第43話 方向転換

 アルカディア国は内政重視へと大きく政策転換した。

 元々がみんな農民なのだから自然な流れではあった。結婚や出産をする者の為に家の新築、増改築を支援する事になった。

 アルカディア村民が元の暮らしに戻っていく一方で、フロンティア村民は農業が馴染めずにいた。農業より工房で働く事により食料をもらいたいと申し出があった。アルカディアには無い考え方ではあったが新たな試みとしてやってみる事にした。

 ただ、セレスだけ農業を続けたいと考えているらしく、デミールさんのグループに入ってもらって一緒に農業をやってもらう事にした。


 犯罪者の羊ハンターが暗躍した事により、アルカディア国の抱えている大きな課題が浮き彫りになった。人口に比べて国土が広すぎるのだ。広いといっても王都の小さな領地と比べても10分の1の広さも無いのだが、国土のほとんどが深い森に覆われていて、犯罪者が潜んでいても全く分からないのだ。

 特にハンターがいた西側は警戒する必要がある。西の砦からさらに西へ馬車が通れる広さの道を伸ばし、小さな砦を築いていく事にした。

 国土全体をしっかり把握し、道を整備して要所に砦を築く。道が良くて移動に馬を使えればなんとか監視が行き届くはずだ。


 商人ルドネがやって来て、フロンティア村民の移動制限を解除していいと連絡を受けた。ただし、隣国へ戻った場合は死罪なのは変わらない。ほとんどの者が工房で働く予定だと教えた。


「ナック様、先日、引き渡された錬金術師ですが多額の賞金の賭けられた賞金首の者です。しかも、生け捕りにされたのでさらに賞金が増額されます。どの様な形で支払えば良いかお聞きして来るよう言われています」


 賞金か……金を貰っても使い道が無いしな。とはいえ欲しい物も無くなってきた。困ったな……


「正直に言うと欲しい物がありません。あえて言えば物ではありませんが情報が欲しい。国境を接する北と西の領主とその領地に関する情報が必要です。こちらは関わるつもりが無くても向こうがどう考えているか分からない」


 情報が無い事は恐ろしい事だ。少しでも多くの情報を得ておく事は重要で国防にも繋がる。


「情報ですか……では私が賞金で人を雇って情報を集めさせましょう。ただ、それでも全く使いきれない大金が残ります。そのお金はアルカディア国に移民を希望する者の支援に使うのはいかがですか? アルカディア国に興味があってもここまで来れない者が多いのです」


 なるほど。いい考えだな。今まで金を使った事が無いからどう使えばいいのか全く思いつかない。


「賞金の使い方はあなたに任せます。ハーブの種の時みたいに私財を投入しない様に。あなたも働いた分の報酬を賞金から貰って下さい」


「ナック様、あなたは本当に面白い方だ。ただの商人に大金を自由に運用させてくれる王など他にいません。必ずや期待にお応えしましょう」


 ただ任せただけなんだけど……まあいいや。やっとフロンティア村民も自由になったし、情報も手に入るだろう。

 移民用の居住地をフロンティア村に増設して行くかな。フロンティア村を切り拓いた時に出た木材もまだ使っていないし、アルカディア村は人口が増えていくだろうしな。


「そういえばアオイが弟子を取った様ですね。先程、店に顔を出したら熱心に指導していました」


 弟子? そんな話は聞いた事がないぞ。鍛治に興味のありそうな者も思い浮かばない。


「ジェロという名のとても体格の良い青年で防具を専門に作りたいと言っていました。あの力で防具を作れば良い物が出来そうです」


 アイツ……アオイが防具をあまり熱心に作らないから、自分で作って何とかするつもりだな。ちょっと見に行くか。

 商人ルドネはフロンティア村の様子を見てからすぐに出発するそうだ。少しはゆっくりすればいいのに忙しい人だ。


 アオイの店に行くと本当にジェロが楽しそうに板金作業をしていた。


「おい、ジェロ。お前ここで働くのか?」


「ん? ナックいたのか。試しにやってみたら面白くってな。それよりもこの鉄の塊……インゴットだったか、これお前が作っているんだってな」


「ああ、そうだが?」


「ふーん、いろんな物が作れるんだな。薬だけじゃないのか。じゃあ、何とかして色をつけろ。騎士の鎧はみんな綺麗な色がついているぜ。こんな地味な鉄の色ではいくら上手に作っても意味がない。綺麗な色の塗料か金属を作れよ」


