第104話 居合

 王都から『剣聖』のミルズを招いたのはすぐに大きな話題になった。教えを受けたいと連日のように誰かがやってくる。ミルズさんは嫌がる様子もなく来た者、全員に指導をしてくれている。


「こんな熱心に教えを求められるのは久しぶりです」


「アルカディアには剣技の指導者がいませんので」


 もちろん、自分も一緒に教えてもらう。長城に向けての作戦行動中なのでアルカディア村にずっといる事は出来ない。ミルズさんは常に自分に同行して特訓をしてくれる。


「ミルズさん、いいんですか? 戦闘にまで参加してもらって……客人なのに」


「ははは。私もいい運動になりますし、実戦の中でしか教えれない事もあります。とても楽しいですし充実しています。お礼を言いたいくらいです。また活躍出来て、平和の為に戦える日が来て、若者達に指導も出来る。私はアルカディア国に移住したいくらいです」


「いつでも歓迎しますよ」


「アルカディアに必要なのは指導者ですね。私は剣技を伝えるだけではなく指導者を育てたい。指導者がいれば剣技が廃れる事なく、後の世代に引き継がれていくはずです」


 今までは個人で訓練していたからな。アルカディアの未来の為には学ぶ所が必要だ。アルカディアは発展していく中で多くの事を学んだ。それを子供達に伝えなくてはいけない。


「剣技だけに限らないかもしれませんね。農業、漁業、狩猟、建築、医術……伝えないといけない事は数えきれない程ある気がします」


 今は戦いの最中だから取り掛かるのは無理だ。だが、指導者の育成は重要だ。ファリスに相談して戦い方の指導者を各村毎で育成する事にしてもらった。人選にはミルズさんにも加わってもらった。


 強いだけでは指導者にはなれない


 弱くても指導者に向いている場合もある


 

 各村から選ばれた者が自分に同行する形でミルズさんから指導者としての教育を受ける。


「これだけ集まると王の近衛兵にも見えますね。ついでなので護衛に関しても教えましょう」


 事のついでとミルズさんは全ての知識を伝えてくれる。


 さらにミルズさんの推薦で同行者が増える事になった。


「1番危険なのは『初見』の技です。見た事の無い技にはどうしても対応が遅くなります。これから東の国の者達と直に戦う事があるでしょう。彼等は独特な剣技を使います。幸運な事にアルカディアには東の国の剣技を使える者がいます。手合わせする事で慣れておけば対応が出来ます」


 アオイが剣技の練習相手として同行してくれる事になった。


「アオイ、大丈夫なのかい? 鍛治の仕事に追われて戦いからは遠ざかっているんだろ?」


「そんな事はないわ。実戦には参加していないけどダンジョンで訓練はしてたのよ。時間がある時にはジェロにも相手をしてもらって鍛えてあるわよ」


 かなり自信があるみたいだ。東の国の剣技を披露してもらう事になった。


「ファリスから言われているんだけど、私の事は内密にね。東の国の剣技が使える事は機密事項だそうよ。あくまで鍛治仕事をする為に同行している事にして欲しいそうよ」


 人の身長程の長さがある太い丸太が地面に刺された。


 アオイは腰に刀を装備している。東の国でよく用いられている武器だ。刀身は鞘に収められている。


「今から居合切りをやるわね」


 そう言ってアオイは体を低く沈めた。刀は鞘に収められたままだ。


「変わった構えだな。剣を抜かないとは……」


 あれでは間合いが分かりにくい。


 アオイが集中しているのが伝わってくる。


 一瞬! アオイが動いたと思ったら


 ドン!


 太い丸太が真っ二つになってしまった。


「え?!」


 もうアオイの刀は鞘に収まっている……



「ふぅーー これが居合切りよ。一太刀で仕留められない時には二の太刀、三の太刀を繰り出すわ。でも基本は一撃必殺よ」


 あの細い刀で太い丸太を真っ二つに出来るとは……恐ろしい威力だな。


「抜刀してないからと油断して近づけば一瞬で体が真っ二つになるわよ」


 ミルズさんの言う通りだ。これを初見で防ぐのは難しいだろう。間合いが計りにくいし、恐ろしく攻撃が素早く威力も抜群だ。


 しかし……1番の驚きはアオイだ。


 アルカディア国の武器や農具、建築資材を1人で作り、剣技の鍛錬まで怠らずにいたとは……


 あの居合切りは日々鍛錬していなければ出来ない程の技の切れ、威力だった。


 アオイの努力が多くの者の命を救うかもしれない


 練習用の木刀に持ち替えて早速、打ち合いを始めた。やはり1度見ただけでもかなり違う。実際に打ち合うとさらに違う。


 ミルズさんが隣りに来て話しかけてきた。


「ナック様、アオイの剣技に驚いてばかりではいけません。周りを良く見て下さい」


 アオイと打ち合う者だけを見ていたが、その周りには選ばれた指導者候補達が真剣な表情でアオイの動き、それに対応する者の動きを分析していた。


「さすが選ばれた者達です。何も言わなくても研究をしています」


 アオイの真似をして居合切りを使っている者もいた。それにどう対応するか意見を交わしている者もいる。


「ここで得た知識、経験を各村に持ち帰って指導、訓練すればこれからの戦いはかなり有利に進めれる事が出来ます」


 これがアルカディアの強さだ


 個々の強さも増してはいるが……


 皆で向上しようと努力する事が自然に出来る


 この事が今のアルカディアの強さに繋がっている


 誰が言い出す訳でもなく


 誰かに強要されてやる訳でもなく


 自分達であるべき姿を常に追い求めている


 強くなる


 もっともっとアルカディアは強くなる


どんな小さな事からもアルカディアは学ぼうとする


 そして理想の形を追い求め 


 努力して


 実現していく


 これこそ 理想郷 アルカディアの真骨頂


 小さな国の大きな力だ

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