57 戦術と戦略
「やられた!」
力任せに机を叩きつけた。
佐藤を追い詰めたと思ったのに、今モニターに映るのはエステルと小太郎の戦い。いいや、あれは戦いではなく、舞踏のそれに近い。
エステルの猛攻を翻弄する小太郎。決して傷つけはしまいと、小太郎が強者の余裕を見せつけているのだ。
困惑する鈴木と田中を置いて、今なにが起きているのか、その全てを理解した。
別モニター。
小太郎を追っていたはずのそれには、ちゃんと忍者装束をまとった男が走り続けている。
それは、ついにユーリアたんのもとへと到着した。
残り僅かであったはずの水源が、見る見るうちに元の水量へと巻き戻る。
ユーリアたんの水源の確保は、煌宮蒼一の手によって行われている。
それを伝えられていたダーヴィットも、その有様に話が違うとばかりに目を見開き慄いていた。
忍者装束で辿り着いた男は、その頭巾を惜しむことなく脱ぎ去った。
「佐藤!?」
悲鳴のように鈴木は叫んだ。
「どういうこと、なんで佐藤がこっちにいるのよ」
そんなの一目瞭然。今更語るまでもないが、混乱しておりその答えに辿り着いていないようだ。
「こっちの戦術が、全部佐藤に読まれていたんだ……クソッ」
鈴木に伝えながらも、まるで独り言のように吐き出した。
頭を抱え伏せていると、そんな俺に向かって声が届いた。
『聞こえているだろ、渡辺』
眷属化などお見通しだと言わんばかりの語りかけ。
『もしかしておまえは今、読まれていたのか、みたいなことを叫んでいないか?』
まるでおちょくるような口ぶり。
今更なにを言われても驚かない。そう心に決めていたのに、
『違う。これは最初から、俺が思い描いていた絵だ。おまえはただ、その手を引かれ、導かれ、用意されたその場所で、俺が思い描いていた景色を描いていたにすぎん』
一方的に語りかけてくるそれに驚いた。
「なに……一体いつから?」
『次は一体いつから、と思っているだろう? 最初からだ。ユーリアを仲間にしたときから、俺はこの絵を思い描いていた』
最初から……だと?
なにを言っているのだこの男は。
だって俺は奴の知らぬ知識を用いて、そのときに合わせ戦術をダーヴィットに託すつもりだったのだ。
佐藤たちの動向を伺い、振る舞いを見て、逆転不可能な最適な戦術を考えだしたのだ。
『わざわざおまえたちの前で、決勝まで俺は逃げ回ると言った。痛いのは嫌だと全てを人任せにすると語った。台覧戦が始まってからは、対戦相手を散々煽り倒し、調子に乗ってイキリちらし、驕り高ぶるその様を見せ続けてきた。そして準々決勝後のインタビューで、おまえらを血祭りにあげるためなら、人生を投げ捨ててもいいと叫んだ』
ゾクリとした。
佐藤は我を失くし、イキリグリ太郎となるまでに堕ちていた。
そう……思わされていたことに。
『おまえは必ず、どこかで俺を再びハメようとする。なにかやるなら準決勝前。どこかで俺が、つい躓くようななにかを絶対用意するはずだ。手っ取り早いのは、ダーヴィットの利用だ。だがこんな欠陥品、どう使い物になるよう利用する? 一日やそこらでどうやって? ……黒の賢者の眷属化しかないよな』
佐藤はアニメを完走している。それだけではなくこの世界へ辿り着いて、辟易させるほどにあれもこれもと語り尽くしてきた。
黒の賢者の眷属化については、佐藤も俺と同等の知識。そして手っ取り早く魔導師を強化するなら、眷属化が一番早いと知っている。
俺たちの諍いに、他を巻き込むほど俺も外道ではない。ただしダーヴィットはその範疇ではない。奴にも奴なりの責任はある。なにかことを起こすなら、絶対準決勝。
ダーヴィットを眷属化するのに憂いも迷いもなかった。
『黒の賢者の眷属化は、死と隣り合わせにする力だ。いきなりそんな力を貸してやろうと持ちかけても、ダーヴィットは恐れて受け入れなかっただろうな。
だから俺はユーリアにダーヴィットを煽らせた。試合で負けて失うものは、エステルだけじゃない。文字通り、全てを失うんだと思わせた。おまえはそんな様のダーヴィットを見て、今なら力を与えて手駒にできる。操り人形として従わせられる。そうやってエステルの件も解決できるし、一石二鳥だってな。
