独居

白身

独居

 わたしね、片付けが苦手なんですよ。

 掃除が本当に苦手なんです。

 働き始めた頃はひどかったですよ。シフト制の仕事だったし、ひとり暮らしも初めてだったから、生活が全然回らなかったんです。

 それにとにかくね、「出したら仕舞う」って事が苦手だったんです。


 自炊しても皿は放置でしょ。皿が溜まったら洗うのが面倒でしょ。だからお惣菜を買ってくるようにしたら、プラスチックごみが増えるでしょ。

 プラごみの収集は週1回じゃないですか。寝てて間に合わない事が結構あって。

 もう溜まる溜まる。かさばりますよね、プラごみ。燃えるごみと分けなきゃいけないものは、更に面倒くさくなって放置してました。


 紙ごみも分別するようになってからはすごかったです。こっちは2週に1回の回収だったんで、1度でも出し忘れると、部屋の中がレシートやチラシでガッサガサ。

 あと服。服って1度着ても洗わずにまた着るとか、やるじゃないですか。

 それで洗い時が掴めなくて、畳むのも面倒で、床に放置するんですよ。洗濯物も畳まずとりあえず床に置くとかやったり。

 もう山ですよ山。


 まあビニール袋やかごに入れろよって話ではあるんですが、それができなかったんですよね。

 とにかく「物をどこかに移す」って行為がね、苦手。駄目なの。

 なので居間のテーブル周りから、どんどんごみの海が広がっていってました。現代の腐海ですね。

 流石に生ごみはどうにか捨ててましたが、夏場はちょっとね、腐海からの澱んだ空気が流れてくるぞ! マスクをつけるんじゃ! って感じでしたね。


 そんな生活だったんですが、ある晩に仕事から帰ってきたら、部屋が片付いていたんです。

 きれいに片付いていたんです。

 床に広がってたごみが、分別されてビニール袋に入ってる。

 服がちゃんと畳んで置いてある。

 重なって黒っぽくなってた皿が全部洗われてる。


「あ、うち、結構広かったんだな」って思いました。

 物を掻き分けなくてもそのまま歩ける。何これすごい。うちじゃないみたい。

 本当に、何だこれ。

 はっとして通帳や印鑑を入れてるキャビネットを見たんですけど、手つかずでした。テレビとかの家電類も全部揃ってます。

 誰かが入って片付けていった、でも貴重品は残ってる。訳がわかりませんでした。

 何か取られてる方が、まだ親切強盗とか、そういうのだと思えたんですけど。


 で、うち、2部屋あるので、まだ強盗がいたら…と恐る恐る寝室の引き戸を開けたんです。

 でもそこにも誰もいない。ベッドの上に服とかがごちゃごちゃしてて、こっちは出勤前と変わってませんでした。

 夜だったけど流石に怖くなって、「物の置き場が変わってるんです」って警察に相談しました。「きれいになってます!」とは言えなかったんですけどね。すぐ来てくれて、丁寧に対応してくれました。

 あ、ベッドルームの方は見せないようにしました。汚かったんで。


 警察が帰ったら日付が変わってて、怖くはあったんですが、寝る事にしました。翌日も仕事だったんです。

 せめての防犯として居間側の電気はつけたままにしました。

 いつものようにベッド上の服とか本を床に落として、横になったらすぐ寝付けました。

 ただ、眠りは結構深い方なんですが、何時間かしてふっと目が覚めたんです。

 音がするんですよ。居間の方から、足音と、話し声と、がさがさした音。


 不思議と怖くはなかったです。

 泥棒が戻ってきた!とは一瞬思ったんですが、泥棒にしては遠慮がないというか、音も気配も隠そうとしてないんですよね。自分の家にいるみたいな感じで、何かを喋って動いてるようでした。

 なのでわたしも、プラスチックやビニール袋がこすれ合ってるみたいな音に、「そう言えば買ってきたお弁当をテーブルに置いたままだった」と思うくらいの余裕がありました。


 でも流石にまずいと思って、枕元のスマホを取ろうとしたんです。でもね、指が動かないんですよ。寝返りを打とうしても、体全体が重くて動けなかったんです。

 恐怖で身動きできない訳でもなくて、これ、あれだ、って思いました。

 金縛り。

 うわ、わたし、金縛りになるの初めて。全然動けない。

 でもこのタイミングで金縛りになってるって事は、居間でごそごそやってるのって、


もしかして、お化けではありませんか?


 初めて怖くなりました。えっやだやだどうしよう、お化けやだ、怖い、動いて体!

 そう思っていると、引き戸がごとんと鳴りました。誰かが引き戸に手をかけている。動かそうとしてる。わたしの体はさっぱり動きません。

 引き戸がからから開きました。居間の明かりをまぶた越しに感じました。

 入ってくる足音は聞こえませんでした。ぎゅっとわたしは目を閉じました。必死で「何も見えない、何も見えない」と自分に言い聞かせてました。


 どうも引き戸を開いた相手は、寝室を見渡しているようでした。わたしのいるベッド以外にも、床に散らばった服や本、居間から流れてきたビニール袋、丸々したほこりなんかも見えていたんじゃないでしょうか。

 そのまま静かな時間が続きました。

 居間からの足音や物音も聞こえなくなって、わたしは段々と、いなくなったんじゃないかな? と思い始めました。指を動かそうとしてみたら、思った通りに人差し指も曲がってくれます。

 そう言えば金縛りの時って変な夢を見るって聞いたし、夢だったんじゃないかな? 目を開けられるかな?と思った瞬間、耳のすぐ側で、はあっと長い溜め息が聞こえました。


「いい加減にしないと、片付けるよ!」


 男の声だったか女の声だったか、よく覚えてないんです。ただね、耳にかかった溜め息が、生ぬるかったのはよく覚えてます。


 翌日は仕事を休みました。

 燃えるごみの収集日だったので、時間通りちゃんと出しました。

 他のまとめられたビニール袋も玄関に置いて、すぐ出せるようにしておきました。

 寝室の床の服も畳んで、本は本棚に入れて、ごみもごみ箱に入れて、掃除機をかけました。


 それからずっと、部屋は片付けるようにしてます。仕事が忙しい時とか、ごちゃごちゃする事もあるんですけどね。

 でもそんな日が続くと、耳元で、はあああって、あの生ぬるい溜め息を感じるんですよ。そうなると慌てて片付けてます。

 引っ越し? してないですよ。今もずっとその部屋です。

 引っ越したら、なんか、あれが無くなっちゃいそうな気がするんですよね。はあって溜め息。あれが限界点っていうか、お尻を叩いてくれる感じで、ありがたいから。年を取ってもずっと住み続けたいですね。


 それに最近ほら、孤独死とか、ごみ屋敷とか、色々うるさいじゃないですか。わたしもひとりっ子で、独身で、ひとり暮らしでしょ?

 いつ何がどうなるかわかんないけど、あのひとたちなら、いざって時にわたしごと片付けてくれるだろうなあって、安心していますよ。


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独居 白身 @tamago-shiromi

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