アタシたちの夏 前編
「ナツーーー!!! アンタ…… アンタ最高だったわヨーーー!!!」
中学の吹奏楽部時代からの友人モモコが、泣きながらアタシに抱きついて来た。
「ねえ、モモコ! アタシの…… ううん、アタシたちの演奏、どうだった!?」
アタシは興奮冷めやらぬ気持ちのまま、モモコに尋ねた。
「サイコーだったわヨ!!!」
そう言って、モモコはアタシの胸元に顔を
ここは香川県にある演奏会場。
今日は全日本吹奏楽コンクール四国支部大会の当日。
アタシたち私立東松山熟田津南高校、通称東高吹奏楽部は、先日行われた全日本吹奏楽コンクール愛媛県大会で金賞を受賞し、そして四国支部大会に進む愛媛県代表5枠のうちの一つを手にして、今日の日を迎えた。
そして——
たった今、アタシたちの演奏は終わったばかりだ。
次の高校の演奏が控えているため、アタシたちは急いで舞台から退場した。
そして今、モモコをはじめ合奏には参加していないサポートメンバーと合流したのだ。
サポートメンバーたちが、興奮と感動の表情でアタシたちを迎えてくれている。
アタシを含めたAメンバーたちはと言うと……
アタシ同様まだ興奮覚めやらぬ人、全力を出し切って心ここに在らずといった人、やりきったという思いからか涙を流している人、様々だ。
でも…… 冷静な気持ちの人なんて、たぶん誰一人としていないだろう。
「ナツ、最高の演奏だったよ!」
そう言って声をかけてくれたのはアンズ。
アンズも同じ中学の吹奏楽部で一緒に思い出を共有した大切な友達だ。
残念ながら、アンズも今回Aメンバーに入ることは出来なかった。
「うん! いつも冷静なアンズがそう言ってくれるんなら、きっとそうなんだろうね」
すると、アタシの胸に顔を
「もう! それ、どう言うことよ! わたしの言うことは信じられないって言うの!?」
「なによ、モモコは本当にメンドくさいなぁ……」
アタシはそう言って、少し笑った。
少しだけ冷静さを取り戻せたような気がした。
モモコは笑顔を残し、自分が所属するトロンボーンパートの人たちの元へと向かった。
一番最初に、アタシのところへ来てくれたのか。
ありがとう、モモコ。
モモコの背中へ向け、アタシは大声で叫んだ。
「ナツさん、もう大丈夫ですの?」
今度はアタシの背後から声が聞こえた。
振り向くと、武者小路さんの姿があった。
トランペット奏者の武者小路さんはアタシと同じくAメンバー。
ついさっきまで、一緒の舞台で演奏してたんだ。
「ナツさんったら…… 演奏が終わってからずっと、鬼のような表情をしてましたわよ?」
え? そうだったの? アタシってば、今までずっと興奮しっぱなしで、顔がエライことになってたのか?
「あはは…… 自分では自覚なかったんだけど」
あれ? なんだかまだ、あんまり上手く笑えないや。まだ、顔がエライことになったままなのか?
武者小路さんはわたしの元に歩み寄り、アタシの手を握った。そして——
「ナツさん、やりましたわね。私たち、絶対に全国へ行けますわ!」
そうだ。アタシたちは全国大会進出を目指して演奏してたんだ。
合奏が始まってから今まで興奮しっぱなして、全国大会のことが頭の中から抜け落ちていた。
アタシは昨夜、薄暗い自販機コーナーの前で、3年生の先輩たちと話をしたんだ。
先輩たちの話を聞いて、絶対に先輩たちと一緒に全校大会に行こうと、武者小路さんと瞳で誓い合ったんだ。
それなのにアタシったら……
「ああ、アタシはダメなヤツだ…… 自分のことだけで精一杯で……」
アタシは思わず顔を伏せた。
「もう、何を言ってるの、ナツさん」
顔を上げると、そこには武者小路さんの笑顔があった。
「私だって、合奏中は自分の演奏のことしか考えてませんでしたよ。そんなの、みんな同じじゃないの。まったく、ナツさんったら、何を言ってるんだか。ふふふっ」
そう言って、武者小路さんは笑ってくれた。
「アッちゃん、お疲れ様——」
アタシの隣にいたアンズが武者小路さんに声をかける。
「——みんなの演奏、とってもすごかったよ!」
「まあ、アンズさんありがとう!」
そう言うと、武者小路さんは今まで握っていたアタシの両手から自分の手のひらをそっと放し、今度はアンズの手をしっかりと握りしめた。
なんだろう、アタシの両手が今、とても涼しく感じられる。
ああそうか。武者小路さんの手が熱かったんだ。
武者小路さんの体にも、まだいっぱい熱が残ってたんだな。
そうだよね。アタシたちの演奏の熱気が、そう簡単になくなるわけないよね。
ちょっと冷静になったアタシは、改めて自分の周りを見渡してみた。
先輩たちは、少し離れた場所にいるようだ。
いつもの爽やかな笑顔で、後輩たちからの賛辞を受け止めている。
