第1回新入生勧誘会議

 うやむやのうちに、アタシの吹奏楽部入部が決まった翌朝。だだいまの時刻は、始業時間にはまだまだ早い朝の6時30分。

 アタシは今、学校に向かっている。


 昨日の帰り、鷹峯たかがみね部長は『もしどうしても吹奏楽部が嫌なら、退部届を出せばいいから』と言ってくれた。

 しかしサチさんは『あたしら朝練やってるから、なんなら朝から来てもいいぞ。なんせオマエはもう吹奏楽部員なんだからな、クックック』なんて言ってやがった。


 ふっ、ふふっ、ふふふ…… アッハハハーーーー!!!


 ナメんじゃないわよ! アタシを誰だと思ってんのさ!


 先輩達め、よくも昨日は驚かせてくれたな。今日はこっちが驚かせる番だからね。


 朝練に行ってやる。そんでもって、先輩達を驚かせてやるんだ。まさか私が朝から来るなんて誰も思ってないだろう。

 ぷぷっ。先輩達の驚く顔を想像するだけで、今から笑えてきたよ。



♢♢♢♢♢♢



学校に到着したアタシは、誰にも気付かれないよう、コッソリと音楽室に向かう。そして——


——ガラガラガラ


 音楽室の扉を開け……


「失礼します!!! 昨日入部しました、1年相田夏子です! 宜しくお願いします!!!」


 アタシは力いっぱい叫んだ。すると——



「「「「「 アッハッハッハハハハーーーーーーーーーー !!!!!!」」」」」



 なぜか音楽室に爆笑が起こった…… なにこれ、デジャブ?

 サチさんを見ると、爆笑しながら音楽室の後ろの方を指差している。

 そこには空いている席があり、机の横には紙が貼り付けてあった。その紙には——


『不審者参上!

コソコソ校舎に入ってきたナツ( バカ )の予約席』

と書かれてある……


「あっ! サチ、テメー! 不審者ってなんだよ! それになんでアタシがここに来ること知ってんだ…… ごふっ……」


 アタシは爆笑しながら突進して来たサチさんのヒザ蹴りをくらい撃沈した。


「…………サーセン」

 そう。この人に喧嘩で勝った試しは一度もないのだ……



 しばらくして、アタシが撃沈から復活すると——


「いやー、しかし今日も朝から笑わせてもらったぜ。おいナツ、オマエ本当にバカだな。自分ではコッソリ来たつもりだろうけど、音楽室の窓から、オマエが気持ちの悪い笑みを浮かべながらコソコソ校舎の中に入って来るの、丸見えだったんだよ」

 サチさんがそう言うと、再び音楽室内に笑い声が響いた。


「それにだな、さっきナツんトコのおばちゃんから、あたしの携帯に連絡があったんだよ。『今、ナツが学校に行ったからヨロシクね』って」

 うっ…… そういえば、ウチのお母さんとサチさんはとても仲良しで、しかもメル友だったんだ。


 アタシとサチさんは、おんなじ町内に住んでいる。ウチのお母さんは町内会の『女性部』に入っていて、サチさんはその『女性部』の『青年部長』を務めているため、アタシの知らないところで二人はよく会っているのだ。


 それにしても——

 『女性部青年部長』ってなんだよ? 女性部なのか青年部なのか、ややこしいんだよ!


 そんなどうでもいいことはさて置き——

 嗚呼ああ、恐るべし町内会女性部ネットワーク……


「はぁ…… そういうことだったんですね……」

 恥ずかしい…… 消え去りたい…… アタシは絶対、町内会の女性部なんか入ってやらないからな…… って、それはどうでもいいや。


 そんなことを思っていると、急に後ろからバシッと平手で殴られた。


「痛っ!!! え? なんですか?」

 驚いてアタシが後ろを振り返ると——

 

 山のようにそびえ立つ大女の姿があった。ただし爆笑してたけど……


「いやあ、話には聞いてたけど、お前、本当に面白いな」

 大女が口を開く。


 それにしてもデカい。この人、身長どんだけあるんだよ。

 更にこの大女は笑いながら、またバシバシとしばいてくる。

 なにこれ? これってこの人にとっての愛情表現なのか? それにしては痛すぎるよ。


 一通り笑い終わった大女が、

「じゃあ、約束通りでいいな?」

と、部長、副部長に向かって声をかける。


 部長、副部長は笑いながらうなずいてる…… けど、約束って何だ?


