内ゲバ合戦

46 台覧戦

 魔法とは力の象徴である。


 人の歴史は争いの歴史。六賢者が健在であり、魔神大戦と後に呼ばれる人と魔物の戦争があった。


 今でこそ文明発展に力が注がれている魔導技術。本来それらは、魔物に備え争う術として築き上げられてきたものだ。


 魔神なき平和な世が続く今でも、魔物の驚異は消えていない。


 力なき弱者を魔物から守るのは、魔導師の役割。魔導師とは弱者の剣であり盾であらねばならぬ。


 セレスティアでは魔導師は力の象徴だ。


 文明発展に貢献する技術者よりも、力を持つ魔導師こそがもてはやされる。


 だからこそ魔導師は力を高めることこそが第一に推奨され、争いの術を幼き頃から学ぶのだ。


 日常的に兄弟同士、学友同士、家同士がしのぎを削り、競い合い高め合う。


 地球では埃が被った決闘が、セレスティアでは尊き伝統である。


 だから学園をあげて行われる台覧戦は、まさにセレスティアの伝統と象徴の証であった。


 決闘に難しい決まり事が不必要なように、台覧戦の決まりごとに難しいものではない。


 三対三のチーム戦。大将を選出し、それを落としたほうが勝利である。


 戦い抜いた先に得られるものは、栄光だけ。それでもこぞって我こそはと参加する者が多いのは、台覧の名がつく通り、セレスティアのお歴々を招かれることにある。


 あらゆる分野の偉人貴人が観戦に来る台覧戦。そこで栄光を掴み彼らの目にかかれば、その後大きく将来は変わってくる。今の立場から信じられない、本来這い上がれないような役職を手にすることも可能であった。


 アヒム・マントイフェルもまた、その栄光を望まんとしていた。


 今の立場に満足せず、上を目指す向上心。それはセレスティア人らしくあり、そして魔導師らしいあり方だ。


 出場するのは今回で三度目。


 去年は惜しくも決勝で敗北に沈んだ。しかし三度目の正直として、今年こそは彼が栄光を掴むかもしれないと誰もが期待していた。


 アヒムにもその自負はあるし、去年敗北をこの身に下した者は既に卒業している。


 なら今年こそは自分だ、と思ったアヒムであったが、参加者に連ねられたその名に愕然とした。


 カノン・リーゼンフェルト。


 クリスティアーネ・リリエンタール。


 サクラ・ローゼンハイム。


 三者とも学園だけでは収まらない、セレスティアきっての精鋭である。


 台覧戦に参加する魔導師の目的は、お歴々に名を知らしめるためだ。


 カノンたちはそれこそ十分にその名を馳せ、認められる形でセレスティア中に広まっている。だから彼らにとって台覧戦に出る旨味などない。事実、カノンは去年は出場していなかった。


 そんな三人が一塊となって参加しているのだ。


 もう優勝は決まったものとして扱われている。


 だから今回の台覧戦は、二位以下を決める闘いとなっていた。


 そういう意味では、トーナメント表を見てアヒムは幸いであったと息をついた。彼らとは決勝戦まで争い合うことはない。


 そう安堵したのもつかの間。


 一回戦の相手を見て目を剥いた。


 煌宮蒼一の名前がそこにはあった。


 蒼き叡智を手にした、高名だけなら今やカノンたちと並んだ男。


 そしてかつて自分を陥れた、憎き敵である。


 蒼き叡智を手にするまでの蒼一は、魔導師としては学園の最底辺。蒼き叡智がどれほどの力を与えているかは読めないが、まだあれから半年と経っていない。争いを知らずぬくぬくと育ってきた地球人に負けるなどと、一欠片もアヒムは考えていなかった。


 そんな蒼一と共にするのは、ユーリア・ラクストレームと三井小太郎。


 中等部時代のユーリアは、クリスティアーネに後塵を拝させその名を轟かせていた。しかしある日を境に試験をボイコットし続け、ついにはその名を上げる者はなくなった。次は負けそうだからと、クリスティアーネから勝ち逃げしたのではと噂されている。


 三井小太郎はソルにすぎない学園生。あのカノンが学園最強の一角と言わせた小太郎は、どうやら忍者というものらしい。ただし所詮は地球人。最強の称号は、地球産の魔導師への皮肉だったのでは、と噂が蔓延っている。


 そんな彼らは、高等部へ上がったばかりの一年生。


 アヒムが侮るには十分すぎた。


 だから、


「なんだ……これは……?」


 またたく間にそれへ囚われた仲間を見て、狼狽えるしかできないでいた。


 一メートル先も見えない濃霧の中、足元から突如噴き上がる大瀑布。


 天に登りきったそれが降り注いでくることはない。勢いを失ったそれは、まるで水槽に満たされているかのように形をなしていた。


 水槽の魚とばかりに、その中に二人ほど囚われ溺れている。


 危ういところでアヒムはそれから逃れたが、囚われた仲間二人の姿に慄いた。


 一時間を越すことなど珍しくない台覧戦。


 それがまだ五分。作戦が決まり準備を終えて、さあやるぞ、というときに、もう仲間を二人失った。


 水牢はまるで巨人がごとく。ゆらゆらと揺れるその様は、まるで捕食者のような佇まいであった。


 これを一撃で吹き飛ばす魔法はアヒムにはない。


 次の瞬間、この水牢が意思を持ってこの身を捕らえんとするかもしれない。


 溺れ苦しむ仲間を背に、アヒムは水牢から逃げ出さんと振り返るも、


「な……!?」


 手の届くその距離に、忍者の姿があった。


 アヒムがそれを忍者と認識したのは、三井小太郎の姿だったからではない。かつて本で見た忍者装束だったからだ。それこそ目元以外、全身を忍者装束に包んでいた。


 こんな近い距離にいながらも、気配を感じされることなく背後を取られていた。


 その事実に驚く前に、その忍者によってポンと肩を押され、その身は後方へ倒れ込む。


 背中が地面を打つことはない。


 水牢に飲み込まれたからだ。


 両腕を振り回し必死であがく。外を求めんとする。


 それも虚しく、まるで底なし沼に引きずり込まれるかのように後方へ沈んでいく。


 もがき苦しみ溺れた末に、なにが起きているのかもわからず意識を失ったのだ。

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