第一章「日常という非日常」

第一話

 深夜二時の街中を自転車で走るのは、なかなかに気持ちいいものだ。

 五月とはいえ深夜の時間帯は気温が下る。少し厚着をして自転車に乗っているので体温が上昇していくなか、顔にあたる冷たい風がとても心地よい。

 そう、これは、あれだ。

 冬に暖房の効いた部屋の中でこたつに入りながら、アイスクリームを食べている感覚に近い。

 ちなみに私は冬にアイスクリームを食べる場合は、好んでラムレーズンを食べますよ。それは、冬限定だからです。

 皆様もご存知かと思いますが。ラムレーズンにはラム酒が入っているために、通常のアイスクリームよりも溶けやすくなってしまうらしいのです。

 そして、私はいつも。このラムレーズンアイスを食べながら思うのです。

 このラムレーズンアイスを考案した人物は、天才じゃないのかと。

 アイスといえば! 夏! 熱い火照った身体をアイスで冷やすという常識をぶっ壊した人物。私にとってはこの人物は、天才としか思えない。

 それは、このラムレーズンを作った人物が先見の眼があったと私は思っているからだ。

 なぜなら、暖房の効いた部屋でこたつに入りながら、アイスクリームを食べるという。この最高のシチュエーションを予想していたとすれば。

 天才でしかない。


 そんなことを考えている間に、クライアントさんが私の視界に入ってきた。

 

 あ、そうそう。冬、以外はチョコミントアイスがメインですよ。私は。


 

 深夜の二時、月明かりと街頭の明かりだけだというのに、黒光りしている二台の高級自動車が。"関係者以外立ち入り禁止"と掲げられた看板の前に横付けされていた。

 私はその黒光りする高級自動車を見ながら。

 どんな塗装コーティングしたら。こんなにテカテカにできるのだろう? と思いながら私は自転車を二台止まっている最後尾の自動車の後ろに止めた。

 私は盗難防止のために、自転車の後輪と関係者立ち入り禁止と掲げられている鉄柵にチェーンを絡ませ終えると。

  

 あらあら不思議なことに、前方の車から屈強な男が四人降りてきた。

 ダークカラーのスーツにシンプルな青いネクタイ。どんな鈍感な一般人でもヤバイと気づくだろう。その雰囲気に私じゃなかったら逃げるか、チビッてるだろうな。

 そして、私にとっていつものテンプレ展開が……。


「おい!」


 "おい! "とは。失礼な私はあなた方の雇い主さんからの依頼で来た者なんですけどね。と心の中で思いながらも営業スマイルをする。私、偉いぞ! というか……。この屈強な男よりも怖い者を知っているからである。


 それは……。

 

 両親と小遣い減額である。


 そうしている間に威圧感をタレ流しながら四人の男たちは、私に近づいてくる。

 私は、うりうりうり坊のイラストが印刷された名刺ケースから名刺を一枚取り出し挨拶をした。

 そうそう、"うりうりうり坊"とは。いま、私のお気に入りのキャラクターです。猪の子供のことを"うり坊"と呼びます。それに食用のマクワウリを合体させたキャラクターです。

 百パーセントと皆さん知らないと思います。超、超、マイナーなキャラクターですから。

 

「初めまして。わたくし、有限会社・『黄昏たそがれ』の『天之高神あめのたかかみ摩志常ましとこ』と申します。この度は弊社に、ご依頼頂きありがとうございます」

「……、……」


 私が名刺を差し出すと屈強な四人の男たちは沈黙してしまった。この状況も私にとってはテンプレである。

 依頼で来た人間が女子中学生だったら誰でも驚くだろう。まぁ、子役さん募集とかで私が来たのなら問題ないのだろうが。逆に子役募集で年配の人が来たら驚くのと同じだと思う……、たぶん……。

 

 男の一人が私の差し出した名刺を両手で丁寧に受け取ってくれた。見た目よりもいい人だった。私が名刺を出すと片手で受け取る人間が多い、外見からして仕方ないことではある。私も見た目で判断してしまっていたことに、ちょっと反省した。

 でも、やっぱり。第一印象は大事である。


「少々、お待ち下さい」


 男性は私に一礼すると。私の真横に止まっている黒塗り高級自動車の運転席をノックした。運転席の窓が下りて運転手と何か話をした後。

 三十秒も経たないうちに、私の真横のスモークが貼られた窓が下ろされた。

 クライアントさんの登場である。


「失礼しました」


 まさかの謝罪の言葉を聞くことになるとは、思ってもみなかった。

 だいたい。私を最初に見た人は横柄おうへいな態度で終わる人が多い。第一印象は百点満点といったところだろう。追加注文できるのであれば、車から降りて挨拶をしてくれると尚良なおよしだ。

