第56話 新たな隣人

 マスタールームにビッケが遊びに来た。


 ビッケは海産物の確保に全力で当たってくれていたので超多忙だったが、『舟』と干物工房の完成により元の生活を取り戻しつつあった。

 

 ヒナに設計を依頼した舟をザッジ達が木工工房で作ってくれた。人が2人乗る事が出来る小型の舟だ。この舟で少し沖の漁場で釣りをすると面白いように魚が釣れてしまう。海が少し荒れたら出船は出来ないが、漁獲量が格段に増したし、陸からでは釣れない種類の魚も釣れる様になり釣り人に大人気だ。舟は一艘しかないので常に予約で一杯だった。

 波がほとんどない入江に港を作る案まで浮上してきた。特に反対する必要もないので好きにしてもらっている。

 

 干物工房では年配の女性が多数働いている。力仕事ではないし、昔はみんな狩りをしていたから解体に慣れているので上手に魚を捌ける。

 

 なぜか全く若い女性はいない


 干物工房で作られる『塩』はとても好評で、ビッケとファリスが一緒に作業をして改善を重ねていた。干物の他の海産物加工品を女性達がアイデアを出し合って考案していて、海藻や貝も上手く利用出来る様になってきた。

 

 

 

 ビッケはおかしな羊娘を見ても、特に驚く事も無く普通に接している。モフモフが服なのか体なのか気になるらしく、触ろうとして羊娘に怒られていた。モフモフは服ではなく体らしい。


「ダンジョンについての質問なら答えれるんだよね?」


「もちろんよ。私はダンジョンの一部だからね!」


 おかしな羊娘は自信満々だが大丈夫だろうか……ビッケが怒るのは見た事が無いがコイツの言動はとてもヤバイからな……


「ダンジョンの中に城を作れるかな?」


「当然作れるわ。設計図と大量のダンジョンポイントがあればいいだけね!」


 ダンジョンの中に城だって? そんな物が出来るのか……全く無かった発想だ。ビッケの戦闘に関する発想力には時々驚かせられる。


「ナック兄、城を守ったり攻める練習がしたいなー この前はお城が見れなかったから、どんな感じなのか知りたいんだ」


「魔物に城を守らせる事が出来るんだろうか。城の守りは投石や弓が基本だがゴブリンに出来るのか?」


「当然出来るわ! 投石は城の設計図に石置き場を書けば勝手にそこから石を持っていって使用するわ。弓はゴブリンのジョブを狩人にするのと、ゴブリン用の装備として弓と矢、矢筒の設計図があればいいだけね。ただ、普通のゴブリンよりもダンジョンポイントを多く消費するけどね」


 おいおい……そんな事まで出来るのかよ。弓は危ないじゃないか


「凄いねー ゴブリンのジョブは他に何が選べるのかな?」


 ビッケはかなり興味があるみたいで、目を輝かせて羊娘に質問している。


「戦士、シーフ、モンク、テイマー、魔法使いね」


「魔法使いだって? 何の魔法を使うんだ?」


「初級魔法は使えるわ。でも魔法のスクロールを魔石に吸わせないと駄目よ。1個吸わせるだけでいいわ。ダンジョンポイントは魔法使いが1番高いけどね。でも凄いでしょ!」


 ゴブリンが魔法を使うのを全く想像出来ない。威力が高いと危ないし回復魔法を使われたら厄介だし、状態異常魔法何か使われたら最悪だ。


「ゴブリンがもの凄く強くないか? 危険じゃないか」


「答えられないわね。ゴブリンが使う魔法は一体毎に設計図に書き込む必要があるわ。レベル9なら魔法を2個、設定可能よ。レベル4以下は1個だけね」


 魔法使いのゴブリンが強いとか弓ゴブリンが危険とかは羊娘には分からないか……全ての初級魔法を使われたら恐ろしく厄介だが、1、2個なら何とか対応出来るか。


「城をダンジョンに作ったら魔力の消費が増え過ぎないか?」


「土以外の構造物維持には魔力が必要よ。作る規模にもよるけど確実に大赤字ね! でも対策はあるわ。誰かが部屋に入った時だけ出現させれば節約可能よ」


 そんなに都合よく出したり、消したり出来るのか!