「じゃあ、ここだとみんなの練習の邪魔になるから、あっちで話そうか」

 そう言うと、大女はアタシの襟首をつかみ、有無を言わさずアタシを音楽室の外に連れ出した。


♢♢♢♢♢♢


 所変わって、ここは音楽室の隣にある音楽準備室。


「いやぁ、私、昨日は新入生の勧誘班にいたから、お前の昨日の珍事、見られなかったんだよな」

 おい、大女。開口一番がソレかよ。


「惜しいことしましたね。昨日は昨日で、そりゃもう大笑いだったんスから」

 なぜか一緒について来たサチさんがご丁寧に言葉を添えやがる。


「いや、その話はもういいですから。で、何なんですかコレ? これから血の歓迎会でも始まるんですか? 言っときますけどアタシ、サチさんにすら喧嘩で勝ったことないんですよ? ガタイのとてもよろしいそちらの先輩に殴られたら、たぶん一発で首が変な方向に曲がると思うんですけど?」


「なに言ってんだお前? ああ、悪い。自己紹介がまだだったな。私は3年の剛堂ごうどうほまれだ。実家が空手の道場で、私も空手をやっている。吹奏楽部では1年の指導係を担当している。担当楽器はコントラバスだ。これから一緒に頑張ろうな」


 空手家だったのか。通りで平手の一発一発が重いはずだ。それにエラくお強そうなお名前だし。


「おいナツ、気をつけろよ」

 サチさんがなんか言ってきた。


「剛堂サンは、アタシが唯一、喧嘩で負けた女子だからな」

「ハァ? サチさんやっぱりアンタ、バカなんですか? こんなお方に喧嘩吹っかけて、よく生きて帰れましたね?」


「高い山があれば登ってみたいモンなんだよ」

 ナニ言ってんだコノ人? ハァ…… やっぱりサチさんはバカだ。


「再戦を期待してるぞ!」

 それに剛堂って人もバカだ……


 その後も昨日アタシの身に起こった悲劇を延々と楽しそうに話し続けるバカな先輩2人と可哀想なアタシ……


「いやあ、相田があまりにも面白いんで、ついみんなで話し込んでしまったな——」

 いや、主に喋ってたのはアナタ達ですよ、剛堂先輩……


「——ではそろそろ、『新入生勧誘チーム』の記念すべき第一回目の会議を始めようか」

 剛堂先輩がまた変なこと言い出した。


「イエーイ! 待ってたっスよ、この時を!」

 サチさんもまた変なこと言ってるし。あ、この人はいつものことか。


「あのー、ちょっといいですか? 何ですか、そのチームとか会議とか?」

 恐る恐る、アタシが尋ねると——


「ん? 『チーム』とは私達3人で新入生を勧誘するグループのことで、『会議』とはその方針を決める話し合いのことだが、何か疑問でも?」

 剛堂先輩が『何あたりまえのこと聞いてんの?』みたいな顔して言ってるし。


「まあ、バカにもわかるように説明するとだな——」

 アタシは自分がバカであることを自覚している。でもサチさんにバカって言われると、なぜかイラッとする。けど仕方ない、ここは聞いてやろうじゃないか。情報は大事だ。続けたまえサチさん。


「——1年の指導係の剛堂サンとあたし、そんで1年の学年代表のナツの3人で、これから新入生の勧誘、頑張ろうって話だよ」


 ん? このバカな先輩はナニ言ってんだろう? 指導係っていうのはなんとなくわかるけど、学年代表? ナニそれ?


「その学年代表ってなんですか?」

 アタシが尋ねると、サチさんは——


「まあ、吹部の中の学級委員みたいなもんだ。今、1年はオマエしかいないんだから当然だろ? だからバカのバカによるバカなオマエのための役職ってわけだ」


「ナニ言ってんだかサッパリです。じゃあ、新入生勧誘っていうのは——」


——キーン、コーン、カーン、コーン


 アタシの言葉を遮るように、授業開始15分前を知らせる予鈴が鳴った。


「時間のようだ、仕方ない。私達は楽器の後片付けがあるから、今回の会議はここまでにしよう。また後でな!」

 剛堂先輩はそう言うと、サッと椅子から立ち上がった。

 何が会議だよ。ほとんど雑談で時間潰してたくせに。


「あーもう、後片付けなら、アタシも手伝いますよ」

 アタシがそう言うと、剛堂先輩は、


「おっ? じゃあ、初めての共同作業ってことだな!」

なんて笑顔で言い出した。


 アタシはアナタと結婚式を挙げるつもりなんてありませんよ?

 ハァ…… バカな先輩はサチさん一人で十分だよ……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る