59 二人は幸せなキスをして終了 ハッピーエンド、完

「ソーイチ!」


 こちらの顔を見るなり、ソフィアが駆け寄ってくる。


 待ちに待ちわびた御主人様が帰宅して、尻尾を振って出迎えてくれる子犬のようだ。


「決勝進出おめでとう」


 ずっと底辺を這いずり回るその姿を、ソフィアは見守ってきた。


 嘲笑われ、貶められ、日常茶飯事に劣等生やら不適合者やら失格者やらと、とにかくクソ雑魚ナメクジとして扱われてきた、煌宮蒼一に寄り添ってきていた。


 そんな男が蒼き叡智を手にしているだけではなく、魔導師の誉れたる、台覧戦の決勝にまで上り詰めたのだ。


 おそらくではない。間違いなくソフィアはこの世界で誰よりも、この結果を喜んでくれている。


 そんなソフィアを慈しむように、この胸で受け止め頭を撫でた。


 本当に、本当にソフィアは可愛い。惜しみない愛情をひたすら注いでくれる、一途で可愛い女の子。男の身勝手な願望と理想を煮詰め、それが擬人化したとも言える美少女。


 なぜ俺はソフィアに手を出さないのか。それに疑問を覚えた。


 壁ドン一発で、超絶美少女と性描写ありのイチャラブものになるというのに、俺はなぜ手をこまねいているのか。


 そうだ、美少女の新品開封。


 ソフィアではそれが叶わないのだった。


 生前だったら中古であろうがなんであろうが、こんな美少女を彼女にできるなら、秒で壁ドンしたであろう。


 折角二次元にきたのだから、初めてはこだわりたかったのだ。


 それで泣く泣く手を出さずにいるのを思い出した。


 というわけで、これからもソフィアはキープだ。


「一時はもうダメかと思ったけど……びっくりしたよソーイチ。全部作戦通りだったんだね」


 未だドキドキしているかのように、ソフィアは胸元に手をおいた。


 幻影とはいえ、煌宮蒼一の胸を貫かれた。その光景を目にして、ソフィアはきっと悲鳴を上げただろう。


 小太郎との入れ替わり。


 面白いくらい手のひらの上で踊ってくれたカスを思うと、笑わずにはいられない。


「ああ、今日まで落としてきた評判含めて、全部作戦だ。あのカス共が足元をすくおうとしてくるのはわかっていたからな。逆にそれをすくってやったんだ」


「わたし、ずっとソーイチの努力は報われるって信じてきた。蒼き叡智を手にしたのも、そんなソーイチだから当然だと思ってる。でも……あのカノン様たちにも負けないくらいにまでなるなんて。やっぱりソーイチは凄い」


「なに、それもこれも、ソフィアがいてくれたからだ。俺一人じゃきっと、ここまでは辿り着けなかった。どこかで膝を折っていたはずさ。ありがとう、ソフィア。こんな俺を見守り続けてくれて。ここに今こうして立てているのは、全部君のおかげだよ」


「ソーイチ……」


「ソフィア……」


 キープをした手前だが、もういいのではないかと思ってしまった。


 だってソフィアは悪くないのだ。一方的にその尊厳を取り上げられてしまっただけ。


 そう、ソフィアは中古なんかではない。訳ありのアウトレットである。多少瑕疵はあっても、ほぼ新品だと言っても過言ではない。 


 そもそも俺はそんな可哀想な女の子を、なぜ中古はキープだなんて言っている。佐藤総一は、そんな酷い男ではなかったはずだ。


 かつての人間性を今、ここに取り戻した。


 俺にもう迷いはない。


 ソフィアルートへ突入しよう。


 二人は幸せなキスをして終了。


 ハッピーエンド、完。


「で、わたしたちはなにを見せられているのかしら?」


「完全に俺たちがいることを忘れているな」


 と、雰囲気に流されそうになったところで、それはいけない、とばかりの待ったをかける声。


 ユーリアと小太郎である。


 呆れたようなその声が、俺を踏みとどまらせた。


 恥ずかしいところを見られたとばかりに、ソフィアはパッと離れ、頬を羞恥に染めていた。


 本当に危ない。雰囲気に流され、信念を曲げるところであった。


 ここまできたらもう、初めては絶対新品にこだわりたいのだ。


 そういうわけで、意地でもソフィアはキープである。


 準決勝は無事終わった。


 展開が二転ほどしたが、終わってみれば十分もかからない試合。だが、その様に観客たちは大盛りあがりだったようだ。


 サロゲイトドールのダイブルームから出ると、大勢の観客たちが俺たちを出迎えた。


 昨日までとは態度が一変。とにかく俺を讃え、尊び、祝福の拍手が送られた。


 今日まで見せてきたイキリグリ太郎っぷりは、このときのためだったと、どうやら言わずも伝わったようだ。


 地の底まで落としてきた評判は、一気に天井登り。


 蒼き叡智を手にしてなお、煌宮蒼一を軽んじてきた奴らは、今日よりその態度を一変させるだろう。


 まさに学園ものの落ちこぼれが、成り上がった瞬間であった。


 決勝戦も期待している、カノンたちを打ち倒せと、数々の声援を背にしながら、こうして屋上へとやってきた。


 ソフィアにそこで待って貰っていたからだ。


 台覧戦の試合の様子は、屋外でもいたるところに映し出され、観戦できる。


 こんなお祭り騒ぎのイベントなのにも関わらず、今日も屋上に人気はない。


 世界は今日も、安定してガバっていた。


 俺は屋上で、カス共の試合を観戦するつもりだ。


 なぜ屋上か?


 毎回田中が死ぬ度に、あのジジイがポっと湧いて出てくるのだ。


 ゴチャゴチャゴチャゴチャゴチャゴチャ独り言を聞かされ、最後にはサクラの覚醒のキッカケになることを期待しているぞ、とばかりにこちらをチラっと見てくるのだ。


 完全に粘着されている。


 あの小太郎を持って、どこから湧いてきたのかわからない。気配がなかったとまで言う始末。


 ヤバイジジイに粘着されているのはあまりにも気持ち悪いので、ついには屋上への避難を決行した。


 屋上への入り口はここ一つ。


 ここさえ確保していれば、もうあのジジイがポッと湧くこともないだろう。


「さて、あのカス共はどうなってる?」


 ソフィアとのイチャラブなどなかったとばかりに、中空に映し出された試合を観戦する。


 もう一つの準決勝。


 鈴木がしりとりに励んでいるだろうその裏で、くだらぬ内ゲバ合戦が今日も間違いなく行われる。


 明日はきっと、俺を恐れてあの二人も流石に争わないだろう。


 そうなると、この内ゲバ合戦も今日で最後。


 田中の死に様も見納めかと思えば、それはそれで寂しいものだ。


「え……?」


 そう思い、目にしたその光景につい声を漏らした。

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