第38話 苦境

 フロンティア村での健康診断は無事に終わった。部屋割りは家族単位になっていた。8軒小屋があるので8世帯だ。小屋はとても簡単な作りだけど雨風はしっかり凌げそうだし、ベットも人数分ある。自分の家とそんなに変わらないし、新しい分こちらの方が豪華に見えた。

 ほとんどが4〜6人で入居していたが、最後に鑑定したセレスだけは1人だった。家族はどうしたのか聞きたかったが、嫌な想像が浮かんだのでやめておいた。

 アルカディア村から支給された薬入りのリュックサックも置いてあった。食器類等の生活に必要な物は全て準備されていたそうだ。

 更地の一画に物置があって、その中に鉄製の農具が入っている。農具は武器にもなるので木製も検討したがすぐに却下した。効率が悪いし、警戒する必要が全く無いからだ。逆に魔物対策の為に武器を置きたいくらいだ。


 アルカディア村の西側では既に麦の栽培が始まっている。デミールさんと農業に興味がある若者達が頑張っていた。時期は少し早いかもしれないと言っていたが始めてなので時期を少しずつずらして植えていくそうだ。全て研究対象になる。

 牛もデミールさん達の管理になった。馬よりも力仕事が得意なのでとても助かる見たいだ。馬の繁殖にも取り組んでくれる事になった。

 アルカディア国の若者は戦いより農業をしている方がずっと楽しいらしい。ゴブリンの勢力が衰えると徐々にデミールさんの元に若者達が集まる様になっていった。


 製糸工房も稼動を開始した。カナデ、クレアの母親、親戚達で蚕の飼育が始まった。アルカディア村の北側の畑で綿花を栽培する案も検討されている。

 いろいろ挑戦したいのでどんどん耕していいそうだ。ただ、木を全部倒すと風が防げないので林を間に挟み、考えて畑を作る事になった。

 倒した木は小さな河川の引き込み工事に使う事にした。用水路を作る事にしたのだ。

 大規模な工事になるのでヒナが張り切って設計している。



 順調に進んでいる様に思えたがフロンティア村は思う様にはいかなかった。自給自足だと説明してあるのに、全然作業が進んでいないのだ。

 誰も畑を作ろうとしないので、ファリスと対応を協議する事にした。


「まさかずっと養ってもらうつもりなのかな?」


「恐らくあの人達は貴族でしょうね。農具など触った事も無いと思いますし、貴族としての誇りが許さないのかもしれません」


「それは困ったな。強制すれば奴隷扱いに思われそうだしな」


「まだ隣国から得た食料はたくさんありますが、肉や野菜等はアルカディア村から支給です。料理だけは何とか合同で作ってますが、このままでは反感を受けそうですね」


「説得して見るか……ちょっと行ってくるよ」


 馬でフロンティア村に向かう。道が広くなっていてかなりスピードが出せるのですぐに到着した。地面は更地のままだ。みんなに集まってもらい、話を聞いてもらう。


「既に説明があったと思いますが、アルカディア国は自給自足が原則の国です。しばらくすれば自由に外に出てもらって構いませんが、それでも何か仕事はしてもらいます。あなた達は奴隷ではありませんが客人でもありません。やり方が分からないのであれば教えてますので、自分達で生活を始めてください」


 物置から鍬を持って来て、地面を耕す手本を見せた。フロンティア村民はただ見ているだけで誰も言葉すら発しない。


「こうして地面を掘り起こし、種を植え、水を与えて管理して野菜を育てるのです。育てるのが簡単な野菜から始めればいいので、やってみてもらえませんか?」


 やっと女性が1人立ち上がり物置から鍬を持って来た。セレスだ。


「何処を耕して良いのですか?」


 何処? 周りは更地しかないぞ。好きな所でいいじゃないか。こちらが決め無いといけないのか?


