才能の発掘
今週から待望の部活見学週間が始まると共に、まったく望んでいない午後からの授業も始まった。
今日は部活見学期間2日目の火曜日。
ここはいつもの音楽準備室。時間は6限目終了後。
もう第何回目か忘れたけど、アタシと剛堂先輩とサチさんの3人で『新入生勧誘会議』が行われている。
「新入生全員の元吹奏楽部員探しが終了しました。本当に新入生全員確認したんですからね? 他県から引っ越してきた3人も含んでるんですよ? どうですか?」
アタシが得意げに発言すると、
「……おい、マジか。部活見学期間が始まって、まだ2日目だぜ?」
と、驚きの表情を浮かべるサチさん。
剛堂先輩は、
「流石、相田だ。私が見込んだだけのことはある」
と、ご満悦の様子だ。
でも剛堂先輩には悪いんだけど、これって別にアタシがスゴイわけじゃないんだよね。単に協力してくれた人が多かっただけなんだ。不本意ながら、モモコが大活躍してくれたりもしたし。それからルイが協力してくれたおかげで、近寄りがたいナントカ進学クラスもコンプリートすることが出来た。
それから、即戦力だと思われる吹奏楽強豪中学から来た人を数人、サチさんに紹介した。
また、それ以外のターゲットへの接触も行っている。
第1ターゲット『吹奏楽部に入ろうか迷っている人』、は全員好感触だった。
第2ターゲット『高校では他の部活に入ろうと思っている人』については、実はほとんどいなかったのだ。1と2の境目が曖昧だったのかも知れない。
ただ、そんな中でも第2ターゲットと思しき人で、もう違う部に入ってしまった人が2人いた。
「きっと高校に入学する前から決めてたんだろうな」
と、サチさん。
「やりたいことがはっきりしている者まで、無理に勧誘する必要はないのかも知れないな」
と、剛堂先輩。
そんなこんなで結局、第2ターゲットの周りで吹奏楽の情報ばら撒き作戦は中止になったのだった。
「あーあ。誰かの心に吹奏楽の火を起こしたかったな」
何気なくつぶやいたアタシに、
「じゃあ、楽器未経験の心に火をつけてみろよ」
と、サチさんがニヤリと笑いながら言葉を放つ。
「……新入生全員の調査が終わったと思ったら、今度は新入生全員を勧誘しろなんてまさか言わないでしょうね?」
「あたしだってそこまで鬼じゃないさ。ちょっと気になっているヤツがいるんだよ」
「男ですか? イケメンですか? サチさんの場合は顔より絶対お金を重視しますから、やっぱりアラブの石油王の息子とかですか?」
「……お前が抱いている『金持ち』のスケールのデカさに驚かされたよ。違うよ、バカ。女だよ。吹部向きのヤツがいるんだよ」
「なんで吹部に向いてる人かどうかわかるんですか?」
「まあ、会ってみろよ。1年8組、横山ってヤツだ。貫禄のある体格をしてるんだよ。なんでもニックネームは『横綱』だそうだ。チューバに向いてると思わないか?」
うーむ…… まったくサチさんは失礼な人だ。その横山さんって人にも失礼だし、チューバ奏者にも失礼だ。
でも、実際男子部員が少ない吹奏楽部にあって、チューバパートとパーカスパート内における男子の在籍率は高いと勝手に思っている。
まあ、重い楽器は体力のある人の方が向いてると言えなくもないからね。
♢♢♢♢♢♢
翌日の昼休み。
アタシは1年8組の教室を訪れた。
確かに、目立って大きい女子がいる。あの人が横山さんだろう。
「コンチワ。部活の勧誘に来たんだけど」
アタシは横山さんと思しき人に声をかけた。
「何? 相撲部の勧誘? 私、こんな体格だけど、相撲に興味ないから」
「いやいや、この学校に相撲部なんてないじゃん」
「じゃあ何、ラグビー部? ねえ、知ってる? 女子はラグビー部に入れないんだよ?」
「知ってるよ」
「じゃあまさか…… アンタ私のこと男だと思ってないわよね?」
「思ってないよ。うーん…… 体育会系じゃないけど、横山さんの特徴を活かせるピッタリの部活があるんだ」
「え? 私の特徴にピッタリって言ったら…… わかった! バトントワリング部ね!」
「え、違うよ?」
「アンタ…… 私がボケたんだからツッコミなさいよ。ちょっと恥ずかしいでしょ……」
「一人でコントやってんの? 横山さん面白いね。アタシは吹部。吹奏楽部だよ」
「吹奏楽部? なにそれ? 吹奏楽部で私にチャンコでも作れって言うの?」
「うーん、個人的にはもっと相撲ネタを聞きたけど、残念ながら、吹奏楽部にチャンコ係はないよ。なんて言うんだろう…… そう、肺活量! 肺活量がスゴそうな人を探してるんだよ!」
「あー、ダメダメ。私、長距離走苦手だったから。中学の時のマラソン大会、いっつもビリだったんだ」
「え? それって、走りながチャンコ作ってたから遅かったの?」
「アンタ、それボケてるの? それともバカなの? アンタ可愛い顔して、実はバカなの? でも私、バカな人好きだよ」