流石、
後輩たちから声をかけられても、『ああ』とか『うん』とかしか言ってないし……
こっちは冷静になるまで、もうちょっと時間がかかるみたいだ。
先輩のことだ。きっと全ての力を出し切ったんだろう。
なんだかそれも、
そんな
そう言えば、サチさんは小学生の時から同じ野球チームで、こういう大事な場面ではいつもアタシの側にいてくれたな。
そうだ。アタシはサチさんが側にいる時は、いつもご機嫌なんだ。そして絶好調なんだ。
でも…… サチさんってば、『ダメだコリャ』みたいな顔して
あっ、サチさんがこっち見た。
サチさんと目が合った。
「おーい、ナツ! オマエの『ソリパート』、スッゲー良かったゼ!!!」
そう言って、サチさんはアタシに向かって手を振ってくれた。
アタシには、ファゴットの
演奏中、自分では最高の演奏が出来たと思っていた。
でも実際のところ、どうだったのかよくわからない。
だけど、普段、辛口のサチさんが褒めてくれたんだ。
きっと本当に上手くいったんだろう。
「アザーーーっす!!! サチさんのチューバも、良かったですよ!」
「ハンっ! ナニ言ってっだか。オマエ、テンパりまくってて、チューバの音なんて聞こえてなかったくせに!!!」
「な、なに言ってんだよ! こういう時は、素直にお礼の言葉を返しとけばイイんだよ!!!」
「おい、バカナツ…… テメー、調子にのってると……」
「……許す」
「「うわっ! 剛堂先輩(サン)が復活した!!!」」
「まったく、相変わらずお前たちは息がピッタリだな。相田も今はテンションが上がってるんだ。今日のところは大目に見てやれ、なあ久保田」
「チッ、ショーがネエなあ——」
サチさんが笑う。そして——
「——じゃあ、明日、地獄行きだからな!!!」
そう言って笑いながら、サチさんは手を振った。
アタシも笑顔で手を振り返した。でも……
えっと、一応心の中で確認しておくと……
それって冗談ですよね?
うーむ…… 念のため、明日はサチさんに近づかないでおこう。
うん、それがいい。
さて、どうやらアタシだけでなく、そろそろ周りのみんなも少しずつ、いつもの様子に戻って来たようだ。
あれ? でも
不思議に思ったアタシは、隣にいるアンズと武者小路さんに尋ねると——
「もう、ナツってば…… 部長と副部長は演奏が終わったら、すぐ表彰式の準備に行くって言ってたでしょ?」
「そうですよ。全ての高校の演奏が終わったら、それほど時間をおかず表彰式が始まるんですから」
そうだった。でも、今、あの二人の顔を見られないのは残念だな。
今頃、二人はどんな話をしてるのかな。
きっと、二人にしかわからない話とかもあるんだろうなあ……
アタシが我が吹奏楽部のリーダー二人の姿に思いを馳せていると——
「おーーーい!!! サポートメンバーの1年生! みんなとの話は尽きないと思うけど、そろそろ、こっちも手伝ってくれよ!!!」
遠くの方から叫んでいるのは、アタシの元野球チームのチームメイトで、現在は吹奏楽部でチューバを吹いている谷山
ルイは今年から吹奏楽を始めたため、流石にAメンバーには入ることは叶わなかった。
今回はサポートメンバーとして、特に楽器の運搬において体力のあるルイは大きな戦力になってくれている。
これからルイが中心になって、特に重量のある楽器なんかをウチの学校が手配したトラックまで運んでくれるようだ。
さて、男子がこういう命令的な台詞を言うと、多くの場合、女子からの反感を買うことが多いのだが、サポートメンバーの1年女子たちは、
「は〜〜〜い!!!」
という、甘い声と共に、ルイの元へ飛んで行きやがった……
流石は爽やかなイケメンにして、好青年と名高いルイだけのことはある。
そんなことを考えていると、アタシの姿を見つけたルイが、
「おーーーい、ナツ!!! お前の演奏、スッゲー良かったゼ! 来年は絶対、俺もAメンバーに入るからなーーー!!!」
と、また爽やかな笑顔を振りまきながら、トラック目指して走って行った。
「ルイ! 足の怪我がまだ完全に治ってないんだろ!!! あんまり無理すんなよ!!!」
アタシがそう言って叫ぶと……
なんだろう、周囲からニヤニヤした笑顔を向けられている。
いや、あの…… アタシとルイはそういう関係じゃないんですケド……
でも、ちょっとハズカシイ……
まあ、その…… ルイのことは別に嫌いってわけじゃないんだけど……
ああ、もう! やっぱりアタシには付き合うとか恋人とか、そんなのはムリだ!
なんかとにかくもう、すっごくハズカシイんだよ!!!
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