ませば、デニスと私は第一皇子に剣を向けた者として捕らえられるだろう。事実、すでにデニスに挑んでいる愚かだが勇敢な者たちがいる。

 解決のためにはオルフィナに光の魔力を解放してもらわなくてはならない。

 しかし私はまだ生きている。ゲームの通りに、私の死にショックを受けて力を解放してもらうことができない。


 だがしかし、私はそれに代わる方法を思い出していた。

 先ほどスカートを踏まれて転び、頭を打った時に思い出したのだ。頭を打ったのは無駄ではなかった。


 よろよろと這うように歩いて、ぺたりと座り込んでいるオルフィナのところまで行った。


「オルフィナ」


「カミーラ様……」

 呆然と視線を向けてくる。


「私とあなたは腹違いの姉妹なの」


「なんのことですか?」

 突然の場違いな告白にオルフィナの目が丸くなる。少しは意識を取り戻したようだ。


「今から言う呪文を唱えなさい」


「な、なんの呪文ですか?」


「良いから。お姉さんを信じて唱えなさい」


「お姉さんてなんなんですか!」


「光は我、我は光、影を生むことも許さぬ光、光子爆発フォトンエクスプロージョン。ほら!」


 促すが、オルフィナは怯えたような目をしながら震えている。

 今まで散々嫌がらせを受け、その腹いせにではないのかもしれないが婚約者を奪い、婚約発表の場をめちゃくちゃにされた挙句に、姉妹だと告白され、呪文を唱えさせられる。

 どんなにひいき目に考えても恐怖案件だ。パワハラだ。我ながら本当にひどい話だ。


 それでも唱えてもらわなくては困る。だって私はこの世界で生きると決めたのだから。


「お姉ちゃんの言うことができへんの?」

 今後の人生をかけて、思いっきり凄んだ。


「できます。できます。えっと……、光は我、我は光、影を生むことも許さぬ光、光子爆発フォトンエクスプロージョン



 恋愛シミュレーションゲーム「魔法 de A・B・C」はそこそこのヒットをしたので、続編が作られた。しかしスタッフは何を勘違いしたのか、続編は冒険RPGであった。知っているキャラクターたちが冒険をするのは、ファンディスク的な楽しさはあったがゲームとしての出来はそれほど高いものではなく、また正当な続編を望んでいた人たちには叩かれることになり、ヒットせずに終わることになった。

 その続編の中での光の魔法の最上級魔法、オルフィナしか使えない魔法が「光子爆発フォトンエクスプロージョン」だ。

「魔法 de A・B・C」にはそんな物騒な魔法は出てこない。でも続編であるならば、最大の攻撃力を誇る魔法は同じであるだろうと、その可能性に賭けたのだ。


 そしてその賭けに勝った。


 大広間は光に包まれ、爆発した。

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