「吹奏楽部にはバカな先輩、いっぱいいるよ?」
「ふーん、じゃあ一回見学に行ってみようかな……」
♢♢♢♢♢♢
「というわけで、こちらが見学にやって来た横山さんです」
ここは放課後の音楽室前。
アタシが横山さんを紹介すると、
「……そんな理由で見学に来るヤツ初めて見たよ」
と、あきれ顔でつぶやくサチさん。
「まあ、きっかけはなんでもいいじゃないか」
マイペースの剛堂先輩。
「なんか吹奏楽部にはバカな先輩がいっぱいいるって聞いたんですけど…… 違うんですか?」
横山さんがつぶやく。
「おい、久保田。呼ばれてるぞ」
「いや、それどう考えても剛堂サンのことでしょ?」
「私はよく天然だと言われるが、バカと言われたことはないぞ!」
とびっきりの笑顔で答える剛堂先輩。天然の自覚はおありだったのですね。
「アハハハ! なんですか、先輩達スっごく面白んですけど! でも私、楽器なんてさわったこともないんですよ?」
「誰でも最初は楽器なんてさわったことないんだよ。あたしが案内してやるから、とりあえず低音パートに来てみろ」
♢♢♢♢♢♢
「うわっ! 先輩って、実は演奏すごく上手いんですね」
サチさんの演奏を聴いた横山さんが驚きの声を上げた。
ウチの高校では、演奏者の少ないチューバとユーフォニアムとコントラバスはひとまとめにして、『低音パート』というくくりでパート練習を行っている。次に剛堂先輩のコントラバスの演奏を聴いた横山さんが、
「うわっ! さっきまではどこからどう見ても、熊を倒したオオヤマさんみたいだったのに、今はなんだかジェントルマンに見えます!」
と、再び驚きの声を上げた。
「いやー、そうかな」
満面の笑みを浮かべる剛堂先輩。先輩が喜ぶツボが今ひとつわからない。
それ、どっちにしても男ですよ?
「横山、お前も吹いてみるか?」
「え、いいんですか?」
剛堂先輩の言葉を受け、横山さんがチューバを吹いてみたところ——
——ブゥオオオーーーーーー!!!
すさまじい音が鳴った。
驚きのあまり、一緒に練習していた他の先輩たちの手が止まった。
「……オマエ、エゲツない肺活量だな」
あっ、サチさんも驚いてる。
その後、サチさんがいろいろ横山さんに教えたのだが……
やっぱりさっきの一発はたまたまだったようで、あれ以降はさっぱり音が出ず、顔を真っ赤にしながら、横山さんが奮闘していた。
でも、指先の動きは悪くないと思うんだよね。意外と器用なようだ。
それからなにより、チューバは約10キロもある重量楽器なのだが、横山さんからは重さを気にする様子がまったく見られない。
「なんだかチューバって、音が出るとスっごく気持ちいいですね」
それでも満足げな横山さん。
「フフ、メロディが吹けるようになると、もっと気持ちいいぞ」
あっ、サチさんの目が獲物を見るような目つきになってる。
こんな逸材、きっと逃したりはしないだろう。
「なあ横山。オマエの肺活量、それから腕力はたいしたモンだ。それに指先だって器用だし。オマエは今まで、自分の特徴を笑いに活かしてたんだろ? 今度はその特徴を演奏に活かしてみないか?」
「えっと、今の話にオチは…… ち、ちょっと冗談ですよ、そんなに睨まないで下さいよ! でも、自分の特徴を笑いに使うんじゃなくて演奏に使うか…… なんか、カッコいいですね!」
「だろ? どうだ、しばらく『低音パート』を中心に、吹奏楽部の見学に来てみないか?」
「はい! 是非そうさせて下さい。あっ、それから私のことは『横綱』か『力士』って呼んで下さい。みんなそう呼んでますから」
「おいおい、それはないだろう」
二人の会話を聞いていた剛堂先輩が口をはさむ。そして——
「もっとこう、お前の内面の素晴らしさが溢れ出るようなニックネームがいいと思うぞ?」
剛堂先輩は思いやりのある人なのだ。
とりあえずアタシは、
「じゃあ、力士をちょっとヒネって、『リッキー』なんてどうですか? カッコいいと思うんですけど」
なんてことを言ってみた。
「おお、『リッキー』か。確かにカッコいい響きだと思うぞ。いいじゃないか!」
と、あっさり同意なされた剛堂先輩。
「内面の素晴らしさがまったく滲み出てないっスよ…… ナツのネーミングセンスは相変わらずバカ丸出しだし」
ツッコミを入れるサチさん。
「アハハハ! 本当に低音パートの人たちって、スっごく面白いですね! じゃあ、私のアダ名はそのバカっぽい『リッキー』でお願いします!」
どうやら横山さん改めリッキーには気に入ってもらえたようだ。
でも、面白い人達の一員であると思われた他の先輩たちは、若干迷惑そうな顔をしていた。
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