第32話「虚無の少女~おかしな襲撃者~」

 ショートカットの髪型で物静か……というよりも、どこかあどけなさを感じる少女だ。食堂での歓迎会では見なかった顔だ。


「………………」


 窓際の椅子に座っていたその少女は、俺のほうを振り向きジッと見てきた。

 深緑色の瞳。白銀の髪はどこか神々しさを感じる。


 しかし、感情がうかがい知れない。まるで、人形と接しているかのような――。


 ゾクッとした悪寒が走ったものの、ここにいるということは寮生のはずだ。

 直感的に危険を感じたが、きっと大丈夫なはず。


「え、あっ、俺はヤナギ・カゲモリ。今日からこの寮に入ることになったんだ」

「……知っている……」

「そ、そうなのか?」

「…………」


 その少女は俺に瞳を向けたまま、顔も体も一切動かさない。

 生気を感じられない。まるで人形に対峙しているようで不気味だ。


 ……というか、なんで俺のことを知っている?

 まあ、昨日の今日で学園内によからぬ俺の噂が広まっている可能性はあるが……。


「……ヤナギ・カゲモリは……倒すべき敵……」

「――!?」


 俺の第六感は間違っていなかった。少女の右手がわずかにブレたと思ったら、短剣が眉間に向かって伸びてきていた。


「っと!」


 避けながらも、俺の目は少女の手からは離れない。

 瞬時に戦闘モードに切り替わって、次撃に備えた。


「って、うわっ!?」


 投げた短剣がブーメランのように戻ってきて、今度は俺の首すじを狙ってくる。

 それをわずかな魔導の流れから察知して右に回避する。

 そのタイミングを見計らったように少女の左手から次の短剣が放たれた。


「くっ……!」


 それも回避するが、さらに少女の右手から新たな短剣が生み出される。

 併せて三つの短剣が俺を囲むように追尾してきた。


 素手では回避に徹するしかない。剣を持って来なかったのは失態だった。

 まさか師匠の張った結界をくぐり抜けて寮内に侵入してくるとは!


「……これで終わり……」


 さらに右手・左手と新たな短剣を生み出して俺に放つ謎の少女。

 さすがに五つの短剣を全部回避するのは辛い。


 こうなったら、一か八か突っ込むか?