 ただし! 第一印象が百点満点だからといって、人として百点満点か? というのは違うので。そこはしっかりと注意をすること。


 ここは私もいい印象をクライアントさんにと。

 頑張って微笑みながら。


「どうぞ、お気になさらないでください」

 

 私はそう言いながら、この男性を観察した。

 年齢は五十代前後、男性、ハイブランドスーツ、身長はそれなりに体系も五十代にしてはスラッとしている。

 経済雑誌の一面で取り上げられている。カッコいいタイプのお偉いさんって感じだ。

 昔はそれなりにモテただろう。いや……、今でも十分にモテるだろう。

 でも、私のタイプではない。それに私は女の子が好みである。

 そんなことを考えながら私はクライアントとの男性の観察を続けていると。

 クライアントとの男性と視線が合った瞬間! 彼の顔は厳しい経営者の表情に変わり。


「あなたの実力を見せていただけますか?」

「じ、じつりょく、ですか……」


 難しいことを言ってきたなぁー。実力を見せろ……か……。

 このクライアントの男性は、私のことを信用していないわけではない。ママの会社に依頼をしてくる人だ、ママの会社がどんな仕事を請け負っている会社か知っているはず。

 彼は見たいのだろう。異能の力、人を超えし者、この世界でも少数の人しか知らない本当の真実を。


「わかりました。では、すみませんが。あなたが胸に隠し持っている物で、私を撃ってください」


 私に指名された男性は、たじろぐ。

 その反応は正しい。女子中学生に"持っている拳銃で私を撃ってください"と言われて動揺しない人間がいたら。それはそれで、正しい。

 私に指名された男性は、自分のボスであるクライアントの男性に視線を向けて判断を仰いだ。

 クライアントの男性は躊躇ちゅうちょすることなく、縦に頭を振った。

 

 いや、そこは! 私に指名された男性みたいに、ちょっとは躊躇しろよと思いながら。経営者って怖いわぁーとも思った。

 これが世に聞く、ブラック企業だ。と思いながらも……。

 ママの会社もブラック企業である。中学生の私を深夜の時間帯に働かしているのだから労働基準法違反である。だたし、お給料は高いとは……言えないかな……。

 現状の状態から薄々勘付いている人はいると思いますが……。ハイリスク・ハイリターンです。


 ボスの了承を得た男性は、胸から拳銃を取り出した。

 先に断っておきますが。なんて名前の拳銃か知りませんよ、ガンマニアではないので。

 しかし、男性は私に向けて拳銃を構えることをしませんでした。人を殺すことが怖い? そんなことはないだろう。本当に人を殺すことが怖いと感じたのなら、拳銃を取り出すことはしない。

 彼は拳銃の発砲音が気になっているのだろうと、そう感じた私は。


「大丈夫ですよ。『幽冥界かくりよ』という結界を張ってあるので。発砲音は問題ありません。たぶん……」

 

 ママ、適当に仕事してるときあるからなぁー。一応、私が渡した名刺にも幽冥界結界の印を刻んであるんだけど。私、これ得意じゃないから効果は……。

 

「……、……」


 私が拳銃を撃つように指定した男性は銃口を地面に向けたまま立っていた。信じられないのだろう。"幽冥界かくりよ"、"結界"。彼の脳みそはフル稼働しているだろう。このサイエンス・フィクションよりもスペキュレーティブ・フィクションな状況に。

 私は彼のフル稼働している脳みそを休ませてあげることにした。


「そうですねぇー。ちょど今日は雲がなく、とてもいい天気です。お月見するには最高です。では、今、お月様は何色に見えますか?」


 私の質問に彼の頭上にクエッション・マークが出ているのが解る。それでも彼はなかなかに素直な性格らしい。私の背後にある月を見ると……、次は! 彼の頭上にエクスクラメーション・マークが出た。


「赤色です……」

「理解していただけましたか?」


 彼は一回、うなずくと。下に向けていた銃口を私に向けてくれた。

 そして、彼は拳銃のトリガーを引いた。

 "パン"と乾いた音が響き渡る。

 私の右手の中に、小さな塊がある。

 クライアントの男性に私が右手の中にある物を見せ、私は。

 

「ご納得されましたか?」

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