アタシたちの夏 中編

 アタシたちの演奏終了後も、これから演奏する高校がまだ数校残っていた。

 楽器運搬等、特に仕事がない生徒は、可能な限り他校の演奏も聴くようにという顧問の先生からのお達しがあったので、アタシは演奏会場の観客席に向かうことにした。


 しかし、座席に空きは少ないようだ。

 なんとか2席分の空きを見つけたアタシは、武者小路さんの手を引っ張って、急いで着席することに成功した。


 ギリギリ、プログラム一番最後の高校の演奏に間に合ったようだ。

 本日最後に演奏を行う学校は、同じ愛媛県にある、いわばライバルとも言える高校。


 愛媛県立…… なんだっけ? とにかく通称、愛県高の登場だ。


 アタシたちより先に演奏した香川県の河工高校と共に、愛県高は、昨年、全国大会への出場を果たした吹奏楽強豪校だ。


 プログラムの関係上、河工高校の演奏を聴くことはできなかったが、愛県高の演奏は是非聴いてみたい! ……と、武者小路さんが言っていた。


 もちろん、アタシだって聴いてみたいと思ってたけどね。本当だよ?



 ♢♢♢♢♢♢



 愛県高の演奏は——

 ひとことで言うと、とてもすごかった。

 ああ、アタシに語彙力がないのが悔やまれる。

 アタシたちの演奏と比べてどうなんだろう?

 正直言って、アタシにはよくわからない。


 なんだか急に心臓の鼓動が速くなった。

 アタシたちは全国大会に行けるのだろうか。


 アタシは不安になり、隣に座る武者小路さんの顔を見た。



 ……ああ、きっと大丈夫だ。


 武者小路さんの少し好戦的な笑顔が、アタシに安心を与えてくれた。


 武者小路さんは小さい頃から音楽の勉強を続けて来た。

 演奏会もよく聴きに行っているそうだ。

 それに、高校生の吹奏楽のコンクールだって何度も聴きに行ったと言っていた。


 きっと大丈夫。


 アタシは自分にそう言い聞かせた。



 ♢♢♢♢♢♢



 愛県高の演奏が終わると一般の観客は退席し始めた。

 それに代わって観客席から表彰式に参加するため、演奏を終えた高校生たちが着席するための場所を探している。


 アタシたち東高吹奏楽部の面々も、一箇所に集まって表彰式を迎えることになっている。


「この辺りに座るように。他校の生徒が多いようなら譲り合うんだぞ」

 剛堂ごうどう先輩がキビキビと指示を出している。

 こういう仕事をやらせたら、先輩の右に出るものはいないと思う。


「おい、ナツ。こっちへ来い」

 サチさんが、アタシに向けて手招きしている。


 なんだよ。サチさんったら、アタシの横に座りたいのか。

 もう、そうならそうと素直に言えば良いのに。

 サチさんってば、照れ屋さんなんだから…… って、あれ? 違うのか?


「アンズはナツの横に座ってくれ。それからルイもな。あと、体力のあるヤツは、出来るだけナツの近くに座るように」


「ちょ、ちょっとサチさん! 何のつもりですか!?」

「オマエ、中学3年の時、表彰式の後大暴れしたんだってな。なんでも興奮しまくって、近くにあったユーフォ2台とサックス、トロンボーンの計4台をぶっ壊したとか」


「あ、あれは表彰式の後じゃなくって、外で待機してた時で…… って、なんでサチさんがそんなこと知ってるんですか!?」


 サチさんの隣から、ソロリソロリとアタシとは反対方向に逃げて行く人物は……


「ああーーー!!! この、口から生まれたモモコ太郎め! アンタはどうして、そう口が軽いんだよ!」

 モモコのヤツめ、また余計なことを!


「相田! うるさいぞ!」

 ……剛堂ごうどう先輩に怒られた。


「…………サーセン」

 アタシはいつものように謝った……



「わ、私がナツさんの隣に座ります! もし、ナツさんが暴れ出しましたら、私が命に代えて押さえつけますので!」

 決死の覚悟を決めたみたいな顔をした武者小路さんが口を開く。


「もう、アッちゃん大袈裟だよ。ちゃんと『興奮したらダメだよ』って言ったらナツに伝わるから。こう見えて、ナツは大人しいんだから」

 アンズ、アタシのことを犬だとか…… 思ってないよね?


