絶対にソロを吹きたくない鷹峯部長 前編

※本話は、鷹峯たかがみね愛美まなみ部長の視点で書かれています。

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 私の名前は鷹峯たかがみね愛美まなみ。吹奏楽部に所属している高校3年生。

 担当楽器はファゴット、と言っても知ってる人は少ないかも知れない。ちょっと悲しい。

 それから一応、部長などという、たいそうな役職をさせてもらっている。


 GWに行われた校外でのミニ演奏会も無事終了し、我が私立東松山熟田津南高校、略して東校吹奏楽部は、いよいよ夏に行われる全日本吹奏楽コンクールに向けた準備に取り掛かろうとしていた。


 その第一弾として、今日はこれからパートリーダー会議が行われることになっている。

 本日の議題は、来たるべきコンクールで演奏する自由曲について。どんな曲を演奏したいか、意見を出し合うのだ。


 もちろん、最終的に曲を決めるのは顧問の先生だ。しかし、今年から新しく顧問になった弦井つるい先生は、みんなの意見も聞いてみたいとおっしゃったため、今日こうして会議を開くことになったのだ。



 私は今、音楽準備室のイスに着席し、他の部員たちの到着を待っているのだが……

 ウチのパートリーダーたちは、マイペースな人が多いため、こういう会議が時間通りに始まることはほとんどない。

 いつものことだと自分に言い聞かせ、なるべくイライラしないよう、自分に言い聞かす。

 ちなみに、今年のパートリーダーは全員女性である。


♢♢♢♢♢♢


 やっと参加者が全員そろったようだ。


「では会議を始めよう」

 そう口を開いたのは、トランペット(金管楽器)パートリーダー清風きよかぜすず。どこかの歌劇団の男役かと思うほど、美人でカッコいい。それにトランペットの演奏技術は高校生のレベルを遥かに超えている。


「おいおい、すずが司会をしてどうするんだ」

 ツッコミが入った。

 司会は部長である私がやることになってるんだよね……

 そう、すずは天然なのだ。芸術家肌の天然って感じかな。


 ツッコミを入れたのは、低音パートリーダー剛堂ごうどうほまれ。コントラバス(弦楽器)担当。

「まったくすずときたら…… それじゃあ、改めて会議を始めるぞ!」

 力強く発言し、これまた司会を務めようとするほまれ……


「なんでほまれが司会をするんだい? ボクには理解できないんだが?」

 発言まで男前のすずが、今度はツッコミを入れ返す。

「あっ、しまった……」


 おわかりの通り、ほまれも天然なのだ。こちらは人情に厚い天然だ。天然にもいろんなタイプがあることを、私はこの高校に入学して初めて知ったのだった。


「コントはそれぐらいでいいかしら? それじゃあ、今日の議題についてなんだけど——」

 二人の天然をサラリとかわす私。この二人にいちいち反応していると、会議が進まないのよね。



 さて、気を取り直して、私はパートリーダーたちに意見を求めた。

 早速、ほまれが、

「みんなが活躍出来る曲がいいな」

と、発言する。


「じゃあ、『ハラグローネの醜演』なんてどうかしら。あの曲なら各楽器に難易度の差があまりないと思うけど」

 こう言ったのは、フルート(木管楽器)パートリーダー兼副部長の白鷺しらさぎクロエ。なんでもおじいさんがヨーロッパの人らしい。


「ちょっと…… その曲って楽器のバランスはいいかも知れないけど、確かフルートのソロパートがあったわよね? アンタ、単に自分がソロを吹きたいだけじゃないの?」

 文句をつけたのは、トロンボーン(金管楽器)パートリーダー。

 そう、クロエはカワイイ顔して、実は腹黒いのだ。


 更にトロンボーンパートリーダーの発言は続き——


「ウチの部で一番実力があるのはすずなんだから、やっぱりトランペットのソロが目立つ曲じゃないとダメだよ」


「ちょっと! それじゃあまるで、クロエが実力で劣ってるみたいじゃない」

 反論するのはクラリネット(木管楽器)パートリーダー。



 ああ、またいつものパターンよ。なんとなく金管楽器のパートリーダー達はトランペットのすずを推すし、木管楽器のパートリーダー達は、どことなくフルートのクロエの味方なのよね。


「喧嘩はやめよう! 今日はそういう集まりじゃないだろ?」

 双方の言い争いを止めるほまれ。ちなみに、ほまれは空手の有段者だったりする。


 あーあ。ホント、毎回メンドくさいのよ、このやり取り。

 だいたい私には、どうしてソロパートを吹きたいのかわからないのよね。

 責任重大でしょ? 失敗したら目立つことこの上ないじゃない?

 私は絶対にお断りだわ。ソロパートを吹くなんて、考えただけで胃が痛くなりそうよ。



「誰がソロとか、そういうの、ボクは興味ないな。そういうことで喧嘩になるんなら、いっそのこと、オーボエのソロが目立つ曲にしたらどうだい?」

 すずがまた面倒くさいことを言い出した……


「相田に吹かせるのか。いいんじゃないか」

と、ほまれも同意する。


 今年入部した我が部唯一のオーボエ奏者にして、自分がバカなことに誇りを持つ面倒な性格の持ち主相田夏子は、なぜかこの天然2人に可愛がられている。そのため人は彼女のことをこう呼ぶ。『天然に愛されしおバカ』と。

 おバカと天然は相性がいいのだろうか?

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