違う。おまえがこいつを操り人形にしたんじゃない。俺が操り人形としてこいつを与えた。そういう状況を作り出したんだ』
身体が震えた。
だって俺は、自らの意思でダーヴィットを操り人形、その手駒にしたのだ。なのに佐藤は、それを自分が与えたものだと言うのだ。
『ひたすら作業として同じ作戦を繰り返し、勝ち上がり、俺は常に立っているだけ。その隙をつくのなら、ユーリアと小太郎を抑え時間を稼ぐしかない。そしておまえはユーリアを傷つける真似だけは絶対にしない。
なら、ダーヴィットにやらせることは決まっている。エステルが俺たちに到着するまで、少しの時間を稼ぐだけの持久戦だ。小太郎の存在もおまえが監視すれば問題ない。ややこしい作戦なんて必要ない、シンプルでいい。俺と同じ作戦でいいんだってな』
全部その通りだ。
俺の立てた戦術だけではなく、それに至った心の内を全て読まれている。
いや、それは違うと否定されたばかりだ。
『渡辺、おまえにこの世界で知らないものはない。俺の知らない知識を扱い、なにをしてくるかがわからないのが一番怖かった。
だから俺は我を失うほどの冷静さを欠き、復讐心を見せかけ、驕り高ぶり、視野搾取に陥っているように見せて、おまえの思考を誘導した。安易な戦術を引き出すため、最初からこうなるよう戦略を立てて、俺はこの台覧戦に望んでいたんだ』
これは戦略だと語るその様に愕然とした。
この世界を知りつくしている俺が、よりにもよって台覧戦を舞台に、にわかなんぞに踊らされていたのだ。
『そうなれば後は簡単だ。小太郎に試合前から煌宮蒼一に化けさせ、魔導書をもたせるだけでいい。後は向かってきたエステルを、傷一つつけることなく小太郎が抑えてくれる。そして俺はユーリアのもとへ駆けつけるだけで全てが終わる』
佐藤のそれにケチをつける余地はない。
小太郎はくだらん遊び心で、忍者装束を強要されているのかと思ったが、全てはこのときのため。
全力で小太郎を倒さんとするエステルは、嬉しそうに翻弄されている。可哀想な目になど一切あっていない。
この状況でエステルの身まで慮るその様は、まさに佐藤。聖人の根っこはやはり腐り落ちていなかったのだ。
だが、爪が甘いのではないか?
なりすましのために、魔導書を小太郎に預けているのだ。
そんな身で一体なにを……と思ったのは、こちらの冷静さが完全に欠いていた証拠であった。
『ああ、それと今の俺は、サクラルートのラスボス戦の境地に到っているぞ。ベラベラベラベラまくしたてる、聞いてもないネタバレのおかげでな。辿り着くべき一本道。その答えがわかっているのなら後は簡単だ』
そうだ。俺は佐藤に煌宮蒼一の力の秘密、覚醒の流れ、その本質の全てを語り尽くしてきた。
佐藤は佐藤なりに、この世界を満喫している。
魔法を扱えるというこの超常現象を楽しんでいる。
その力を扱いこなそうと、エーテル還元をすぐに使えるようになっていたではないか。だからこんな簡単に、準決勝まで上がってこれたのだ。
なら、佐藤ほどの要領があればその先に到るのは難しくない。
『俺が蒼き叡智を扱うのに、魔導書はもう必要ない。ユーリア相手ならともかく、雑魚を眷属化したところで端から敵じゃないんだ』
ダーヴィットの魂をひたすらきしませていた、ユーリアたんの猛攻が止まる。
その水球は役目が終わったかのように、その支配から開放され、重力に引かれるがままに落ち、地面を覆う。
ぴちゃり、ぴちゃり、とそんな巨大な水たまりを歩む音。
ユーリアたんを背にした佐藤は、ダーヴィットへとその右手を伸ばした。
『決勝で待っているぞ。そこでおまえら全員、血祭りにあげてやる』
どういうことだ!
話が違うぞ!
おまえらは一体なんの話をしているんだ!
そうわめき続けていた男の頭上に、まさに青天の霹靂が落とされた。
魂を限界まできしませてもなお、その炎壁は容易に貫かれ、焦げ付いたそれは意思なき人形の形を取り戻したのだった。
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