 おかしな注文が入ったぞ……色なんて無くてもいいじゃないか


「今、色はどうでもいいと思っただろう? 馬鹿かお前? 色を塗る事で金属の錆を防ぐ効果があるし、特別な性能が増えて防御力が上がる事もあるらしいぜ。とにかく用意しろ。お前なら出来るってアオイが言っているぜ」


 アオイめ。余計な事を……


 知らないふりをして武器を作ってやがる。


 良い効果があると言われればやるしか無いじゃないか。


 厄介なヤツが来た……


 コイツには誤魔化しが通用しないからな。

 



 新兵の受け皿としてアルカディア国、独自の騎士団を結成する事にしたのだが、ザッジにしばらく休みたいと言われてしまったので自分とルナで移民達に戦い方を教える事になった。

 西の砦まで馬で移動して矢を射る練習と狩りをして実戦経験を積むことにした。西の砦は襲って来るゴブリンがもういないので普段は無人だから砦の手入れも行う。

 西の砦周辺は少しずつ羊の数が増えてきている様だ。逆にアルカディア村とフロンティア村の周辺では羊が全くいなくなった。開発が進んで魔物の生息地が変化してきたようだ。狼や熊も増えてくると思うが魔物の乱獲には注意しないといけない。又、ゴブリンだけが増えるような事態になりかねないからだ。


「今日は羊を狩って、ここで解体のやり方をルナに教えてもらおう」


「「「 え…… 」」」


 フロンティア村民から小さな呟きが聞こえた。アルカディア村では解体が出来なければ狩りが出来る事にはならない。しっかり処理をして美味しく食べる。それが当たり前なのだ。


「どうしても無理な者は見なくてもいいが、食べる為に生き物を殺せば必ずやらないといけない事だよ。処理した羊はフロンティア村に持って帰って、料理や保存食の作り方を教えるからね」


「私、やるわ」


 フロンティア村民のセレスがしっかりこちらを見つめて伝えてきた。

 まずは羊を探す事からだ。矢倉に登って砦の周りを索敵してもらい、3人1組で倒す。羊の数が増えてきたので砦の周囲でも何とか見つける事が出来る。

 

「羊の攻撃は頭突きだけだ。盾をしっかり構えて囲んで攻撃すれば大丈夫だ。焦らず動きを見て、落ち着いて戦ってみてくれ」


 みんな、初の実戦だけど簡単な訓練はしてあるし、武器も防具も初心者とは思えない良い物だ。騎士の基本装備である片手剣と盾を使ってもらう。実戦で弓を使うのは戦いに慣れてから方がいい。味方に当たる可能性があるからな。

 自分とルナが補助について羊を倒して砦に運んできた。戦闘は初めてにしては教えた通りに出来ていた。

 ルナに解体の手本を解説付きでやってもらうと、あまりに手際が良いので気分が悪くなるどころか、清々しいくらいの表情で見学している。実際に自分でやってみるとかなり大変なんだけどね……


 ルナに教えてもらいながらセレスが必死になって解体している。


「何をやるにも大変だわ……」


 そうだ。それがこの土地で生きるという事だ。全てを上手にこなす必要はないが知っておかないといけない。農作物を育てる苦労、狩りをする厳しさ。知らなかっただけだ。


 今までだって誰かがやっていたんだ


 ここでは全て自分でやる。誰かなどいない。確かに村民同士で協力して支え合っているが基本は自分だ。


 フロンティア村で羊を美味しく食べてアルカディア村に帰った。


 夜遅くなってしまったけど館の食堂でルナとお茶を飲ませてもらう。


「フロンティア村の人達、どうなるかと思ったけど少しずつ慣れてきたみたいで良かったわ」


 今日は特製睡眠薬の入っていない、普通のハーブ茶を飲んでいる。香りはとても良い。


「セレスという女性はとても強い人ね。あの人だけ何か他の人と違う感じがするわ」


 セレスのジョブが『聖女』である事は自分とファリスしか知らない。今は恐らく農民だし、狩りを頑張れば戦士か狩人に変わるだろう。


「いろんな事に挑戦してみればいいさ。ルナは何かやってみたい事はないのかい?」


「そうね……ヒナもいなくなっちゃったし、私も家を出ようかな」


「え? 住む所はどうするんだい?」


「もちろんナックの家に住むわよ。明日から行くね」


 はい?


 それは厳しそうなお母様が認めないと思いますが……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る