「……入る度に違う部屋にする事は可能か?」


「可能ね。1度作った部屋は記憶されているからランダムに呼び出すだけだわ」


 ジェロに指摘されたワンパターンも解消出来るな。羊娘の言う様に今まで全くダンジョンを上手に利用出来ていなかったみたいだ。


「ビッケ、あまりに出来る事が多すぎてとても俺だけの手には負えない。ザッジ、ファリス、ジェロとダンジョンで効率良くみんなが訓練出来る様に考えてくれないか? やっぱり俺は戦闘には向かない。全くビッケの様な発想が出て来ないんだ」


「いいよー 設計図が必要だけどヒナ姉に頼んでもいいのかな?」


「ヒナは身重だし舟の設計でも無理を頼んだから、しばらくヒナ抜きでやっていこう。魔力を必ず黒字で運営する事だけは守ってほしいんだ。アルカディアを滅ぼす訳にはいかないからな」


 西の領地が荒れていたのはダンジョンの使い過ぎが原因かものしれないな。領地全体のあらゆる力を吸い取り、土地だけではなく住む人々の体調にまで悪影響を及ぼしていた可能性もある。

 ビッケには悪いけど城は無理だな……どう考えても魔力を使い過ぎるし、あまり必要性がない。だけど、国を守りたいという気持ちを無駄にする訳にはいかない。可能な事はやらせてあげよう。

 その為にはアルカディアで正のサイクルを回さないといけない。

 

 戦いが苦手な分、そちらで頑張ろう



 商人ルドネが館にやって来て面会を求めてきた。重要な情報を得たそうだ。


「ナック様、新たな西の領主がアストレーア様に決まりました」


「え?! アストレーア? あの人は錬金術師だったんですか?」


 領主は錬金術師しかなれないはずだ。


「違います。反乱をごく少人数で鎮圧した功績により特例として認められました。錬金術師はギルドから王の信頼が厚い者が数名派遣されるそうです。それだけではございません。援軍を出さなかった西隣りの領地の3分の2がアストレーア様の領地となります」


 思い切った事をしたな……いいタイミングだ。誰も文句が言えないだろうな。アストレーアはほぼ2つの領地を持つ事になる。かなりの大領地になるんじゃないか。


「北の領地はどうなったんですか? 西を援助していたはずです」


 当然、問題になるはずだ。北が援助しなければ西は身動き出来ない状況だっただろう。


「食料が不足しているから助けて欲しいと言われ、人道的に援助していただけで、ゴブリンのエサになるとは知らなかったと言っているそうです。しかも、反乱の鎮圧に向かおうとしたけど、領内で暴動が発生した為に動けなかったと主張したそうです。結局は処罰の対象にする事が出来なかったようです」


 どう考えても嘘だが証拠が無ければ処罰出来ないか……


 証拠を残さないように徹底していたのなら相当に厄介な領主だぞ……


 だが、西の領主がアストレーアに決まったのは大きいな。今までの経緯を考えても良い協力関係を築けそうだ。


「避難して来た人にもこの件は知らせても良いのでしょうか?」


 アストレーアの治める領地なら今までみたいに悪い事にはならないだろう。早く戻りたい者も多いかもしれない。


「大丈夫です。正式な発表はまだですが確かな情報ですし、間もなく準備を整えられたアストレーア様が領地に入られると思います」


 避難民はみんなテント暮らしだ。辛い生活だっただろう。これで元の生活に戻れるな。

 落ち着いてきたし、内政を頑張らないとな。


「ルドネさん、あなたは今まで様々な領地を見てきたはずです。アルカディア国がこれからより良くなる為に足りない事はなんでしょうか? ぜひ助言を頂きたい」


「そうですね……アルカディア国には娯楽が少ないのでは無いでしょうか? 遊んだり、楽しんだりする所があまり無い様に思います」


「例えばどんな所でしょうか? 王都に行った時は遊ぶ余裕など無かったので知らないのです」


「どの街や村に行っても必ず酒場があります。酒場が賑わっていない所は領地も活気がありませんね。後は……アルカディア国にはお金が存在しませんので贅沢が出来ません。たまには贅沢な気分を味わうのもいいのでは無いでしょうか? 例えば国民用の良い宿を作って普段と違う体験をさせてあげるのも面白そうです」


 酒場と宿か……確かにみんな働いてばかりであまり楽しみが無いな。

 試しに食堂でお酒を提供してみるかな。


「村長が葡萄酒の愛好家なので葡萄酒はあるのですが、個人的に営んでいる物なので国には酒がありません。酒の仕入れを頼めますか? いずれ自国で作るにしてもすぐには無理なので」


「もちろんです。アルカディア国は交換出来る商品がどんどん増えています。それに、食料に困っている領地が多い中、アルカディア国は避難民を抱えても安定して食料を確保していますので食料と交換も考えられます」


 アルカディアが食料を輸出するのか! 今まで隣国にいろんな物を調達しに行っていたがこれからは逆になるかもしれないな。

 

 これはみんなの頑張りだ


 頑張った人達にはご褒美があってもいいよな


 国民の楽しみを作り出すのも面白そうだ

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