第3話「『場違い転校生』と『遅刻令嬢』~スクールカースト~」

 ホームルームをやっている最中なのか女教師らしき声が教室から聞こえてくる。

 俺は作戦前と同じ緊張感を持って、ドアをノックした。


「失礼します。今日、転校してきたヤナギです。入ってもよろしいでしょうか?」


 ややあって、その女教師の声が返ってきた。


「ヤナギ・カゲモリくんですよね~? どうぞ~。入っていいですよ~」

「はい、それでは失礼いたします」


 気が抜けるような間延びした声だが……。

 俺はドアを開け放って、教室の中に入った。


 教壇に立つのは――およそ戦いとは対極的なゆるふわウェーブのロングヘアーが印象的な二十代中盤ほどの黒魔導スーツ姿の女教師。

 香水でもつけているのか、こちらにまでキツイ匂いが漂ってくる。


「……」


 そして、俺は同時にこの教室のクラスメイトたちから発せられる負の視線を感知した。やはり、庶民というのは歓迎されないらしい。


「それではヤナギくん~、さっそくですが自己紹介をよろしくお願いいたします~」

「はい」


 女教師からは特に悪意は感じないがクラスメイトから向けられる視線はどこまでも冷たい。どうやら貴族たちの特権意識は、かなり根深いようだ。

 だが、俺のやることは変わらない。


「ヤナギ・カゲモリです。ブブチ村から来ました。よろしくお願いします」


 挨拶をするが、まったくの無反応。

 いや、露骨に視線を逸らす者がいた。やはり嫌悪されているらしい。

 まぁ、いい。別に俺も好かれるために来ているわけではない。


 ちなみにブブチとは西方の山岳地帯にある田舎の村である。

 師匠からそこ出身というふうに偽装しろと言われていたのだ。

 なにか常識に外れたことをしても田舎出身だと誤魔化すように言われている。


 俺が自己紹介をし終わったところで――遠慮がちにドアがノックされた。


「あら~? どなたでしょうか~?」

「……申し訳ありません。また遅刻してしまいました……カナタ・ミツミです……」


 消え入りそうな少女の声。

 申し訳ないオーラが全快である。


「どうぞ、入ってください~」

「す、すみません……」


 先生の許可を受けて、遠慮がちにドアが開かれた。

 入ってきたのは銀髪――というよりも白髪に近い髪の色の少女。


 ただならぬ気品も感じられて、高貴な出自だと一目見てわかる。

 だが、オドオドしていて自信がなさげだ。


「……出たよ遅刻令嬢」


 教室のどこかからボソリと呟かれた言葉。

 しかし、俺の獣じみた聴覚によって、すぐにどこの席からかわかった。

 廊下側の列最後尾。この教室に似つかわしくない感じの不良っぽい男子生徒だ。


「カナタさんは今日もお寝坊だったんですか~?」


 先生の声は伸びやかだが、それがどこか嘲っているようにも聞こえる。


「……も、申し訳ありません。がんばって起きようって思ったんですけど夢が終わらなくて……」

「また、カナタさんは夢で女の子と一緒に生活してたんですか~?」

「……は、はい」


 カナタと名乗った美少女と先生の会話に、教室のあちこちからクスクスという笑い声が起こった。


 中には「まーた、その言い訳?」、「だから誰だよそれ」、「そんなものより授業ちゃんと受けろよ(笑)」だの、バカにするような発言も出る。


 夢の中で女の子と一緒に生活? 

 しかも、それで日常的に遅刻してる?


「カナタさんがそう言うのなら先生としてもなんとも言えませんね~。学園長も特に問題視しているわけでもないですし~」


 先生自身も納得していなそうだが、それ以上追及することもできないようだ。

 そんな空気は、教室全体にもある。


 俺もこの教室での居心地はよくなさそうだとは思ったが、このカナタという少女もそれ以上に教室に居場所がないようだった。


「あ~そうそう、カナタさん~、こちらは今日転校してきたヤナギくんです~。ちょうど、ふたりの席は隣同士ですよ~」


「『場違い転校生』と『遅刻令嬢』で『いらない奴コンビ』かよ」


 先ほど「遅刻令嬢」と陰口を叩いた奴が、やや大きめの声で言う。

 それを受けて、周りに生徒たちが笑いをこらえるように肩を震わせた。


「ほらほら~、静かにしてくださ~い。ふたりとも、それではあちらの席に着席してください~。あちらの一番隅の席ですから~」


 窓際最後尾の席が、綺麗にふたり分開けられていた。


 しかも前の席との間隔が離れていて、ほとんど後ろの壁に椅子がつきそうだ。

 まるで、隔離されているかのようだった。というか、実際、そうなのだろう。


「え、えと……それじゃ、先に行くねっ?」


 俺にそう断ってからカナタはおずおずと自信なさげに最後尾の席の窓際へと移動していった。その間、クラスメイトたちからは冷ややかな視線が向けられていた。


 続いて、俺も移動する。


 俺に対しては、関わりあいになりたくないといった感じだ。

 まあ、貴族たちにとって庶民と同じ空気を吸うのも不快といったところだろう。


 やはりこの国の階級意識は、かなり根深い。

 これが噂に聞くスクールカーストという奴か。

 田舎の村にいたときに都会にはそんなものがあるとは聞いていたが。

 

 軍隊にも階級というものがあるが、戦場では合理性が求められるので形骸化している面もあった。というか、一番強い奴が一番偉いのだ。


 そう言う意味で、学校という場所はかなり特殊な環境だ。

 まあ、多少困難なほうがミッションの達成のしがいがあるかもしれない。


「あ、あの……よ、よろしくね」

「え? あ、ああ……よろしく」


 俺が着席するとともに、カナタはおっかなびっくりといいった感じで挨拶をしてきた。コミュニケーション能力は低そうなのに、礼儀正しいようだ。


 そのあとは先生の話が続き、そのまま最初の授業となる。


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