「とりあえず自分の家の周りに畑を作りましょう。一緒にやりますよ」

 

 彼女は1人暮らしだし、そんなに大きな畑を作る必要は無い。彼女の家の前の地面に鍬で線を引いて耕す範囲を指定してあげた。


「この線の内側をしっかり耕しましょう。ひょっとして耕す場所が分からなかったのかな?」


 なぜやらないのか全く理解が出来ないので聞くしかない。嫌なら国から出てもらうしか無いのだから。


「何も分かりません。どう生きればいいのかも分からないのです」


「アルカディア国にはお金が存在しませんので、育てた野菜や狩りをして得た肉等を物と交換して欲しい物を手に入れるのが基本ですよ」

 

 セレスと一緒に地面を耕しながら話をする。あまり上手に出来ずにふらふらしている。


「足をしっかり前後に開いて、少し腰を低くして、鍬を上に上げたら少し止めて力を込めて振り下ろす!」


 自分で手本を見せてあげる。耕し方を教えたのは始めてだ。誰でも出来ると思っていた。セレスが真似して鍬を地面に振り下ろしたら、いい音をして鍬が地面に刺さった。あとは繰り返すだけだ。


「アルカディア国ではみんなこれをしているんですか?」


「全員ではありませんね。畑をやっていない者もいますが仕事はしていますよ。お年寄りくらいかな? 仕事をしないのは。でも最近は張り切っていろいろ教えてくれるからな。教えるのも仕事と言えるから……」


 あまり話をした事がなかった人まで最近は気軽に言葉を交わす。もうみんなが家族みたいなものだ。ここもそうなればいいのだが。

 

「君しかやってくれないけどなぜかな? 教えてくれないか?」


 彼女しか話もしてくれない。動いたのも彼女だけだ。


「農民は1番身分が低いからです」


「身分か……ここにはそんなものは無いよ」


 セレスは耕すのをやめてこちらを見た。


「身分が無い? なら誰が国を率いているのですか? 貴族や王族がいるでしょう?」


「貴族も王族もいない。全員が平等な立場だな」


「……そんな国、聞いた事もありません。でも王はいるはずです」


「ああ。王は俺だよ」


 地面を力強く耕していく。それをずっと繰り返す。森だった場所なので土はそんなに悪くない。少し腐葉土を足してやるか、肥料も持って来るかな。


「今までの生活とは違って厳しいかも知れないが、君は動き出してくれた。この国はみんなが家族だ。支え合って生きている。頑張ってくれ。話があれば呼んでくれればいい」


「あなたが王? そんな事、信じる者はいません」


「別に誰が王でもいいじゃないか、状況は同じだ」


 フロンティア村民はしばらく様子を見ていたが家の中に帰ってしまった。厳しいな……ただこれだけの事が出来ないとは。


「他の国に行きたければ言ってくれ。こちらも隣国の王に頼まれた事はもうやった。後は自分達で考えるしかない。ほら、しっかり耕すんだ。明日は肥料を持って来て、畑を石で囲むよ」


 畑を耕しているとルナが食材を持ってやって来た。今から食事の支度をするそうだ。食事を作るのも教えているそうで簡単なスープをようやく作れる様になったらしい。


「今日はここまででやめよう。食事を作るのを手伝おう」


 作業をやめて炊事場の方へ行ってみる。ただ屋根があるだけの建物だが雨の日でも何とか料理は出来るだろう。ルナが炊事場に食材を置くと設置されている鐘を叩いた。すると女性達がやって来て料理を始めた。驚く様な手つきの悪さだ。セレスも一緒にやっているが変わらない。


「あなたがここに行ったと聞いたから代わってもらったの」


 ルナの声も暗く沈んでいた。男達は何をやっているだろうか? 火でも起こせばいいじゃないか。


「私達の当たり前がここでは当たり前ではないわ……」


「まだ始まったばかりだ。不慣れなのは仕方がない、諦めるには早すぎるよ。もう少し長い目で見てあげよう。ただ、畑はやらないといけない、収穫には時間がかかるからな」


「奴隷なら食事がもらえるそうよ……」


 生活がここまで違うとは……


 奴隷の方が合っている人がいるのだろうか……

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