 そう思案したところで――俺の目の前に誰かが転移してきた。


「すまない、ヤナギ。どうやら曲者の侵入を許してしまったようだな」


 師匠だった。謎の少女の戦い方は暗殺目的のためか魔力を最小限にして短剣を操っていた。なので、魔力はほとんど感知できなかったはずだが、さすがは師匠。


「……ソノン・ラザン……あなたも排除対象……否、最優先暗殺対象……」

「はは、光栄なことだな。最優先暗殺対象か。どうやってこの寮に潜りこんだ?」

「……普通に転移しただけのこと……ジェノサイド・ドール・弐式は魔力完全制御型の優れた究極魔導殺戮人形……気配も魔力も完全に消失させることができる……」


 弐式ってことは、この謎の少女が暗黒黎明窟急進派の切り札か。


「ふん、『虚無の精霊』に厄介なものを憑依させたものだな」

「……その名で呼ばれるのは好きじゃない……スズネという名前がある……」

「そうか。なら、スズネ。こんな無益な戦いはやめるべきだと思わないか?」

「……無益ではない。人類はあまりにも傲慢になりすぎた……一度、無に返るべき……」

「暗黒黎明窟急進派の主張そのものだな」


 師匠とスズネが問答している間に今度は女子寮側のドアが勢いよく放たれた。


「出ましたわね! あなたのようなパッと出の精霊なんてお呼びじゃありませんわ!」

「わわっ! 待ってよ、リリィちゃん! いったい、どうなって――えぇええっ!?」


 真っ先に入ってきたリリィは事前に精霊の存在に気がついたようだったが、遅れて入ってきたカナタは全然事情が掴めていないようだ。


「……僥倖。一か所に暗殺対象が揃った……」


 白銀色の髪が輝きを増し、冷気にも似た魔力が解放されていく。


「……もう魔力を隠匿する必要はない……この場で全員を抹殺して世界正常化作戦『清らかな朝。おはよう世界』を実行する……」


 訳の分からない作戦名までつけられていた。なんか気が抜けるネーミングだが……それとは反比例するように魔力が異様な増幅をしていっている。


「ふん、人の塒(ねぐら)に堂々と踏み込んで荒らすとは君にはマナーが足りないな。いっそ学園に通わせて礼儀作法を叩きこんでやりたいぐらいだ」


 対峙する師匠の魔力も上がっていく。

 黒紫色のオーラは、伝説の魔王もかくやといった感じだ。


「わたくしのほうが精霊として優秀ということを思い知らせてやりますわ!」


 続いて、リリィからは真紅のオーラが立ち昇る。


「な、なにこの状況? なんなの、なんなの!?」


 そして、カナタは絶賛パニック中だった……。

 ……って、俺もこの状況でできることを探さねば。


 とりあえず談話室の隅に移動し立てかけてあった室内掃除用の箒(ほうき)を手に取る。魔力を纏わせればリーチがあるぶん、素手よりはマシだろう。


「……十二死閃(じゅうにしせん)……」


 謎の単語ともに、スズネの背中から新たな短剣が十二射出されて周囲に展開した。

 鍵となる言葉をあらかじめ設定することで魔法が展開する『縮減魔法』だ。


「おまえたちは守りに徹しろ!」


 師匠は俺たちに向かって指示を出すと、スズネに向かって突っ込んでいく。


「……無へ帰るべき……」


 スズネが呟くとともに十二本の魔導短剣が渦巻くような動きで師匠に向かって襲来する。そして、スズネ自身の瞳が青白く輝き――。


「……目からビーム!」


 両目から青い光線が放たれた!?


「舐めるなよ」


 師匠は最少限の動きで両目から放たれた光線をかわし、さらに飛来する魔導短剣を回避しつつ――距離を詰める。


「鉄拳制裁だ」


 床を這うような低姿勢からバネを使って伸びあがるようなアッパー。それはもろにスズネの顎をとらえて華奢な身体を宙に舞わせる――どころか天井に吹っ飛ばした。


 ――ドガシャアアアアアアア!


 轟音ともに天井が突き破られてスズネの顔が天井にハマりこむ。


「……あら? 他愛もないですわね?」

「わーっ!? わーっ!? すごいことになっちゃってるーー!?」


 拍子抜けしたような表情のリリィと顔色を青くして叫ぶカナタ。

 一方で、師匠は怪訝な表情をして天井を見上げていた。


「なんだこの手応えのなさは?」


 スズネがやられたことで、魔導短剣も力を失ってバラバラと落ちていく。


 まさか、これで終わりなのか? 

 箒で近くに落ちた短剣をツンツンと突っついてみたが……魔力は感じられない。


「が、学園長センセイ! 治療したほうがいいんじゃないですか? わ、わたし回復魔法使いますよっ?」


 慈愛に満ちた性格であるカナタは襲撃者にまで優しい。

 だが、師匠が応えるより早く――スズネの手足がピクピクと動き出した。


「わひゃあっ!?」


 カナタはビクゥッ!?と驚くと、その場に尻餅をついてしまった。

 ほんとカナタは魔力はとんでもないのに戦闘に向いてなさすぎる……。


 その間にもスズネは両手で天井にハマった頭をグリグリと動かし――やがてスポンッと引き抜いて地面に着地する。

 天井裏の埃(ほこり)によって、スズネの顔はところどころ汚れていた。


「……まだ出力が安定していない……」


 無感情にポツリと呟く。


 …………。


 もしかすると、この機械人形はポンコツなのか?

 それとも精霊がアホなのか?

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