第十五話

 私の後方から聞こえるのは、活気に満ちた人たちの歌声。

 その歌声を聞くのもそれほど嫌いではない、ただ、今は違う歌声が聞きたい。

 だって。

 違う歌声を聞くことになるとは……、思わなかった……。


 宇宙そらの真上に太陽が己の存在を地上にいるモノたちに知らしめるように、地上へ向けその光を降り注ぐ。その降り注ぐ太陽光を求めるように、上に、上に、と手を伸ばす木々たち。

 私の背後にあるコンクリートの無機とは違い、目の前に見えるのは、有機だ。

 この有機は、私の背後で可愛らしい制服姿で、華やかに舞っている蝶たちと違い。あまり、気を遣わなくていいから、楽である。

 ちょっと大きめのお弁当袋を右手に持ちながら、左手には自動販売機で購入した、中身は茶色い液体に赤いラベルが貼られてた。ペットボトルを持ちながら。

 学園校舎裏にある森林の中に入って行く。


 私の耳朶じだに掠れた声が。

 息を止め、気配を消し、掠れた声が聞こえてくる方に進んで行く。

 イヤな予感しか、しない。


 …………、…………。


 百点だ!

 女子生徒が四人目、いた。

 人、目が届かない校舎裏とかでしてほしい……、校舎裏の森林の方がもっと……。人、目が届かないか。

 森林浴も兼ねて、四人、楽しく一緒にランチタイムを楽しんでいるのなら。それは、それで、私には迷惑行為でしかない。

 知能が高かろうが、低かろが、所詮は動物。

 女子生徒、三人が。女子生徒を一人を食っていた。

 カニバリズムでも、性的な意味でないですよ! 比喩的表現です。

 イジメですね。

 ビクッ、ビクッ、と痙攣するように身体を動し、メガネのレンズ越しに見える瞳は充血し、大量の涙が今にも決壊してそうになっていた。

 女子生徒の口から出る単語の語彙力のなさ。


「死ね」「シネ」「しね」


 この娘たちは、お勉強がそれなりにできるのだから、もう少しスタイリッシュな言葉であいてを、"死"、に追いやることができないのだろうか?


 私なら。


「この世界に、あなたの物語は存在しない。あなたは、この世界に必要とされていない。消えなくはいけない、早く、いち早く、この世界からあなたは、消えなくてはならない。早く、早く」


 と言った感じになります。


 まぁ、あの語彙力で死を選ぶ人は少ないだろう。その程度で死んでいたら、世界中の人間は絶滅してる。

 地球にとっては、大変、助かる話です。

 実際は、外的刺激による恐怖心が効果を増長させているのが事実。

 それも、強い外的刺激ではなく、小さな外的刺激の繰り返し与え、死に追いやっている。

 言葉だけで人を死に追いやることをできる人間は、異能者よりもとても貴重な存在です。

 よほど、人の心理に近づいた者だけが可能とする貴重な能力。

 そんな人がいるのなら、人外の一人として、会ってみたいです。


 一人の女子生徒が、手を上げた。

 さすがの私も見て見ぬ振りをするわけにはいきません。

 だって!

 このままじゃー、私のお昼寝スポットの一つが奪われてしまうからです。

 

 四人の女子生徒の近くに五百ミリペットボトル放り投げ、大袈裟おおげさ仕草しぐさをしながら。

 

「ぺ、ペットボトルさぁーん!」


 と、言いながら。

 四人の女子生徒の前に飛び出しました。


 四人の女子生徒は、一斉に私に視線を向けきます。

 私は、今、スベった芸人さんの気分を味わっています。

 最低でも、「だれ!」とか「なんだ!」とかの言葉を発してほしかった。無言はちょっと……。

 

 はぁーっと心の中でため息つき、私から話し掛けることにした。


「だ、だいじょうぶ、で、ですか? ペ、ペットボトル、当っていませんか? す、すみません。ペットボトルを持っていた手を振っていたら、すべって飛んでちゃって!」


 私は、深々と頭を上げ下げを繰り返した。


 女子生徒の一人が、私のその姿を見て、我に返ったのだろう。慌てながら。


「だ、大丈夫よ! 天之高神あめのたかかみさん。だ、誰も当っていないから、安心して」


 引きった声になりながらも、懸命に言葉を返してきた。


「皆さんも、よく、ここでランチタイムを過ごされているのですか?」


 私は、興味深そうな顔をしながら質問した。


「わ、私たち、た、探索に来てたのよ。ほら? 天之高神さんも知っていると思うけど。初等部のときは、この森林に入っては駄目って先生方から言われていたから。中等部から……、その……」


 私にしどろもどろになりながらも、一生懸命に釈明をしている女子生徒に。私はニッコリと微笑みながら。


「わかります。私も中等部に上がってからは、"よく"、この森林に入ってるんですよ。ここでランチするが、今、私のマイブームなんですよ。あ!」


 私の少し強めの"あ! "という単語に! 三人の女子生徒の身体が、ビックと反応し、一瞬、硬直した。


中原なかはらさん、大丈夫ですか? ここに入るのなら注意した方がいいですよ。少し薄暗いから木の根に足を引っ掛けて転んでしまうんですよ。恥ずかしい話なのですが、私も何回か転んでしまって」


 サイコロを振ってやった。


「そ、そうなのよ! 歩いていたら、急に中原さんが転んだらしくて」

「やっぱり! そうでしたか。私、中原さんを保健室に案内しますね。よく保健室にお世話になっているので」


「「「え!」」」


 三人の女子生徒が、シンクロしたように同じ言葉が口から出た。

 私が不思議そう顔をし、首を傾げ、三人の女子生徒に視線を向けると。

 

「じ、じゃー。お、お願いしても……」


 三人の女子生徒たちは、とても不安そうな表情をしていた。

 保健室に中原さんを連れて行けば、養護教諭ようごきょうゆに対して傷ができた理由を尋ねられるからだ。

 でも、彼女たちが心配しているのは、中原さんのことを心配していません。

 自分たちのことを心配しているです。

   

 彼女たちの最大問題なのは、私なのですから。

 

 私が保健室に中原さんを連れて行けば、必ず、私にも理由を尋ねられる。そのときに、自分たちの名前が出ることを恐れているからです。

 私は彼女たちに安心感をプレゼントしてあげることにしました。これは、中原さんにも、一時的ですが安心感をプレゼントしたことになります。


「中原さん、保健室に案内しますね。それと、保健室の先生には、皆さんがこの森林の中に入っていたことは黙っておきますから、大丈夫ですよ! だって、私も入っているのが分かってしまうと怒られてしまいますから。中原さんも、森林の中ではなく別の場所……、そうですねぇー……。森林の前の庭園広場で、つまずいて転んだところを私が見つけたて、助けたということにして下さいね。お願いします」


 私のその言葉に、三人の女子生徒たちは微笑みながら頷いた。

 イジメの仲間ではないが、彼女たちと一時的に共犯者になった。それが彼女たちの安心感となって表れたのだろう。

 中原さんも、私のその提案に反論することなく。静かに頭を縦に振ると。

 三人の女子生徒たちから、早く離れたい気持ちを抑えながら。ゆっくりと私に向かって歩いてくる。素人から見ても、足の傷は擦り傷、歩行するには問題ない。

 中原さんは、私の側に来ると。頑張って作り笑顔しながら。


「ありがとう」

「少しだけ我慢して下さい。では、保健室に案内しますね」


 私は、中原さんを連れて、保健室に向かうのだった。

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