第74話 恐ろしい酔っ払い
久しぶりに商人ルドネがやってきた。これ程待った事はない。
館の会議室でファリス、ルナ、ビッケ、セレスと一緒に話を聞く。
「大変遅くなり申し訳ありません。西の領地でも緊張が増して通り抜ける事も出来ませんでした。今はかなり良くなっています」
「危険な状況で来てくれただけで有難いです」
「はい。まず北の領地ですが独立を宣言しました」
「ええ、東の国に行く事が出来ずにすぐに知りました」
「なるほど。独立を宣言した為、東の国との停戦が無関係の国になって東の国が攻め入りました。正確に言うと独立する以前から東の国の者が領内に潜入していた模様です」
「確かに東の国の者が大勢いました。兵になるならと受け入れていた様です」
逃げた者と乗っ取ろうとしている者を見分ける事など出来ないぞ。
「愚かな事です……全て策略でしょう。東の国が攻め入った後を追う形で魔物の軍勢も長城の門を抜けました」
「では今、長城の門は開いている?」
長城の門は誰も守っていないではないか!
「はい……大変深刻な事態です。北の領主は東の国の王を名乗る者に討たれました。北の領地は東の国という事になります。領地の大半は魔物に占拠されています。北部の城の周囲だけを東の国の者が支配している様です」
「門を閉めて防衛しなければ……なんて事をしてくれたんだ……」
「北の領地を切り捨てて新たな長城を築く計画が動き出しています」
時間がかかり過ぎる。今すぐ門を閉めに行くべきじゃないか。なぜそうしない?
「北の領地の独立など認められる訳がない。東の国の王は奪っただけだ。領地を返すべきだな」
「本来ならそうですが……既成事実でもう居座ってしまっています。どうも正当な東の国の王らしいのです」
そんな事をする時点でまともな王ではない。自分の国を捨ててこちらに来て、更に門まで守らず放置しているとは……
「東の国は滅んだのか……魔物の国になってしました?」
「それは分かりません。他の者が王になったのかもしれません」
どうしようも無いな……とにかく防御を固めて魔物から国を守るしかない。
「停戦条約はまだ継続しています……ただ、門を閉める方法がひとつだけあります……」
まさか……
「東の国を討って頂きたいそうです。アルカディア国に……」
「それは……無理です。そこまでの戦力も無いし、他国に攻め込むなどアルカディア国は望みません」
みんな黙って話を聞いて深く考えている。
門を閉じ、守るだけならどうだ? アルカディアの国力であの長城を守り切れるか? 長城まではかなりの距離がある。補給は継続できるか? 東の国に攻められたらどうする?
どう考えても無理だ
「アルカディア国には他国で戦線を維持するだけの戦力が無い。守るだけで精一杯です」
「出来る人がいるそうです……私は存じませんが……」
自分には無理だ。ザッジ、ビッケ、最高の戦力で挑んでも無理だ。
あの人か……
名前を知らないあの人しかいないな……
ルナの方を見ると目が合った。同じ事を考えていた様だ。
「母はワインがとても好きで、ごく稀に悪酔いする事があるわ」
ルナが深刻な顔で話を始めた。
「その時、こう言ったのを今でも覚えているわ。『今から王都を火の海にしてこようかしら』って」
「恐ろしい事を言うな……出来そうで怖いぞ……」
「母は例え酔っても出来ない事なんて言わないわ。私も怖い事を言わないでって言ったわ」
「そしたらどう答えたんだい?」
「『火の海だと後始末が大変そうだから、氷の海の方がいいかしら』って言っていたわ」
……恐ろしい人だ……
そんな人に頼むのはやめた方がいい
「とても頼めない……」
「ええ、私も反対だわ。誰が代償を払うの? 必ず対価を求められるわ。家族にすら名前を明かさない様な魔法使いに重大な物事を依頼するには相当な覚悟が必要よ。命でも足りないかもしれないわ」
何を求められるのか想像も出来ない
絶対に駄目なのだけは間違いない
「状況は理解出来たし、他に方法があるかもしれない。すぐに結論を出さずにもう少し検討してみよう。アルカディア国は他国に攻め込まない。これを変える事は絶対に無い」
西の領地を支援するだけでも大変だ。今も北側はクレアに守ってもらっている。隣り村を拠点にしているオークを撃退するのが当面の目標だ。それより北に行くなんて……
「時間をかけてしっかり準備しよう。それから少しずつ出来る事をしようか。焦って動いても危険なだけだ」
みんなが頷いて賛同してくれた。アルカディア国は確実に力を上げている。内政は万全だ。今の流れを大事にしたい。ここで慌てておかしな事をしたら今まで積み重ねてきた事が無駄になってしまう。
「ルドネさん、アルカディア国はしばらく動けませんとお伝え下さい」
「分かりました。まだ王都も混乱しています。あまりに状況が変わりすぎていて常に対応に追われています」
「オークは抑えているんですよね?」
「もちろんです。現在は北の領地にしかオークは居ません」
問題は今後だな……
「オークに対応する為、みんなレベル10以上を目指そう。もちろん内政も変わらずしっかりしないといけない」
北に戻ってみんなを鍛えるぞ。自分ももっと鍛えないとな。ナイトっぽい事が出来そうだしロードもレベル10まで頑張るか。
しばらくは訓練漬けだな
館を出発する前に『付与』をどうするのかも相談しないといけない。
「錬金術の付与が出来るようになったんだ。上手く利用すれば戦力が上がると思う。まだどんなものか調べていないけどね」
「おお! 付与ですか! 属性、魔法、スキル等を装備やアイテムに付け加える事が出来るスキルです。スクロールがあれば可能ですよ」
商人ルドネは詳しいようだ。魔法のスクロールしかないな。
「スクロールを手に入れないといけないな。どうやるんですか?」
「基本的には書き写しです。上質な羊皮紙に上質なインクで本の内容を写せばいいはずです。とても手間がかかるのでかなり高価です」
「ファリス、そういう本はあるのかい?」
「いえ……恐らく国宝級の本なのでありません。魔術具の本と同じレベルの本ですね」
「魔法のスクロールも写せばいいんですか?」
「はい。ただ普通の者には写す事は出来ません。高い魔力と豊富な知識がないと無理なんです。付与に使える本を入手して来ます。魔法以外ならナック様でも写す事が出来るはずです。本が無理でもスクロールならすぐに幾つかは入手出来ます。それを写せば増やせます」
なるほどな 魔法のスクロールだって誰かが作っているんだ。
でもこういう仕事ってファリス向きじゃないか?
ちょっと写してみてもらうかな
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