52 悪魔との契約

「クソ、クソ、クソ、クソ!」


 煌宮蒼一たちへの勝利者インタビュー。


 それを目にしたダーヴィットは荒れていた。


 自らを歯牙すらかけないその様に。


 家督を貰ってやると言うその様に。


 なんでこんなことになったのか。


 最初は自らの手に入ると信じていた、蒼き叡智を掠め取った男への復讐心。落ちこぼれに相応しくないと屈服させる、軽い対抗心から始まったのだ。


 まるで待ち受けていたかのように、煌宮蒼一はこちらの要件を語りだした。引くに引けずにそのまま話を進め、向こうの要求を飲まされるはめになった。


 あのリリエンタールまでを敵に回してしまい、正直、やってしまったとあのときは思った。


 だがリーゼンフェルトから、全ては煌宮蒼一をハメるためだと告げられた。リリエンタールは最初から、煌宮蒼一を裏切るつもりだと。


 とても面白くて愉快であった。やはりあの女も、落ちこぼれに蒼き叡智を奪われたのが気に入らないのだ。


 落ちこぼれに蒼き叡智が渡ってからも、常にすまし顔をしていたその女。憤りや妬みは私にはありませんよ、と美しき人格者の仮面を被りながら、その裏では醜いほどの復讐心を滾らせていたのだ。


 この時点で煌宮蒼一を屈服させるより、落ちこぼれの無様な姿が見ることが優先になってしまっていた。


 名高い三人に謀られ、学園から追い出されんとしている煌宮蒼一。


 すぐに変わりを見つけてきたはずが、その一人を強引な手で取り上げられる。


 ここまで嫌われている煌宮蒼一を見るのが愉快で仕方なかった。


 だが、腹違いの妹の手によって、煌宮蒼一はすんでのところで救われた。


 ラクストレーム家の女のくせに身の程を弁えず、長兄を敬おうともしないで敵へと回ったのだ。


 兄を兄とも思っていない。


 まるでつまらないものを見るような目で、いつも見てくる妹。


 台覧戦で目にものを見せてやると臨んだが……煌宮蒼一たちの一戦目に信じられない光景を見た。


 リーゼンフェルトたちが参加するまで、優勝候補だと持て囃された男たちが、あっさりと沈んだのだ。


 台覧戦始まって以来、最も早い決着。


 静かな決着とは裏腹に、学園中は大いに沸き立った。


 かつてリリエンタールに後塵を拝させた実力は未だ健在。むしろそれ以上だと持て囃され、叫ばれ、ラクストレーム家はこんな逸材を隠していたのかと驚嘆させた。


 学園では今や、リリエンタールとはクリスティーネを指すかのごとく、ユーリアはラクストレームの代名詞となってしまった。


 女のくせに、自分を差し置きそんな名声は許されない。


 けれど試合で相まみえたとき、あのユーリアに勝てるヴィジョンが浮かばない。


『次代の当主候補といっても、ユーリアと比べれば凡才以下もいいところ。その劣等感を慰めるのに、性別を持ち出してようやく自尊心を保っているような男よ』


 今更リリエンタールの侮辱が、脳内に蘇る。


「クソッ! クソッ!」


 ついに明日は、あのユーリアと戦うことになる。


 いや……向こうは戦いだとすら思っていない。


 路傍の石を蹴るのと同じと言い切られたのだ。


 誇りはもう保っていられないほどに、グチャグチャであった。


 誇りとエステルだけではない。いずれ得られるはずだったラクストレーム家の全てすら、失わんとしている。


 女がラクストレーム家を継ぐなんて蛮行、許されるわけがない。


 力が欲しい。


 明日の準決勝、全てをひっくり返せるほどの力が。


 優勝など既に望んでいない。せめて明日だけでもいい、そのためならこの生命、そして魂をすり減らしたって良い。


「力が欲しいか?」


 自らの内心を見抜いたかのような甘言がもたらされた。


 振り返る。


 そこに立っていたのは、この学園の力の象徴。


 自分が持たない全てを持つ男であった。


「力が欲しいなら――」


 大きく口角を吊ったその男は、今はなぜか悪魔に見えた。


 それでもいい。


 悪魔でもいい。


 生命と魂をすり減らすほどの対価を差し出してでも、自分は力が欲しいと。


「くれてやろう」


 そんな囁きにすがり受け入れ、ダーヴィットは悪魔と契約したのだった。

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