第三話
四人の逃亡した野党達を追って、
木々をへし折りながら森の中を身の丈以上の巨大なリュックサックを背負い、両手には一つずつ、巨大なキャスター付きのキャリーケースを持った人間の移動速度とは思えない、尋常じゃない速度で森の中を移動している摩志常の姿を見た者がいるとすれば……。
異常な光景を見たという言葉しか出てこないであろう。
急に摩志常の動きが変化した。
先程まで森を蹂躙していたのが、嘘の様な静かな動きに変わっていたのだ。
摩志常は、速度を落としながら、静かに相手に気づかれない様に、隠密行動に移行する。
そのまま、相手に気づかれない様に、行動していると。
摩志常の視線の先に逃亡した四人の野党達の姿が見えてきた。摩志常は、その場で動きを止め、静かに息を殺す様に潜伏しながら、野党達の行動を観察していると。
岩肌がフワッと揺れ、その中に四人の野党達は姿を消して行った。
「流石は異世界……、ファンタジー……、だわぁー。前の世界でも光学迷彩って技術が、軍事的に研究されていると話を聞いたことをあるけど。本当にそれを見れるとは、思ってもいなかったわ。まぁ、私の好きな、隠れんぼしながら、ミッションをクリアしていく、ゲームで知った知識なんだけど。でも、あれなのよ……。私、どうしても敵を殺したくなって、殺して、クリア時の特典のアイテムが取れないのよ。あれ、ノー、キル、クリアが基本だから、ある意味で私にとっては、無理ゲーなんだけど。最終的に課金してアイテム購入するって方法もあるのだけれども……、課金したら負けよね!」
摩志常は、遠い目をしていた……。
「お金、お金、お金は命と同じ。お金、お金、お金の重さは命の重さ」
軽やかなリズムに乗りながら摩志常とは、腹から臓物を地面にぶち撒いた男の所持品を漁っていた。
摩志常は、逃亡した野党達のアジトを確認した後。殺した、二人の野党のところに戻って来ていた。
簡単に言えば、死体、漁りをしに戻って来ていたのだ。
摩志常の普段の声よりも、一段高いトーンの声で。
「あった、あった! これ、これ!」
摩志常の目当ての物が見つかった様だった。それは、動物の革で作られた袋だった。
摩志常は、それを耳元に近づけて上下に振ると、ジャラ、ジャラ、と硬貨同士のぶつかり合う音がしている。
その音を聞いている、摩志常の表情はマゾ属性の人間なら一発で昇天する程の下卑た表情だった。
その下卑た表情のまま、摩志常は次の獲物に視線を向けると……。
微妙な表情に変わっていた。例えるならば……、摩志常は、缶コーヒーは微糖派なのに、何を勘違いしているのか、砂糖が入っていればいいんでしょ、と加糖を渡された時の表情だ。
「焼いちゃったのは……、ダメ……、かな……」
微糖派の摩志常が、加糖を渡された時の微妙な表情をしている先には……、焼け焦げた死体が……。
「勿体ないことしちゃったなぁー。次からは金目の物は全て捨てさせてから、
摩志常は、焼け焦げた死体の前で、一人、反省会を行い。次の作業に取り掛かる、摩志常だったが……。大事なこと……、を……、すっかりと忘れていたのだった……、言葉が通じないことを……。
そんなことなど、今の摩志常の脳ミソは、ガン無視なのであった。
「ここ掘れ、わんわん。がんばれ、わんわん」
楽しそうに、歌を歌いながらシャベルで穴を掘っている。摩志常の姿があった。
シャベルは、摩志常の背負っている大きなリュックサックに備え付けて、前の世界から持ち込んだ物だ。
穴を掘る手が止まると。
シャベルを振り上げ、穴の横の焼死体を横薙ぎに払うと、崩れる様に焼死体は掘った穴に落ちて行くのだった。
思いのほか、摩志常は几帳面な性格をしているのか? 焼死体の残骸を丁寧にシャベルでかき集めては、穴に落として行くのだった。
綺麗に焼死体を片付け終えると。
軽い足取りで、もう一つの死体の処理に、向かって歩きだした。
同じ様に、摩志常は歌を歌いながら、穴を掘り始めた。
「ここ掘れ、わんわん。がんばれ、わんわん」
先程と同じ様に穴が掘れたのだったが……。
「……、ん……? うーん、これって……」
穴が掘れたのはいいのだが、男の死体のサイズに対して穴のサイズが合っていなかった。
先に片付けた焼死体は脆く崩れるからと、ちゃんと考えていた、摩志常だったが。
今の摩志常は、違った。
摩志常の性格は、子供。
行動を起こす度に、心理状態も、常に変化を起こす。
最初に死体を穴に埋めて処理をすることを考えた時の摩志常の心理状態は、落ち着いた状態だった。物事を順序立てて考えて行動していた。
埋める死体は焼死体である、脆くて崩れ易い、だから、穴はそんなに大きくなくてもいい、深さもそこまで必要ない、という考えての行動だった。
だから、上手くことが運んだ。
しかし、次の行動を起こした時の摩志常の心理状況は、違っていた。
興奮した状態に陥ったまま、摩志常は行動を起こしていた。
当初の目的である死体を処理する為に穴を掘るという行為をするのではなく、穴を掘るという行為だけを勢いのままに、行なった結果だった。
摩志常のタレ目の目元が、ピク、ピク、と痙攣する様な動きをした瞬間。
「ふざけんなよ! し、死体の分際で、私の手を煩わせやがって!」
摩志常は叫びながら、シャベルを振り回し、地団駄を踏む。
こども、子供がそこにいる。
自分の思い通りにならない時に、癇癪を起こす子供だ。
この異常なまでの不安定な精神構造の原因は、摩志常の出生に大きく関係している。
「ぅ、うーがー!」
完全な八つ当たりである。
摩志常は、持っているシャベルを大きく振り上げ、死体を殴りつける。
「――!」
死体の頭部が、コロ、コロ、と転がりながら、掘った穴に落ちた。
それを見た、摩志常の目の色が変わった。それは、まさに、学者が新しい発見をした時の様な輝きをしていた。
「そうよ! 発想の転換よ! 入れる側を広げるんじゃなくて、入れる方を小さくすればいいんじゃない!」
シャベルを器用に使いながら、骨と骨の繋ぎ目にシャベルの先を押し込み、最小限の力で上手に死体を解体していく、摩志常のその姿は、職人だ。
ただ、どうしても、流石にシャベルでは、筋肉繊維を切断する程の鋭利さはない。その為、グチャ、グチャ、という粘り気のある音がどうしても出てしまう。
「…………。ハンバーグ――食べたくなってきた」
と、
呟きながら、死体処理をする摩志常であった。
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