 でもまあ、アンズの言う通り、みんな大袈裟なんだよ。

 あの時はちょっと感極まって、手に持ってたチューバを振り回しただけだよ。

 そしたら、たまたま近くにあった楽器が大破しただけで……

 …………反省してます。



「アンズさんがそう言われるのなら、安心ですわ。でも…… ではなぜ、昨年、ナツさんはお暴れになったのですか?」

「さあ…… 私、去年は部長だったから、まだ表彰式から帰って来てなかったの」


 思い出した。

 表彰式に出ていた部長のアンズと副部長の同級生を、駐車場でアタシたちは待ってたんだ。

 その時、アタシにとっての精神安定剤アンズさまがいなかったんだ。

 だからハジけてやっちまったんだ。

 …………本当にすみませんでした。



♢♢♢♢♢♢



 今まさに各校の代表2名が、つい先ほどまで、熱気に満ちた演奏が行われていた舞台上に入場して来た。


 鷹峯たかがみね部長、白鷺しらさぎ副部長の姿も見える。


 アタシたちも慌てて自分の座るイスを求めて着席を始める。

 念のためということで、ルイはアタシの後ろの席に座ることになった。


 舞台上では各校の代表者が所定の位置に起立した。

 観客席では、全ての生徒が座席や通路に腰を下ろした。


 いよいよ、金、銀、銅、各賞の発表。


 そして——


 全国大会に進出する、四国支部代表2校が発表される。



 ♢♢♢♢♢♢



 四国支部大会に進んだのは17校。


 舞台上では、これから演奏順に学校名が読み上げられ、金、銀、銅、いずれかの賞が授与される。


 そして最後に、金賞を受賞した高校の中から全国大会に進む2校が選ばれる。


 全校大会に進むためには、まず金賞を受賞する必要があるのだ。



「これより、全日本吹奏楽コンクール四国支部の——」

 壇上中央に進み出た司会者の声が、マイクを通して会場全体に響き渡る。


 …………始まった。



「プログラム1番、高知県代表、貴友高等学校、銀賞」


 アタシたちのすぐ後ろの席から、ため息が聞こえて来た。


『金賞』と『銀賞』は聞き分けにくいので、金賞を受賞した場合は頭に『ゴールド』をつけて『ゴールド金賞』と告げられる。


 1番目の高校は、間違いなく『金賞ではなかった』のだ。


 すすり泣く声も聞こえてきた。


 なんだろう。急に胸の奥が苦しくなってきた。

 もし、アタシたちも金賞を取れなかったら……


 そんな考えが頭をよぎったとき——

 武者小路さんが右手で、アタシの左手をギュッと握った。


 驚いて武者小路さんの顔を見る。


『大丈夫』

 武者小路さんはアタシに瞳で語りかけてくれた。


 表彰式は続く。2番目の学校は銅賞だった。そして——


「プログラム3番、香川県代表、河工高等学校、ゴールド金賞」


 流石、昨年の全国大会出場校。

 喜びの声が聞こえてこない。

 この高校の人たちとって、金賞は一つの通過点に過ぎないんだろう。


 その後、司会者が口を開くたびに、喜びや悲しみの声がコンクール会場にこだました。


 そしていよいよ——


「プログラム14番、愛媛県代表、東松山熟田津南高等学校——」


 来い! 金賞!!!




「——ゴールド金賞」




「「「「「 ハァァァーーーーーー 」」」」」


 周囲から漏れた安堵の息が相まって、まるで一つの大きな音の塊になったみたいだ。


 アタシを含めて東高生徒のみんなは、きっと無意識のうちに息を止めてたんだろう。

 今は大きく息を吸い込んでいる人が多い。


 歓喜の声を上げた人は誰もいなかった。

 そうだ、アタシたちの目標は全国大会出場なんだ。


 まずは最初のハードルをクリア出来た。

 ホッとした。

 きっとみんなも同じ気持ちなんだと思う。



 ホッとしてしまいすぎて、アタシは次とその次の高校の結果を聞き逃した。


 しかし——


「プログラム17番——」


 昨年の全国大会出場高、愛県高だ。


「——ゴールド金賞」


 歓声は聞こえない。安堵の息づかいがアタシたちの右後方の座席付近から聞こえてきた。

 この学校の目標も全国出場なんだ。


 アタシは右後方を振り返る。

 愛県高の多くの部員もアタシたちを見つめている。


 ああ…… この人たちは知ってるんだ……


 何を知ってるかって?


 決まってるじゃない。


 アタシたちの演奏が、とっても素晴らしいってことをだよ!!!



「おい、ナツ、大丈夫か?」

 後ろの席に座るルイが小声で語りかける。


 あれ? なんだかアタシ、ちょっと興奮していたようだ。

 ライバル校を必要以上に意識し過ぎたのかな。


 だって、仕方ないじゃない。


 全国大会に進めるのは、たったの2校なんだから。


 ルイの声を聞いて、少し頭が冷えた。


 そうだ。ここにいる人たちは決して敵ではない。

 共に音楽で競い合う仲間なんだ。


 大丈夫、アタシは冷静だ。


 よし、いよいよここからだ!



 ♢♢♢♢♢♢



「続きまして、全国大会に進む2校の発表を行います」

 司会者の声が会場に響いた。


 ヤバイ、心臓の鼓動がとてつもなく速い。

 速くて強くて、すごく痛い。


 そんな私の様子を見たのか、左右の席から武者小路さんとアンズがアタシの手を握ってくれた。


 司会者の口が開くのと同時に聞こえてきたのは——


「プログラム3番——」




 ハァーーー………… アタシ同様、東高の仲間たちからため息がこぼれた。


「——香川県代表、河工高等学校」


 舞台近くに座っている一団から、歓声が湧き上がった。抱き合って喜びを表現している人もいる。


 左手が、ギュッと強く握られた。武者小路さんの顔を見る。

「大丈夫」

 そう言った武者小路さんの顔は自信に満ちている。


「そしてもう1校は——」


 お願い、呼ばれて!!!

 14番!

 14番!!!

 14番!!!!!!





「プログラム『じゅう——」


「「「「「うわああああああああああ!!!!!!」」」」」


 ……………………


 …………


 ……

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